第33話 風と、紐

 美人のお客さん2人は、大きい荷物を引きずって歩くなか、

僕たちはこだま757号を見送ったあとも、ホームに留まる。


「あんっ。熱海駅での駅名標の撮影はないんでしょう」

「そうですよ。滞在時間が2時間あるからって、ゆっくりは禁物です」 

「ウチ、はやくくじ引きがしたいよ。寝台を確定させたい」

「全くです。ゆっくりなんてらしくないですよ」

「赤坂は、早く温泉に行きたーい!」


 みんなのはやる気持ちはよく分かるけど、やることがある。


「みんなに風のレポートをしてもらいたいんだ」


 熱海名物の突風は、画面映えするに違いない!

言ってる側から、のぞみ号接近のアナウンス。

みんなに、撮影の準備をさせる。何とか間に合ったと思った直後。

突風とともに新幹線N700系が猛スピードで接近する。

大きなカーブを描くホームの横を時速180キロ以上で爆走する。

400メートル以上ある編成が、8秒足らずで通り過ぎる。突風と共に!


 みんな、長い髪を風に巻き込ませながらも、レポートを終える。


「なっ、なるほど。すっごい風ねっ」


 でしょう。


「まさか、これほどとは」


 でしょ、でしょ!


「これはある意味、浴衣で正解でしたね」


 んーっ、どゆこと?


「本当。ミニめのワンピだったら、大変なことになってたよーっ!」


 ミニめのワンピ、どこかで見たような。大変なことって?


「あの人たちみたいにーっ!」


 あの人たち? 目線を階段付近に定めると、

2人組のお客さんが立ち往生しているのが見える。

ミニめのワンピの裾を見事に捲り上げた状態で!


「白と……水色……」


 思わず口にしたのは、ワンピースのカラーなんかじゃない。

裾を捲り上げたら見えてしまう、禁断の三角布だ!

ただ、パンツにしては厚手のようだ。水着だろうか?


 2人組が荷物を置く。僕に向かって駆けてくる。


「みっ、見たわね!」

「可憐な乙女の純情!」


 あまりの剣幕に、素直に応じる。


「はっ、はい」


 自分が言ったことの残酷さに気付く。

ウソでも、見てませんって言うべきだったかもしれない。

証拠に、2人組は揃って泣き崩れる。


「これでもう私たち、清純派を名乗れないわ……」

「可憐な乙女の純情は、もうおっ……終わりだ」


 どういうことだろう。よく分からない。

もっと口うるさいくらいに罵ってくれた方がマシだった。

2人組に目の前で泣かれてしまっては、どうしていいか、分からない。


 助けを求めるように、みずほを見ると、瞳をうるうるに潤ませている。

みずほが時折見せる、美しいものを見る目。横のさくらも同じ目だ。


「はっ、はねっこの……」

「……はる・紀様……」


 2人が声を振り絞ったのがよく分かる。やさぐれている。


「いかにも。私達ははねっこのはる・紀ですよーっ」

「元・清純派の……可憐な乙女の純情を喪失した、ただのアイドルです」


 パンツや水着を見せたら、清純派を名乗れないんだろうか。

アイドルの厳しい掟を、僕はまだ理解していないらしい。


「かっ、感激です! 私は、鈴木みずほ。よろしくお願いします!」

「赤坂たちもデビュー前だけど、アイドルなんです!

 あっ、私は赤坂さくらです」

 

 という、みずほとさくらの何気ないあいさつが、はなしの方向を変える。

はる・紀こと稲葉はるかと南紀子。2人は、惑うことなき美少女。

僕よりちょっと大人の18歳。そんな2人の顔が近い。

すごく、いい匂い! 大人の香りだ!


「へー、君たちもアイドルさんなんだ」

「ひょっとして、君は運営さん?」


 言い寄ってくる2人に、僕は静かにうなずく。


「はい。一応はPをしています。

 山手プロの黒鉄鉄矢と申します。よろしくお願いいたします」


 さらに顔を近付けてくる2人。恥ずかしい。

ジーッという音が聞こえるようだ。たっ、助けてーっ!


「なーんだ! 貴方、運営さんだったの」

「だったら、いくら見られたって平気ね!」


 見られて平気ってことはないだろうに、怖いくらいの笑顔だ。

アイドルの本気の営業スマイルに、僕は2歩・3歩と後退る。

ワル絡みしてくるつばささんを思い出してしまう。


「…………」


 何も言えない。


「いいんですよ。いくら見たって、平気ですから」

「さぁ、ご覧遊ばせ、鉄矢P!」


「………………」


 2人して言いながら、ミニめのワンピの裾を捲る。

近くで見て確信する。やっぱり水着だ。白と、水色の!

ちょっとはだけた紐がぶらぶらしている。


 清純が売りのメジャーアイドルが、僕だけにご覧遊ばせている。

恥ずかしくないはずがない。だから目を逸らす。


 そこへ……。


 新幹線のぞみ号が猛スピードで通過。


「いやぁーっ! なに? この風ーっ!」

「紐が、紐がぁーっ!」


 どうなったのか、僕は知らない。目を逸らしていて、正解だったんだと思う。


 また次ののぞみ号が風を運んでくるなか、

僕たちの熱海滞在記は続くのだった。


___________________ここまでの経路 3月16日その33

熱海  2112====(熱海駅滞在中)====

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る