第28話 トラウマ、スイッチ

 ゼロだった視界に、最初に飛び込んできたのはファスナー。

さくらのジャージのファスナーだ。部品同士がしっかり噛み合っている。


 見上げると、元気のないさくらの顔がある。

僕の顔が、今までどこにあったのか。言わずもがな、さくらの胸の谷間だ。

僕の顔面は、蒸気機関車D51の火室よりも熱い。


 さくらの顔をまともに見れない。真っ直ぐ前を向くこともできない。

そこにあるのは、標準よりもかなり大きなさくらの胸なんだから。


 僕の視線は自然と下を向く。


「バランスがよくなったから手を離したら、男の子が言ったの。7回も……」

「なるほど、よく分かりましたよ。さくら、それは照れ隠しですね」


 こだまが至極真っ当なことを言う。何かウラがあるに違いない。

警戒を怠らないようにしたいところだが、

まだ顔が熱くってまともな判断も行動もできない。


「照れ隠し? じゃあ、恥ずかしいってこと?」

「そうです。世の男性はみんな、さくらが大好きなんです。

 さくらとボディータッチしただけで、うれしくって恥ずかしいのですよ」


「うれしい……恥ずかしい……鉄矢Pも?」

「そうです。うれしいことは、恥ずかしいものです。

 みずほを見てれば分かりますよね。無闇に鉄矢Pと接触しないでしょう」


「たしかに! みずほは鉄矢Pが好きだから、無闇に鉄矢Pに接触しない。

 赤坂も鉄矢Pが好き。ボディータッチするのはうれしいけど、

 それはとっても恥ずかしいこと……」


 はなしがまだ読めない。行動もできない。


「そうですよぉ。『隙を見せた……』は、とっても恥ずかしいことなんです。

 だから、あんまり、積極的に接触してはいけません。こんな風に!」


 こだまが言いながら、僕の身体を手繰り寄せる。

僕の視界が、またしてもゼロになる。その瞬間に、僕は全てを悟る。

こだまの狙いは、さくらを封じること。『隙を見せた……』に勝利すること。

顔を上げるとき、見慣れたファスナーが半開きになっている。


「ねぇ、こだまは鉄矢Pのこと、好きじゃないの?」


 でしょうね。そうでなければ、こんな苦しみを与えはしないだろう。


「ライクかもしれませんが、ラブではない気がします。

 白状すると、これほど揶揄い甲斐のある男子はいないと思ってます」


 赤裸々だ。


「分かったよ。赤坂は鉄矢Pのこと、大好きだから。

 みずほみたいに無闇にボディータッチするのは控えるよ!」


 何にせよ、さくらが元気を取り戻したんなら、それでよし。

ただし息苦しさのなか、僕にはもう1つだけ不安があった。みずほの反応だ。


「いい決着じゃないの。さくらは元気になったし、エロ鉄はエロ鉄だし」


 あっさりした反応に、僕はホッと胸を撫で下ろす。

さくらが本気で取り組まない『隙を見せた……』は、こだまの天下だった。

こだまは見事に僕の隙をついた。強引さは全くない。むしろ華麗。




 ゲームは他にもある。こだまの主催ゲームは『利きご飯』だ。

目隠しして口に入れたご飯が、6つの駅弁のどれかを当てる。

単純なゲームだけど、なかなか難しい。


「みんな、どうして分からないんですか? 今のは『とり釜めし』ですよ」


「あんっ。『とりめし』じゃないの?」

「ウチも『とりめし』だと思った」

「私は『地鶏めし』かと思いました。さくらは?」

「んー『安曇野釜めし』?」


 みんな、大外れだ。


「僕は『月見五味めし』だと思ったんだ」

「それはない」……「それはない」


 なんでーっ!




 ひかりの主催ゲームも食べ物系。『お次はどーれ?』だ。

9つの区画に小分けされたおつまみがかわいい『山里おつまみ弁当』を使用。

ひかりが食べる順番を僕たちが当てるんだけど、ひかりはレポートも忘れない。


「どうです、この包み紙。丁寧なイラストでおつまみを紹介しています!」


 熱の入れどころがひかりらしい。

『おつまみ弁当』というだけあって、ご飯は1区画のみ。

中央には青いものを座布団に、信州名物の山賊焼きがドドーンと鎮座。

他にも豚や牛の肉料理も並んでいるけれど、わかさぎが信州っぽい。


 ゲームは、食べ物に滅法強いこだまの圧勝。


「すごいな、こだま。ことごとく正解じゃん」

「当たり前ですよ。

 ひかりが食べる順番なんて、イラストの紹介のときから決まってますよ」


 人の心を読むことも、こだまの上手なことの1つだ。




 この他、さくら主催の『にらめっこ』や、のぞみの『腸音当て』を戦う。

特に『にらめっこ』の決勝は、さくらとこだまの一騎打ちとなり、盛り上がる。


「こだまにばかり優勝させないんだから」

「受けて立ちますよ。このこだま、逃げも隠れもしません!」


 気合の入る両者の戦いだ。

結果はさくらの圧勝となるが、勝負に勝ったのはこだまだった。


「いやぁー、さくらの変顔には敵いませんよ」

「こだま。赤坂、そんなに変だった?」


「変も何も、思い出しただけで大笑いしてしまいますよ。アーッハッハッハッ」

「そんなに、変。赤坂は、変……ブス……」


 さくらのトラウマスイッチがオンになる。

ドーンと沈み込んださくらを見ているとこっちまで鬱になる。

そう思ったのは僕だけじゃない。


「あんっ。さくら、落ち込んでいる暇はないんだからね!

 それに、変顔が変ってことは、普段がそれだけまともってことでしょう」


 正論は、みずほ。


「赤坂の顔、まともなの?」

「そうよ。笑えば一級品よ!」


 軽く片目を瞑るみずほ。


「うん、分かったよ。赤坂、元気出す!」

「それでなくっちゃ! 次のゲームが盛り上がらないわっ!」


 さくらが元気を取り戻して、一件落着。

次のゲーム。それは、みずほ主催!


「発表するわ。次のゲームは……」

「……っと、その前に。みんなにはひと仕事してもらうよ!」


 時間だ。


「あんっ。なによ、バカ鉄! 決まったと思ったのに!」


 車内アナウンスが『まもなく甲府、甲府』と告げ、

あずさ50号は甲府駅に停車する。

___________________ここまでの経路 3月16日その28

        ====(あずさ50号)====1833甲府

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