ジャージ交通の新企画『【必見】アイドル研究生の47都道府県庁所在地駅(1つだけ空港)最速攻略旅は、興奮と感動で笑いと涙が止まらない!』をよろしく!

世界三大〇〇

第1話 出発、進行!

 僕こと黒鉄鉄矢は高校2年生にして交通系ユーチューバー。

ジャージ姿で全国の交通の見どころを紹介する

動画配信チャンネル『ジャージ交通』を主催している。

この1年半の活動でチャンネル登録者数は50万人を突破。

バイトを辞めて、本格的に配信者業に突き進む決意だ!




 3月16日。早朝。

僕は新たな企画に挑戦を開始。東京は秋葉原駅をスタート。

46ヶ所の都道府県庁所在地名駅を攻略したのち、

鉄道駅のない沖縄県の那覇空港でゴールを迎える。5泊6日の旅。


 名付けて『47都道府県庁所在地名駅(1つだけ空港)最速攻略旅』だ。


 大好きな鉄道での旅はとてもリラックスできる。

景色はいいし、走行音はサイコー。出会いもある。

学校やバイト先でのゴタゴタを全部忘れて、自分らしさを取り戻せる。


 いざ、本格的にユーチューバーとなるための独り旅に!


「出発、進行!」


 の、はずだったのに、世の中そんなに甘くない。

バイトを辞めれないばかりか、あり得ない仕事を押し付けられてしまった。




 千葉へ向かう総武線各停の車内。

乗客はまばら。見通しのいい空間から、ぼーっと車窓を眺める。

トンネルや橋を越える度に新しい街に来た実感から心が踊るものだけど

今日ばかりはそんな気持ちになれない。プレッシャーに圧しつぶされそうだ。


 僕のバイト先は山手プロという芸能事務所。押し付けられた仕事は、

研究生アイドルユニット『愛されてるよ』のプロデューサー(P)。

大好きな鉄道を紹介することしか能のない僕に、

アイドルのPなんていう大役が務まるはずがない。


 なんで引き受けちゃったんだろう。僕なんかにできるはずないのに。

動画の企画も『【必見】アイドル5人の47都道府県庁所在地名駅(1つだけ空港)最速攻略旅は、興奮と感動で笑いと涙が止まらない!』に変更された。

やさぐれる僕を慰めてくれるのは、クハE231の走行音だけ。




 「はぁーっ」とため息を吐くと、横に立ったのはみずほこと鈴木みずほ。

幼馴染で同級生で、金髪ツインテールの絵に描いたような美少女。

むかしから変わらず人気者で、むかしから変わらずハスキーボイス。

むかしから変わらず華奢な体型でもある。


 ため息を吐きたいのはこっちだって。

学校でもバイト先でも、トラブルはいつもみずほが原因。

できれば関わりたくない新人アイドル(愛すべきクズども)の1人。


「ねー、鉄矢。なんで企画の最初の乗物が通勤電車なわけ?

 旅感が全くないんだけど。テンション、ダダ下がりなんだけど。

 新幹線に乗りたいんだけど。せめてスペーシアXがいいんだけど」


 と、まくし立てる。実際、おっしゃる通り。映えないスタートだ。

企画の趣旨は、アイドルの華麗なる旅行だっていうのに。

心なしか、みずほ自慢の金髪ツインテールも元気がない。

本気で嫌がってるのが幼馴染の僕にはよく分かる。


「ごめん。新幹線は朝6時から。まだ5時前だから、走ってないんだ」

「えーっ、なんで、なんで、なんでよーっ。

 私にぴったりの電車は、新幹線はやぶさ号のグランクラス。

 こんな中吊り広告だらけの通勤電車じゃないわよ。

 なんとかしなさい。この、甲斐性なしのバカ鉄ーっ!」


 なんてことを言うんだ!

僕のことは兎に角、通勤電車に対して失礼じゃないか!


 こうなったら全力で、みずほに通勤電車の魅力を伝えてやる。


「通勤電車にも、役割に応じた工夫がいっぱいあるんだよ」


 僕のドヤ顔に、みずほは疑いの目を向けてくる。受けてたとうじゃないか!


「ドアが片側4つある。おかげで、同時にたくさんの人が乗り降りできる」

「それ、普通」


「座席がロングシート。おかげで、大勢座れるし車内の動線も確保」

「それも普通」


「最高速はそこそこだけど加速が素晴らしい。おかげで、密なダイヤを組める」

「あー、もう。よく分からないわ。加速ってなによ」


 みずほは手強い。

鉄道を評価する基準を持ってないうえに、中学物理の基本を理解してない。


 しかたない、とっておきのこのネタをみずほにぶつけよう。

乗車スペースを広く確保できるのは、このおかげ!


「トイレがない!」

「あんっ、なめてんの? 洗面台もなくて、むしろマイナスじゃないの」


 ですよねー。


「でも、よく分かったわ。通勤電車って、まるで鉄矢ねっ!」


 その心は?


「フットワークは軽い。普通だけど多くの人に利用されてる。

 チャンネル登録者数50万って、普通にすごいわよ。

 私たちの役にも立ってちょうだいね、敏腕Pさん!」


 金髪ツインテールが元気を取り戻す。見ていて、本当に心苦しい。

僕、敏腕Pなんかじゃない。ただの鉄道マニアで交通系ユーチューバー。

僕なんかにアイドルユニットのPという大役が務まるはずがないんだ。


 社長の冗談を間に受けるみずほもみずほだけど、断り切れなかった僕も僕。

なんで引き受けちゃったんだろう……。




 いつまでも騙し続けるわけにはいかない。

もう1度、はっきりと真実を伝えよう。


「みずほ。僕は敏腕Pなんかじゃない。単なるアルバイトだよ」


 やりたくてはじめたわけでもない。いつの間にか巻き込まれていただけ。

あの日、社長に声をかけられて、偶然、重い荷物を持ったのがきっかけ。


 そんな事情はお構いなしに、明るい声でみずほ。


「知ってる。バイトPってヤツでしょ! はねっこの鱒太一さんみたいな」


 はねっこというのは別の事務所のメジャーアイドルユニット。

そのPに鱒氏が就任したときはアルバイトだったらしい。

とんでもなく迷惑な前例があったものだ。


「天才と僕を一緒にしないで。僕にアイドルのPが務まるはずがない」


 僕にできることって、大好きな乗物を動画で紹介するくらい。

ライブで活躍するアイドルのPなんて、とてもじゃない。

みずほに社長が言うような才能があっても、買い殺すのがせきの山。


「何よ! そんなの、やってみなきゃ分からないじゃない。

 グダグダ言ってないで、私をトップアイドルにしなさい!」


 幼稚園のころから変わらない体型で、脚を肩幅に拡げて腰に手を当てる。

そうだ、そうだった。それを見て思い出した。


 笑顔が超絶かわいくて、見た目だけなら完璧な天使のような、みずほ。

お姉様ぶってるわりには、エッチなネタにはめっぽう弱い、みずほ。

僕のそばに来ては、何らかのトラブルに僕を巻き込む、みずほ。

僕はいつだって、みずほのために頑張ってきたんだ。


 みずほの言う通りだ。やってみなきゃ分からない。

僕が交通系ユーチューバーになれたのも偶然なんだから。


「分かったよ。やれるだけやってみるよ!」

「うん。それでこそ鉄矢Pよ!」


 『元気溌剌な金髪ツインテールが大好きなんだ』と思い出したとき、

中央総武線各駅停車は、次の駅に到着する。

___________________ここまでの経路 3月16日その01

        ====(中央総武線)=====0524千葉

47都道府県庁所在地完全制覇まで、あと46

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