第20話 即興、ライブ

 高崎駅では、53分の待ち時間がある。

その間に何をしたかというと……のぞみが貸し会議室を借りていた。


「こうなったら、全員、徹底的にいい心音を録りますよ!」


 と、気合充分。

会議室なら電車の走行音や街の雑音がなくて静か。

人目もないし、録音するなら打ってつけ。のぞみのファインプレイだ。

ネットで簡単に検索、予約、利用ができる現代科学文明に脱帽だ。


「ところでいい心音って、どういうの?」


 基準がいまいち分からないから、思わず口にする。


「鉄矢P、さすがです。そこに疑問を挟むなんて!」


 言いながら、顔を突き出してくるのぞみ。ちっ、近い!

これだけ近いと、のぞみの気立てのよさに改めて気付かされる。

もう、ドキドキが止まらない。惚れてまうやろーっ!


「正解は恋ですよ、恋」


 言いながら、今度は聴診器型マイクを取り出すのぞみ。

注意を引かれて見るフリをするが、本当はのぞみから目を逸らしたいだけ。


「こっ、恋……」


 それでも顔が、熱い。


「そうです。恋する者のドキドキ。これこそが究極の心音、至高のベース音!」

「究極、至高……」


 このドキドキが究極にして至高とは。音楽は料理以上に奥深い。


「なるほど! 乙女の恋のお相手といえば王子。

 この中で王子役ができるのは鉄矢Pのみ、というわけね」


 こだまが悪ノリすると、みんなも続く。


「さすが、こだま。飲み込みがはやい」

「わーい、心音。ドキドキのしんおーん!」

「さぁ、みんなで録音するわよ。並んだ、並んだーっ!」


 のぞみが言い終わるより先に、さくら、こだま、ひかりが列を作る。

少し離れたところに、ポツンと置かれるみずほ。


「ふんっ、何が恋よ。鼻の下伸ばしちゃって、このエロ鉄!」


 ご機嫌斜めに金髪ツインテールを揺らす。


 兎に角、僕がみんなの心音を録ることになり、

僕の心音はみんなに寄って集って録られることになった。

のぞみの言う通りドキドキしたのは間違いないけど、

これが恋なのかというと、僕にはよく分からない。




 高崎駅東口の1階。スタバの程近く。

のぞみが指を差す。


「あーっ!」


 大きなグランドピアノだ。

誰でも弾ける駅ピアノなんだけど、かなり人気が高い。

会議室に向かうときには行列ができていたのを僕は覚えてる。


 ところが、今はちょうど行列がない。

耳のいいのぞみのことだ。ひょっとすると、のぞみはピアノが大好き⁉︎

時計を見る。時間は充分にある。聞くだけ聞いてみよう。


「のぞみって、ピアノ弾けるの?」

「まぁ、少しは、ですが」


 控えめに言うが、自信はありそうだ。

だから、ほんの軽い気持ちで声をかける。


「だったら、弾いてくる? 時間はあるよ」

「本当ですか! ちょうど今日は弾いてないなーって思ってたんです」


 のぞみは言い終わるより早く、ピアノの前に座る。

こうして、あっという間に、即興ライブがはじまったんだ。




 即興ライブでいきなり新曲をお披露目するわけじゃない。

安定の2曲、山手プロ伝統の『エピファニー』と『リーダー讃歌』だ。

みずほを通じて全員に指示したのはそこまでで、立ち位置だとかはノープラン。

果たして、どうなることか。僕は期待と不安で胸がいっぱいだ。


「群馬県高崎市のみなさん、はじめまして」

「私たち、東京は山手プロの研究生アイドルユニット『愛されてるよ』です」

「今日は、ピアノに合わせて山手プロの伝統曲を2曲続けておおくりいたします」

「お時間のある方だけでも、ゆっくりお聴きください!」

「よろしくお願いします!」


「よろしくお願いします!」……「よろしくお願いします!」


 はじめは、どこにでもあるありふれたあいさつから。

高崎市のみなさんはとてもあたたかく、

それだけで立ち止まってくれる人が数名いた。


 『エピファニー』がはじまる。のぞみのピアノに合わせてこだまが熱唱。

ピアノもいいけど、歌声はとても澄んでいて清々しい。

他の3人は激しいダンスで通行人にアピールする。


 観客数人ではじまった即興ライブは、気が付けば黒山の人集りとなった。

家族連れだったり、部活帰りの高校生だったり、サラリーマン風の男だったり。


「この曲、私、知ってる」

「僕も。若いときに何度も聞いたよ」

「ママ、パパ。私もこの曲、好きー」


「なに、なに。新曲? どこの曲?」

「東京の地下アイドルの曲みたい『エピファニー』だって」

「検索できた。結構有名な曲みたい」


「懐かしいよ。高崎まで来てこの曲が聴けるなんて!」


 みんながみんな、足を止めてみんなの即興ライブに魅入っている。

エスカレーターで降りてくる人はたくさんいるが、登っていく人はいない。

『エピファニー』に興味を持ってくれた人たちが、

『リーダー讃歌』になると大合唱となった。

老夫婦もいた。休憩中のカフェの店員、はては業務中の花屋の店員まで。

その場にいた数百人での大合唱だ。


「おー、ばぁさんや。楽しい曲じゃのう」

「はいはい。どこか、懐かしさもありますねぇ。イェイ!」


「休憩中にこんなライブが行われるなんて、ラッキー!」


「私は仕事中だけど、仕事にならないから声を出すわ!」


 こうして、即興ライブが成功裡に終わったあと、

僕は、訳も分からぬうちに新幹線のホームへと向かった。

___________________ここまでの経路 3月16日その20

        ==(両毛線直通211系)===1420高崎

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