第27話 幸せの、予感

 塩尻駅を発車するころには、デビュー曲が完成していた。

これほど速く出来上がってしまったのには、理由がある。


「何だ、この『ヘンデルバッハ君NZ3ーω』って、すごいな」

「はい。このアプリ、すごいんですよ。

 キーワードを登録すれば、AIがいい感じに作曲してくれます。

 あらかじめ、鉄道唱歌と数多のアイドルソングを学習させてあります。

 いい曲が作れると思ってましたが、試して正解でした」


 そんな便利なものがあるなんて! 


「すごいわ。AI、恐るべしね」


 みずほも舌を巻く。

多少手直しは必要だが、作業時間が大幅に短縮できる。のぞみ、GJだ。


「どこで手に入るの? ウチもほしいかも」

「市販されてないんだ」


 それって!


「ひょっとして、のぞみの自作アプリなの?」

「はい。音楽好きが昂じて、作っちゃいました」


 簡単に言うことじゃない。みんな、大絶賛。

僕は、絶賛ついでに試してみたいことがある。


「どうだろう、みんな。5曲同時デビューっていうのは!」

「あんっ。どういう意味よ」


 僕はみんなに持論を披露する。

5人がセンターになる曲を1曲ずつ作るというものだ。


「組曲ってことですか?」

「面白そう。ウチ、やってみたいです」


 のぞみとひかりは賛成してくれる。こだまは消極的だ。


「そんなの、ムチャです。

 作詞が追いつきませんよっ!

 まぁ『ホメロスセネカKDMーα』とかがあれば別ですけど」


 のぞみはきれいな指を揃えて横に振りながら答える。

のち、斜め右上を見ながら続ける。


「ないない、そんなの。

 でも、作る価値はありそうですね」


 顎に手を添える。作れるの⁉︎


「しかたありませんね。

 作るのであれば、教師役のテキストデータが必要ですよね。

 私が3歳のころから書き溜めてある詩を提供しましょう!」


 こだまのゴリ推しに、交渉成立する。

どんなアプリになるのか、完成を待つことにする。




 忙しくなるはずのあずさ号での移動だが、やるべきことがほとんど片付く。

そうなると、やらなくっていいことまでするのが人間の性。

身構えずにはいられない。


「組曲なんて、すごい発想ね! さすがは天鉄!」


 言いながら僕の背中に抱きついてきたのは、みずほ。

これには、少々、驚いてしまう。


 人間の性とはいえ、まさかみずほが!

積極的に『隙を見せた……』に参戦するとは、思っていなかった。

しかも、またしても高得点を獲得してしまうのだから。


「ちょっと、みずほ。何だよ薮からスティックに!」


 思わず仰け反ってしまう。恥ずかしい。


「あんっ、なによ。折角、人が抱きついてあげたのに!

 そんなに恥ずかしがられたら、こっちまで恥ずいでしょうが」


 逆ギレだ!

この行動を、高1トリオが解説してくれる。


「鉄矢Pには、分かんないようですね。今現在の、ユニットの危機が!」

「ウチたちはゲームへの参加を自重していたんですよ」

「反対に、普段消極的なみずほが積極的になっただけのことですって」


 どういうこと? のぞみの言う通り、僕には分からない。


「さくらよ、さくら。松本駅からこっち、元気ないでしょう」


 言われてみれば、その通り。いや、本当は言われる前から気付いてた。

さくらは今、窓の外をアンニュイに眺めている。

元気一杯のいつものさくらじゃないのは事実。

眠れる獅子を叩き起こすのは趣味じゃない。


 けれど。


「分かったよ。何があったのか、聞き出してみるよ」


 こうして僕は、さくらの横に腰掛けた。





 他のメンバーが遠巻きに見守るなか、僕は単刀直入に聞く。


「さくら。元気ないけど、どうしたのさ」


 それまで窓の外を眺めていたさくらが、虚ろな目をして僕を見る。

ジャージがはだけていて、ちょっとエロい。


「あっ、鉄矢P……赤坂、鉄矢Pと一緒に温泉に入りたい……」


 何だ、そんなこと! 温泉なんて、お安いご用意と言いたい。

けど、1つだけ大きな問題がある。『一緒に』ってのが、ハードルが高い。


「こりゃまた、どうして温泉なんだい?」


 本質から少しだけ逸らして聞く。


「松本の公園で一緒に遊んでて、ぶつかってきた男の子に言われたの」

「一緒に温泉に入りたいって?」


 何というマセガキ! ちょっとした怒りが湧いてくる。

うちのトップアイドル(予定)を捕まえて、何を言うんだ。


「違う……『ブス』って言われたの……7回も……」


 ??? どういう状況? 考えていると、遠巻きに観ていたのぞみ。


「あー、あのときのこと。さくら、あれは気にしなくていいのよ」

「でも……男の子に言われちゃったんだ……」


 元気のないさくらを見ていると、こっちまで元気がなくなる。

何とかして元気を取り戻してほしいけど、どうすればいいんだ。

困っていると、こだま。


「どういう状況だったのでしょうか?

 細かいことが分かりませんね。再現してもらえませんか?」

「ちょっと、こだま。再現だなんて、言うもんじゃないわよ!」


 と、のぞみは大慌て。こだまが応戦。


「状況が分からなければ、問題は解決できません!」

「もう、どうなっても、知らないんだからっ!」


 匙を投げるのぞみ。

こだまのリクエストにお応えするように、さくらが動き出す。


「あのね、赤坂がこうやって通せん坊してたんだ……」


 言いながら立ち上がり、両腕を大きく拡げる。

公園で楽しく遊んでたのを知っているから、何の不思議もない。


「そしたらね、男の子ったら……」


 どうやら、さくらの1番近くにいる僕が男の子役のようだ。

中腰まで立ち上がったとき。


「……真っ直ぐに走ってぶつかってきたの。こんな感じで……」


 と、僕の視界はゼロになる。

代わりに顔面がやわらかい感触に包まれる。

鼻をくすぐる、いい匂いがする。

 

 幸せの予感を胸に抱くなか、あずさ50号が中央本線を走る。


___________________ここまでの経路 3月16日その27

        ====(あずさ50号)====

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