第3話 ガッツリ、充電

 JR東日本の週末パスは8800円で、エリア内の普通車自由席が乗降自由。

特急券やグリーン券を買い足せば、新幹線やグリーン車も使える。

今日だけで定価3万円超の乗車券が必要だけど、週末パスでほとんど賄える。

名の通り週末だけの販売だけど、とっても便利でお得な切符だ。




 僕たちは、総武線快速のグリーン車に乗っている。

車両はE235系1000番台。4号車後方の平屋部分に陣取る。

ドヤ顔をする僕の予想を裏切り、みずほの反応は薄い。


「どうだ、みずほ。ドアは2つしかないんだ。

 おかげで、グリーン車のプレミア感が高まるだろ」

「そうね」


 薄い!


「それに見ろ、クロスシートだ。

 おかげで、プライベート空間ができるだろ」

「そうね」


 薄い。


「最高速や加速度はそこそこだけど、車内案内装置は液晶ディスプレイだし、

 WiーFi飛んでるし、各座席にコンセントまで付いている。

 おかげで、みずほの言う旅感は充分にあるだろ!」

「ふーん。そうなんだ。すごいねー」


 薄い……。


 普通電車にしては充実の設備なのに、みずほはお気に召さない様子。


「今回は15分しか乗らないから不要だろうけど、トイレも……」


 付いている。しかもバリアフリー対応なんだぞ! と、

僕が負け惜しみに言うより先に、みずほは食い気味に言う。


「……マジ⁉︎ トイレがあるなら洗面台もあるかしら?

 早く歯を磨かなきゃ。みんな、行ってみよーっ」


 みずほはトイレとは逆の方向に行ってしまう。


 みずほが『みんな』と言うからには、この旅には他にも同行者がいる。

『愛されてるよ』のメンバー総勢5人だ。


 気ままな独り旅のはずが、気付いたら男女1対5の過酷な旅になっている。

本当に、気が重い。




 3人がみずほを追うなか、1人だけ留まったメンバーがいる。

最年少のさくらこと赤坂さくら。年齢も研究生歴も15年の、中学3年生。

昨日までは『山手プロの眠り姫』と呼ばれて、ずっと眠っていた。


 寝る子はよく育つの言葉通り、さくらの発育はとてもよい。

グラビアアイドル顔負けのメリハリボディーだ。


 さくらは普通なら3分間しか起きてられない。

だけど『充電』という儀式によって、長時間連続して起きていられる。


 長旅に備え、今朝はたっぷりと『充電』したが、方法はあまりにも過激!

僕が眠っている間のことだったから記憶はないが、記録がバッチリ残っている。

ビデオを見てびっくり! あんなにガッツリ素肌と素肌を合わすなんて!

考えるだけで恥ずかしい。




 さくらが僕の右にちょこんと腰掛ける。『充電』のビデオを思い出てしまう。

数時間前、僕はあのメリハリボディーに素肌同士で密着していたんだ。

感触に全く覚えはないけれど、想像だけで鼓動が速まる。


 その気持ちを隠そうと、外を見る。

目を逸らしたつもりが、窓に映るさくらと目が合ってしまう。

さくらが女神様のように、優しく微笑む。


 もう、ドキドキを隠す術がない。電動台車の駆動音より大きのだから。


「やっ、やぁ。さくらはみずほに付いて行かないの?」


 やっとの思いで、それっぽくはなしかける。

さくらは僕の気持ちに気付いているのかいないのか、マイペース。

いつものまったりボイスで言う。


「行かない。それよりも、赤坂は今のうちに『充電』しとこうと思って!」


 にこりと笑い、左手を僕の左太ももに乗せ、体重をかけ、僕の方に倒れ込む。

メリハリボディーのハリの部分が、僕の左右の太ももを同時にくすぐる。

ふわりと漂うシャンプーの香りが、僕の鼻腔を刺激する。


 昨日までは3分間しか起きていられなかったさくらが、

今日はかれこれ3時間以上もずっと眠らずにいる。

疲れているのは当然といえば、当然なんだけど。


「こっ、こんなところで『充電』するの?」


 い、いいけど、べつに。

直ぐ『充電』しないと、いつ眠ってしまうか分からないんだから。

もし本当に移動中に眠ってしまったら、危ないんだから。


「んーっ。70%しか残ってないから。『充電』しておきたいんだーっ」

「それは大変、あんなにガッツリ『充電』したのに!」


 もう30%も消費したなんて驚きだ。

安全のため『充電』の電源となることは、保護責任者としての義務。

そう、あくまで義務。さくらの安全のために、Pとしてしかたなく応じるのみ。


「んーっ。赤坂、こまめに『充電』した方がいいと思うんだ」


 とはいえ、人前であんなにガッツリと素肌を合わせるわけにはいかない。

となると、昨日の夕方のように手を繋ぐだけに落ち着くんだろうか。


「だっ、だよね。けど、ここは個室じゃないんだし、ガッツリは難しいよ。

 あっ、でも。中途半端に繋ぐだけとかは、効果が薄いからしかたないかぁ」


 つまり僕は今、ガッツリ『充電』したい!

あったかいのか冷たいのか、潤ってるのかガサついているのか。

今度こそは全身でさくらを味わい、全身でしっかり記憶しておきたい。


 さくらのこと、全部知りたい!


「んーっ。コンセントがあるうちに『充電』しとかないとだよ」


 えっ? コンセント?

さくらが起き上がる。右手にケーブルがついたスマホを持って。


 あっ、あーっ。そっちの充電でしたかーっ。


「カメラも充電しといた方がいいよね、鉄矢P」

「うん、そうだね。スマホの充電、大事だね」


 ホッとしたような、ちょっとがっかりしたような、不思議な気分のなか、

E235系1000番台が、次の駅に到着する。


___________________ここまでの経路 3月16日その03

        =====(総武線)======0552船橋

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