第26話 編集、作業

 松本駅。JR東日本が運営している、篠ノ井線最大の駅。

国宝・松本城や緑豊かな自然をメインにした観光地で、

周囲には浅間温泉など10種以上の温泉がある。


 しなの号を降りた僕たちは、駅近くの公園でひと休み。

気分転換しながら、座り通しで硬くなった身体をほぐすのが目的。


 こだまは早々にひかりを引き連れて元気に買い出しに向かう。

さくらはのぞみを連れ添いに公園にいた小学生と遊びはじめる。

僕は、みずほとまったりしながらのおしゃべり。


「鉄矢P、サンライズ号の切符はいつ受け取るの?」

「んー、熱海駅で受け取る予定だよ」


 記念になる切符は、乗車駅で受け取るのが、オタの作法。

松本駅で受け取るわけにはいかない。


「何でよ。早くサンライズ号の座席を確定したいのに」

「みんなとの旅をいい思い出にしたいんだ」


 切符を手にしたときからが、旅のはじまりだ。

サンライズ号への乗車体験を、いいものにするための儀式だ。


「何のこだわりよ。おかしなゲームを楽しみたいだけなんじゃない?」


 おかしなゲームというのは『隙を見せた……』のこと。

こだまの提案で、くじ引きの順番を決めるのにゲームをすることになった。

1人1つ。ゲームを主催し、順位点を与え、合計でくじを引く順番が決まる。

『隙を見せた……』は僕が主催となっているが、決めたのはこだま。

決して僕が望んだわけじゃないんだ。


 僕がこのゲームを楽しんでいるなんて、大きな誤解だ!


「冗談。正直、これは本当に身体に悪いんだ……」


 『これ』と言ったのは、今現在、こだまが背中に抱きついているから。

さっきまで買い出しに行ってたのに、いつのまにか戻ってきた。

早速、抱きついてくるんだから、困りものだ。

触発されて、さくらが参戦してきたら、たまったものじゃない。

みずほが気付いてくれれば、止めてくれるかもしれないけど……。


「そうは見えないけど。

 さくらやこだまが相手のときなんか、いつも鼻の下伸ばしてるし。


 今、み、たい……に……」


 と、振り向きざま。やっと気付いてくれる。ありがたし!


「そんなことないって、分かるだろう。

 それより、早く助けてくれ、みずほ……」


 この状況から脱出したくてしかたない。

言葉を選ばなかったのは失敗。こだまのツッコミの餌食になる。


「助けてくれとは失礼ですね。

 さくらに次ぐ胸の持ち主である私がガッツリいってるんですよ!

 非モテ男子には感謝されて然るべきなのですから」


 おっしゃる通りだ。ゲームでなければ楽しめる、いいものだ。

それならそれで、僕なんかがこだまに相手にされることはないだろうけど。


「あー。ずるいよこだま。ウチ、荷物で両手が塞がってるのに」


 カオスだ。ひかりが参戦に意欲的。


「あら、どこの誰でしたっけ?

 『重い荷物を健気に担ぐ美少女に、鉄矢Pならきっと気付いてくれるわ!』

 っとか言って、私の荷物を持って行ったのは?」


 こだまによるひかりのモノマネ、なかなか上手い。


「それは……こだまが言ったんじゃなかった?」

「私が言ったのは、

 『重い荷物を担ぐ健気な美少女を鉄矢Pは放っておかないでしょうね』

 ですよ」


 はなしが読めてきた。こだまの策略にひかりはまんまとハマッたんだろう。


「そうだよ。それでウチが、担いであげるって言ったんだ」

「ですよね、ひかり。担いであげるって、言いましたよね」


 思った通りだ。


「たしかに、ウチが担ぐって言ったけど……何かへんだよ……」

「変じゃありませんよ。ひかりは健気だってことですよ。ね、鉄矢P」


 ここで僕に振る?


「まぁ、ひかりが健気なのは間違いじゃないと思うよ」


 健気じゃないとは言えない。一択だったんだ。


「鉄矢P……ウチ……うれしい」


 そうなるのも一択。


「よかったですね。私がひかりの分も鉄矢Pに抱きついておきますね!」

「ありがとう、こだま。ありがとう、鉄矢P」


 ひかりのお人好しぶりがはっきりした。

このあと、さくらが脈絡もなく強引に抱きついてくるのがいつものオチ。

ところが、いつまで経ってもさくらの感触はない。

みずほも調子が狂ったように、控えめ。


「ったく。この、エロ鉄!」


 これにて一件落着なんだけど……なぜか、さみしい。




 松本駅から乗り込むのは、あずさ50号。E353系、12両編成だ。

WiーFiもコンセントも完備されている、ビジネスマン向けの仕様。

フルアクティブサスペンション搭載で、快適な乗り心地も実現。

新幹線に見劣りしない車両と言っていい。


 まもなく陽も暮れて車窓に気を取られることもなかろう。

だから僕はグリーン車を選択。多少値は張るが乗客が少なく作業に集中できる。

次の目的地である甲府までに、やらなければならないことがあるんだ。


「じゃあ、僕は動画の編集をしているから、あとはよろしく!」


 バッテリー残量を気にしなくていいのがうれしい。


「あんっ、何がよろしくよ。この薄情鉄!」

「そうですよ。曲作りに鉄矢Pの意見がほしいんです」

「ウチ、衣装のデザインは鉄矢Pと一緒がいい」

「『利き弁当』にだって、鉄矢Pは欠かせないのですよ」


 また新しいあだ名……。曲に衣装に利き弁当?

みんな、ありがとう。僕を頼りにしてくれるのは、素直にうれしい。

でも、だからこそ、僕は僕の仕事をしないといけないんだ。


「動画の編集が終わったら、手伝うよ」


 甲府駅に着くまでには仕上げる!


「だったら、コレ、使ってください!」


 のぞみが言いながらスマホの画面を見せる。

1つのアプリが起動しているんだけど、そのタイトルは……。


「なになに。『スピルーカスNZ3ーω』だって?」

「はい。このアプリ、すごいんですよ。

 素材動画を登録すれば、AIがいい感じに編集してくれます。

 あらかじめ、鉄矢Pの鉄道動画とアイドルさんの動画を学習させてあります。

 きっと、いい動画が作れますよ。試してくださいな」


 そんな便利なものがあるなんて! 


「すごいな。AI、恐るべしだ」


 こうして、編集作業は一瞬で終わった。

僕が機械に職を奪われる労働者の気分を味わうなか、

あずさ50号はまだ、塩尻駅の手前を粛々と走っている。

___________________ここまでの経路 3月16日その26

松本  1720====(あずさ50号)====

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