第31話

「私の目的はただひとつ。この第六コロニーの恒久的な継続です」

 静かに微笑むディートリヒには微塵の後ろめたさも存在しなかった。

 彼はジンが部屋に入った時と同じように、隙のない姿でそこに居る。

 ジンは視線を外さない。

 そんなジンに、ディートリヒは真正面から向き合った。

「カザキリ殿。外部から来た者として伺いたい。この第六コロニーの現状をどう思いますか」

「……どういう意味だ」

「そのままの意味です。私はこのコロニーの現状を好ましく思っていない。それは先に申した通り、恒久的に継続していくのが難しいと感じているからです」

 ディートリヒはグラスに水を注ぎ直すと、その半分程を口に含める。

「第六コロニーは今、存続の危機に瀕しています。内部は東西に分かれて実質は内乱に等しい状態。外部では他国の基地を襲撃した疑いをかけられ、コロニー間戦争の危機。下手をすれば、このまま崩壊した上で、第四次大戦のきっかけにすらなりかねない状況です。これが、カザキリ殿は望ましい状況と思われますか」

「そんなはずはないだろう。戦地に生きる傭兵とて、命は惜しい。爆発寸前の爆弾を喜んで見守る趣味はねえよ」

「仰る通り。しかも外部から疑いの目をかけられている容疑については、半分程度は事実とも言える。こんな状態でまともな政治を行えるはずがないのです」

 ディートリヒはグラスをテーブルに置く。少々力が入っていたのか、水が溢れてテーブルを濡らした。

「私はまだ三〇に満たない若輩者ですが、これだけはわかる。今のまま突き進めば、第六コロニーに未来はない」

「————」

「第六コロニーは長くに渡り、労働者階級に不満を押し付け、西側区域の者達で利益を貪って来ていました。その根幹にあるのが、労働者を貶す差別思考にあります。彼らが居なければコロニーが成り立たないというのに、彼らを見下し、蔑み、嘲笑う者達が分断を産んできた。そしてその極地にあるのが、現代表のミヒャエル・ギーツェン首相です」

「東側区域への弾圧に近い政策の話か」

「はい。ギーツェン首相は典型的な西側の人物です。彼は第六コロニーの現状を容認し、それどころか己の権力を高めるために更に加速させている。私からすれば決して認められるものではありません」

「彼は有能な首相だと聞いていたがな」

「有能に違いはありません。しかし、彼のやり方は不公正かつ強引で、このままでは第六コロニーが内側から分解してしまう。誓って申し上げるが、南極基地に政府として関わってはおりません。その後の展望も対話と融和を求めています。しかし、様々な状況が噛み合った結果、現状の政府では——」

 ディートリヒの瞳が怒りに揺れ、震える声で言葉を紡ぐ。しかし、その言葉が最後まで発する事なく、事態は変化する。

 憂国の男を置き去りに、密会の場は血と硝煙の空気に支配された戦場と化した。


 建物外部から爆発音が響き、それと同時に部屋の照明が死んだ。

 突如として暗闇と化した状況にディートリヒは硬直する。

 ディートリヒは典型的な文官であり、直接的な戦闘とは縁が遠い。咄嗟の場面で脳が追いついて来ていないのがジンにはわかった。

 素早くディートリヒを引き寄せてドアから遠ざける。

 ここは五階だが、万が一のため窓からも死角になるように身体ごとベッドの影に引き摺り込んだ。

「な、何を……」

「黙ってろ」

 ジンは懐に忍ばせていた回転式拳銃を取り出すと、シリンダーを確認する。きっちり六発装填されているのを確認した上で元に戻して撃鉄を引いた。

 合わせて端末を取り出して横目で見る。直接通信は困難だろうが、オリヴィアとのリンクは可能なはずだ。

 とりあえず設定だけ済ませてしまうと、再度仕舞う。何かあれば強制通信でオリヴィアが連絡してくるだろう。

「……まさか、襲撃ですか? 一体どうして……」

「どうしても何も、アンタのやってる事はスパイだろ。狙われても何らおかしくはない」

 この後に及んで呑気なディートリヒに、ジンは平静を保って突き放す。

 高級ホテルだけあって防音機能が非常に高く、周囲の状況がジンを持ってしても掴めない。ここから離れるべきか、留まるべきか。難しい判断だが、ジンは相棒を信用する事にした。

 オリヴィアは此処に居ないだけで、彼女も襲撃を把握しているはずだ。むしろ外部で待機していたため、ジンよりも状況に明るい可能性も高い。

 そんな彼女であれば、最優先にするのはジンの安全と依頼の完遂だ。であれば、下手に行動してすれ違うよりは、彼女を待つのが得策だった。


 数分前。

 オリヴィアはセントラルホテルの五〇メートル程離れた場所にある安宿の一室に居た。

 既に運搬ケースは開放し、強化外装は装着済だ。流石に大戦斧は持ち歩けなかったが、代わりに鉄塊の如き武器を第二コロニーから借り受けていた。

 それは鬼の金棒のような、棍棒のような、形容し難いが凶器だと一目でわかる野蛮な装備だった。斧と違い大きさはせいぜい一メートルに足りない程だが、取り回しの良さがオリヴィアの好みに合致していた。

「——さて、そろそろ出番のようですわねぇ」

 宿の窓を開け放ち、遠目にセントラルホテルを確認する。不審な車両がいくつか集まりつつあるのを見て、オリヴィアは唇を舐めた。

 窓から身を踊らせ、反転して屋根の上に立つ。そして、間髪入れずにセントラルホテルに向かって、白い閃光となって突撃した。

 踏み込みで安宿の屋根が粉砕される。背部スラスター全開——白い閃光は流星に変わって目標へ直進していく。

 セントラルホテルでは、正面玄関を塞ぐように車両から現れた覆面達が包囲を開始している。

 進撃開始からおよそ三秒。装甲を纏った白騎士は、街を飛び越えて覆面達に着弾した。


 覆面達は何が起きたのかわからなかった。

 その瞬間までは順調に計画は推移していた。まずは先見部隊が突入し、後詰の部隊が車両で到着し次第、セントラルホテルを包囲する。その後に順次突入し、富を貪る鬼畜西派を処刑しつつ目標を確保する。

 事前にもたらされた情報も含めて、作戦に抜かりはなかった。

 だが、その計画はたった一つの砲弾らしき物によって完膚なきまでに破壊された。

 粉塵が徐々に収まり、周囲の状況が確認できる。横転した車両はもう使えそうにない。同志達が同じように何人も倒れ伏し、苦痛に呻いていた。そして、砲弾が直撃した爆心地には、見た事のない白騎士が凶悪な鉄棒を携えていた。

「な、なんだ……砲撃じゃない……?」

 呆然と覆面の一人が身知らぬ白騎士を見上げる。白騎士は沈黙したまま、手にした鉄塊を何気なく振るった。

「ごげッ」

 倒れ伏す覆面に容赦なく打ち下ろされた鉄塊は、いともたやすく人の命を消し去る。上半身を粉々に潰された死体だけが跡に残る。あまりに呆気なく、あまりに当然のように殺された仲間に、覆面達の思考が完全な空白に陥った。

『……戦場で呆けるなんて、素人ですかしらぁ?』

 惨劇の場に似つかわしくない女性の弾む声が覆面達に届く。それが引鉄になったか、ようやく事態を把握した彼らは阿鼻叫喚となって逃げ出した。

 虎の子の強化外装は既に突入してしまっている。包囲に加わっていた覆面達に、敵機に対抗する手段は残されていなかった。

 オリヴィアは適当に追い付いた覆面を地面の染みに変えながら、セントラルホテルに入る。

 ロビーは戦闘の名残はあったが、敵の影は見当たらなかった。

 ふむ、とオリヴィアは考える。そしてフロントで縮こまっていたスタッフを見つけて問い質した。

『……襲撃犯はどちらに? 強化外装は居ましたかしらぁ?』

 フロントスタッフががくがくと震えながら、首肯して指で上を指す。

 オリヴィアはバイザーの下でニッコリ笑うと、更なる戦闘の気配に舌舐めずりしていた。

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