第16話 交渉、成立

 新潟県庁所在地の新潟市は、人口約80万人。

本州にあって日本海に面している唯一の政令指定都市である。

雪国の印象があるが、新潟市は思ったほど降雪は多くない。

米どころとして名高い越後平野が広がっているからだ。


 みずほと2人で新潟駅の改札を潜る。

窓口でネット予約してあるグランクラスの切符を買ったあと、

もう1度、改札を潜る。


「本当に乗れるのね、グランクラスに! ゲームで勝った甲斐があるわ」


 みずほは大興奮。金髪ツインテールが揺れている。

乗車時間は73分しかない。よろこんでくれるだろうか。ちょっと心配。

それに……。


「グランクラスは座席を回転させることができないんだよ」

「全然、構わないわ!」


 完全に浮かれている。

よろこんでくれるなら僕もうれしいが、油断は禁物。


「静音性が売りだから、大きな声でしゃべるのもダメなんだ」

「全然、構わないわ!」


 みずほのグランクラスへの恋は盲目だ。

今なら、どんな要求も通してくれそうだ。

よかったよかった。あれを言おう。


「アテンダントさんはいないし、リフレッシュメントの提供もないけどね」

「何でよ! それじゃあ意味ないでしょ! 変更よ、変更。この、バカ鉄が!」


 あっ、そこ? こんなに怒られるだなんて! だがもう、変更はできない。

切符の買い替えは1回まで。たった今、その権利を行使してしまった。


「大バカ者の鉄オタのバカ鉄がーっ。ついでにエロ鉄のくせにーっ!」


 大きなお世話だって、エロ鉄は!

高崎から乗車するはくたか567号にはアテンダントさんがいる。

今は内緒にしておいて、あとでみずほのよろこぶ顔を見ることにする。


「ちょうどお昼だし、私はバカ鉄と美味しいものが食べたいだけなの。

 水戸の駅弁は全部、こだまに食べられちゃったし。お腹、空いてんのよーっ。

 何とかなさい、何とかしてよ鉄えもーん!」


 僕は鉄えもんなんかじゃない。

僕の都合でグランクラスのサービス仕様を変えるなんてできない。

でも、僕は今、1人ではない。この旅は、男女1対5の6人。

僕たちを待つ4人。その手には……。


「いやっ、ウチは止めたんだよ」

「赤坂もー、止めたよーっ!」

「ごめんなさい。私だって、私だって……」


「えび千両ちらし・雪だるま弁当・村上牛しぐれに、鱈めし!

 新潟はー、美味しいものが、数多あるーっ!」


 とりあえず、みずほに美味しいものだけは食べさせてあげられそうだ。




 グランクラスは12号車だけど、10号車から乗りこむ。

グリーン車を通り抜けて、12号車のデッキに立つ。

春・夏・秋をイメージした飾り柱を見るみんなの目は、僕が見たかったもの。

きっと動画の視聴者さんもよろこんでくれるに違いない。


 客席に入る。がらーんとしている。僕たち以外に、誰も乗っていない。

こんなことって、あるんだろうか! これって、すごいことじゃん!


 みんながそれぞれに座席の紹介をする。食レポついでに駅弁を食べる。

終わるのを待っていたかのように、車掌さんが検札にくる。イケメンだ!


 僕が代表してみんなの切符を見せ終わったちょっとあと。

背後の席から車掌さんとみずほが楽しそうにはなす声が聞こえる。

何をはなしているかまでは分からないが、あんなに楽しそうなみずほは珍しい。

どうでもいいことなんだけど、めっちゃ気になってしまう。


 ひょっとして、デートのお誘いでもされている? みずほが誘ってる?

あり得ないことじゃないけど、あってはならないことだ!

だって、みずほは……あれれっ。みずほがなんだっていうんだ?

僕にみずほがイケメンとはなすのを止める権利があるんだろうか?

この、はじめての感情はなんだろうか?


 そんなくだらないことを真剣に考えていると、

イケメン車掌さんは、最後にニコリと笑って、客室をあとにする。

胸を撫で下ろす自分に気付いたとき、同時に僕が嫉妬していたことを知る。


 みずほが大声を出す。


「やったわーっ。みんな、聞いてちょうだい! 交渉成立よ」


 そんなに興奮して、何の交渉をしていたっていうんだ。

まさか、本当に合コンの約束でも取り付けたか?


「他のお客さんが乗車されるまでは、大声で会話してもいいって。

 歌を歌っても問題ないほどだってさ!」


 顔から火が出そうだった。

みずほはみんなのために交渉していたのに、僕は何を考えていたんだ。

恥ずかしい。恥ずかしいけど、ひと安心。


「あんっ。どうしたのよ、鉄矢P。複雑な顔をして」


 なんて答えればいいんだ? 正直な気持ちを答えるのは恥ずかしい。


「……みずほがイケメン車掌とはなしてるのが気になってしかたなかった。

 ひょっとしたら、みずほを取られるんじゃないかと思ってしまった。

 でも、みずほがみんなのために交渉していたことを知って

 恥ずかしいのに、ひと安心している自分にビックリしているところ」


 僕の心の声ではない。こだまが言い当てただけ。


「いやー、そんなの信じなーい。だって、鉄矢Pには赤坂がいるんだもーん」


 と、なぜか僕に抱きついてくるさくら。


「まー、そーですよねー。自分では傷付くリスクを背負わずに、

 数多の女子を侍らせんとする、ロマンチストですものねーっ!」


 のぞみ、何を言って?


「そんな人だったの? 鉄矢Pって!」


 ひかり、人を信じるにも大概にしてほしい。


「違うよ、違うから。僕はただ……(勝手に嫉妬していたのは事実)……

 取られるとかそういうんじゃなくって、単純に心配だったんだ。

 だって僕とみずほは……(単なるビジネスパートナー。Pとアイドルだ)……

 そう、みずほはアイドル! アイドルは恋愛禁止だってことだよ!」


 我ながら、見苦しい。言い訳にもなっていない。


「あんっ、鉄矢Pもこだまも意味分かんないわ。

 兎に角、交渉成立したんだし、楽しく過ごしましょう!」


 みずほには何もバレていないことに胸を撫で下ろすなか、

新幹線とき320号は、ものすごい勢いで南下する。

___________________ここまでの経緯 3月16日その16

新潟  1227==(新幹線とき320号)===

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