第19話 心臓に、悪い

 新前橋駅に到着した直後、スマホが鳴る。社長からだ。

僕はひとり、ホームの端に移動。


「デビューの準備ができたころじゃないか?」

 

 なんで分かるんだ! 社長は僕たちの様子を見ているのか?

僕を見透かすような社長に一矢報いるべく、通話はそのままにスマホを操作。

『テオファニー』を熱唱しながら踊るみんなの動画を送信。


「たった今、初演を済ませたところです」

「面白い。観客は鉄矢ひとりというわけか。いいご身分だな」


 僕をムリヤリPにしたの、社長ですよね! なんて反論はできない。


「もう直ぐ、何十万人もの観客が入りますよ!」

「動画があるんだな。データは……コレか……」


 社長は素早い。

データはもう、とっくの昔に送りましたと言うより先に、見つけてしまう。

一矢報いたというより、社長の思惑通りに行動していただけの僕に気付く。


「……コレは、ダメだ!」


 みんなのパフォーマンスを視聴もしないで否定したきり黙り込む社長。

全部見ても、わずか4分なのに。どうして観てくれないんだ?

僕が黙って考えていると、社長が閉ざしていた口を開く。


「鉄矢、『テオファニー』なんて独善的な曲、どこで手に入れた?」

「のっ、のぞみのお母さんの曲、らしいです」


 独善的というのが気になるが、僕は社長に逆らえない。

言葉数の少ない社長だが、僕をビビらせ従わせるだけの気迫は充分にあるんだ。

社長が曲のタイトルを知ったのは、ファイル名からだと思う。

でなきゃ、聞いてもいない社長に分かるはずはない。


「なるほど……やはり、この曲でデビューさせるわけにはいかない」

「どうしてですか、聴きもしないで!」


 つい、大声を出してしまう。倍返しされるのがいつものパターンだ。

けど、このときの社長はそうしなかった。


「聴かずとも分かる。『テオファニー』を作曲したのは、このオレだからな!」


 衝撃的な事実だったのは、言うまでもない。

それでも、そのあとに聞かされた社長とのぞみの母親との関係に比べたら、

大した衝撃ではないとさえ思えた。


 社長とのぞみの母親。2人がデュオアイドルだったこと。

『テオファニー』はベースが弱いという理由でのぞみの母親がボツにしたこと。

17年前のドーム公演前日、のぞみの母親が社長を裏切り電撃引退したこと。

公演は1人で行ったが、観るに耐えない悲惨なものだったこと。


「どうだ。これでも鉄矢はオレに動画を観ろと言うのか」


 衝撃の過去にも、僕の明日への情熱は少しも衰えることがない。


「もちのろん、ですよ。僕は、社長に視聴してほしいです。

 『テオファニー』の動画を、みんなの初演を視聴してほしいです。

 だってのぞみもみんなも、僕も『テオファニー』が大好きだから」


 社長が忌み嫌っていても、『テオファニー』は名曲なんだ。

流れるようなメロディーは、他にはないものなんだ。

みんななら『テオファニー』を歌いこなせると思うんだ。

社長が作った『テオファニー』を正式に使わせてほしい!


「お願いです、社長!」

「鉄矢ーっ。ひよっこが生を言うようになったな。

 いいだろう。このオレが、聴き届けてやろうじゃないか」


 こうして、動画は社長の目に留まった。




 社長はしばらく黙り込んでいたが、重い口を開く。

僕はいくつもの質問に、全部、嘘偽りなく調子よく答える。


「なぁ、鉄矢。

 なんで普通列車、それもロングシートなんだ?」

「みずほがそうしたいって言ったんだ!」


「ジャージは兎に角……

 なんでお揃いのリストバンドを着けてんだ?」

「ひかりが夜なべして編んだ似顔絵刺繍付きだから!」


「なんでステップとフィンガーダンスなんだ?」

「さくらがどうしてもって言うんだ!」


「なんで詞が付いてんだ?」

「こだまを中心にみんなで作ったんだ!」


「なんでいい感じのベース音が付いてんだ?」

「のぞみが聴診器型マイクでみんなの心音を録音して作ったんだ!」


「で、鉄矢。貴様、なんでちょくちょくタメ口なんだ?」

「調子に乗ってましたーっ! 本当にすみませーんっ!」


 ご指摘の通りにございます。


「バカ鉄が。そこは

 『この僕が研究生ユニット『愛されてるよ』の代表、Pなんだ!』

 とか、ほざけよ!」

「そんなことできません。本当に、申し訳ございません!」


 そこまでの気合いは、正直に言って持ち合わせていない。

だけどみんなで作った『テオファニー』は、いいものだと思うのは事実。


「プッハハハハッ! いいぞ、鉄矢。それでこそPだ」


 それって、誉められてる? よく分からないが、笑ってくれるならうれしい。


「あっ、ありがとうございます。社長!」

「ただし、条件がある……」


 僕は静かに頷く。通話だから見られてはいないけど。


「心音だ。まだちょっと弱い。バカ鉄、お前のも足しておけ!」


 どう言うことでしょうかと確認するより先に、通話は切られた。




 みんなのところへ戻る。

長引く社長とのはなしにみんなもヤキモキしていたいようだ。

無事に『テオファニー』でのデビューが決まったことを報告。

もちろん、条件付きだってことも。


「鉄矢P、本当にありがとう! これで私たちも曲持ちのアイドルよ!」


 無邪気によろこぶ金髪ツインテール。僕が1番観たいものかもしれない。

他のみんなは割と冷静に、僕に詰め寄る。


「その前に、やることがありますよね、鉄矢P」

「そうそう。心音を録音させていただきますよ」

「わーい。鉄矢Pをドキドキさせるの、たのしーっ!」

「早いですよ、さくら。こんなところで抱きついちゃダメですよ!」


 本当に、心臓に悪い。


「なんなのよ、この、エロ鉄がーっ!」


 みずほの悲鳴と共に、

211系普通列車が高崎駅に向けて出発する。

___________________ここまでの経緯 3月16日その19

        ==(吾妻線直通211系)===1406新前橋

新前橋 1410==(両毛線直通211系)===

47都道府県庁所在地完全制覇まで、あと44

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