第2話 秋葉原、新田毎

 みずほとの出会いは幼稚園のバザー。園長先生がミニSLを走らせていた。

僕が「あれーっ、おっかしーなぁーっ」と、思ってたとき。不意打ちだった。


「何がそんなにおかしいの?」


 みずほだ。当時から華やかで、クラスの人気者。

僕なんかとは住む世界が違う人だと思っていた。


「いやっ、そのー……」


 歯切れが悪いのが、自分にも分かる。ええいっ、ままよっ!


「このミニSL、動輪は2軸なのにプレートは『D51』なんだ。

 ほらっ。こっから見て主連棒のつながってる車輪は2つだけだろう」


 頑張って説明したけど、つい、早口になっていた。

みずほはぽかーんと口を大きく開けたまま。


「あー、もう。よく分からないわ。主連棒ってなによ」


 みずほは手強い。

SLの知識がまるでない。主連棒を知らないなんて!


 しかたない。こうなったら、とっておきのネタを披露しよう。

僕は両肘を直角に曲げて、肩を小さく回転させながら腰を前後に振る。


「こういうの!」

「なななっ、なんてことするの。いやらしい!」


 そうだろうか?


「いやっ、主連棒。車輪と車輪を繋いでるやつだよ」

「知らない、知らない。SLなんて見たことないんだから」


 ですよねー。


「でも、よく分かったわ。黒鉄くんだよね。SLが好きなのね」


 はい、もちろん。SLに限らず、乗り物全般が大好き!


「私、みずほ。一緒に乗ろっ!」


 はい、知ってる。突然のお誘いに、戸惑うほどに。


「いやっ、でも。どう考えたっておかしいんだ。

 このミニSLはホンモノじゃないのかもしれない」


「何よ! そんなの、乗ってみなきゃ分からないじゃない。

 グダグダ言ってないで、私と一緒に乗りなさい!」


 今でも鮮明に覚えてる。みずほは屈託のない笑顔で僕の手を取ったんだ。


 ミニSLがホンモノかどうかは、分からずじまいだったけど、

風を切って走るミニSLに乗っていたら、爽快な気分になった。


「ふふんっ。あとで歯を磨くのが、楽しみーっ!」


 みずほの楽しげであり謎めいた声を乗せた風が、

元気溌剌な金髪ツインテールを靡かせていた。




 そんなみずほと僕はずっと一緒だったわけではない。

みずほは僕たちが小学2年生のとき、突然いなくなった。

風のうわさでご両親の仕事の都合でA国へ引っ越したと聞いた。


 当時の僕は、特別にさみしいということはなかった。

けど、何のあさつもなしに旅立ってしまったみずほに対して、

若干の悪感情というか、憤りみたいなものを覚えたのもたしかだった。

あいさつの1つくらいあってもいいのに、と。




 元気溌剌な金髪ツインテールのことをすっかり忘れ、

鉄道に夢中になっていたとき、偶然の出来事があった。

僕の出世作である『東京近郊大まわり乗車のグルメ旅』を終えた直後。


 大まわり乗車とは、特定区間内なら格安で電車に乗れる方法。

途中で改札を潜れない、重複乗車できない等の条件はあるが、兎に角安い。

駆け出し交通系インフルエンサーにとってはメジャーな企画だ。

例えるなら、メントスコーラくらい。


 秋葉原の名店、新田毎でひとり打ち上げをしようとしたとき。


「あれっ、ひょっとして鉄矢じゃない!」


 はなしかけてきたのは元気溌剌な金髪ツインテール。

直ぐにみずほだと分かった。




 そのときはそれだけだった。

しばらくしてみずほは偶然、僕の通う高校に転校してきて、

偶然、僕のバイト先の研究生アイドルになった。

トラブルばかりだったけど、楽しくバイトができたのは、

ひょっとするとみずほがそばにいてくれたおかげかもしれない。


 僕が交通系プチインフルエンサーになれたのは、鉄道が大好きだから。

今度は大好きな元気溌剌な金髪ツインテールのためにアイドルPになる。

そう考えれば簡単じゃないか。はははははっ……と、自分を納得させる。




 次の電車に乗り込む。座席を確保したとき。


「ねぇ、鉄矢P。千葉の次がなんで水戸なの? 私、飛行機がいい」


 いつも華やかなみずほっぽいアイデアだ。

最速攻略には飛行機の使いどころがカギとなるが、飛行機にも弱点はある。

金額、空港での待ち時間、中心地からの距離などなど。

東京大阪間で飛行機より新幹線を利用する人が多いのが一例。


「僕も最初はそう考えたけど、関東で飛行機はもったいない。

 あと、新幹線が通っていない水戸は早めに攻略したい」

「じゃあ、次は総武本線から成田線、我孫子支線、常磐線って感じかしら」


 成田線とか我孫子支線とか、マニアっぽい。

まさか、みずほとこんなオタ会話ができる日が来るなんて!


「詳しいな、みずほ」


 みずほはご機嫌に仁王立ちして、ない胸を張る。


「ふふんっ。昨日、バカ鉄の動画を幾つかチェックしたのよ。

 えっと『東京近郊大まわり乗車のグルメ旅』だっけ? 面白かったわ」


 僕の代表作にして出世作。視聴者数が100万を超えた唯一の作品。

偶然、みずほと再会したときの動画でもある。観てくれたんならうれしい。


「でも残念。千葉からは船橋に折り返して、私鉄にのりかえるんだ」

「あんっ、折り返す? 私鉄? そんなの、違反行為じゃない!」


 どうやらみずほは大まわりとこの企画とを混同しているらしい。


「今回の企画で禁止事項は2つ。『駅間のタクシー利用』と、

 『1度攻略したあとは同じ駅を2度と利用しない。

 ただし、宿泊施設を利用する場合の翌朝イチは除く。』だから。

 大まわりのような一筆書きにはこだわってない。折返しはアリだよ」


 むしろ効果的に使うべきだ。


「なるほど。さすがは交通系インフルエンサーにして、敏腕Pね」

「敏腕かどうかは、やってみなきゃ分かんないけど」


 言いつつも、やってやるさと思い、こぶしを握る。


 みずほが鼻を鳴らし

「ふふんっ、それでこそ鉄矢ね。歯の磨き甲斐があるわ!」と、

ない胸を張って謎めいた発言をしたとき、次の電車が千葉駅を出発する。


___________________ここまでの経路 3月16日その02

千葉  0538=====(総武線)======

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