第11話
刺し込まれた刃が敵機の脇から胸までを貫く。敵機の着用者が息絶えて膝を着いた。刀を敵機から抜き放つと、赤い飛沫が放物線を描いた。
芸術的な技量——しかしそれを見せたジンはバイザーの下で不満気に舌打ちしていた。
流とは本来、敵の体勢を崩して刃を斬り込むまでが技だ。そのはずが借り受けた機体の柔軟性が足りず、ジンも体勢を崩して不発になった。刀を持っていた右腕は人工筋肉と関節異常でエラーを吐き出し続けている。
静まり返る味方機を尻目に、ジンは刀を左手に持ち替える。味方機が銃撃の嵐を叩き込んだ敵機は倒れてピクリとも動かない。残り五機——仕事はまだ終わっていない。
『総員、リロードをしておけ。それと撃てとは言ったが冷静に撃て。次に敵の前で呆けたら死ぬぞ』
オリヴィアが何機かは片付けるだろうが、厳しい状況だ。できれば彼女が全滅させてくれるのを願いたい。
右腕はほぼ機能を停止していた。これに伴って体勢制御もエラーが鳴り止まない。ジンが自前のバランス能力でフォローしているが、機体の不良は誤魔化しきれない。
これだから一般機体は嫌なんだと脳裏をよぎったが、どの道動かない自機に比べればマシな方かと目を細めた。
使いにくい武器と使えない武器——どちらが戦場で価値があるのかは明白だ。
味方機がリロードを終えてジンの元に集結する。戦場の興奮からはようやく落ち着いていた。銃器が実際に通用するのも安心に繋がったのか、やや動きにも改善が見受けられた。幸いこちらの損害はなしだ。次にどうなるかは不明だが、働けるに越した事はない。
『終わったらさっきと同じ陣を組み直せ。やる事は同じだ、今度は落ち着いてやれよ』
ジンは再度味方機と共に配置に付いた。
オリヴィアは無人の野を征くが如く前進していた。
全ての罠を踏み潰し、嘲笑う。発動させる必要のない物も作動させ、悉くを粉砕する。最大の物では部屋のドアノブを捻った瞬間に部屋ごと大爆発が起こった。廃倉庫自体をも吹き飛ばすような代物だったが、何の分別も躊躇もなく発動させた。結果としてオリヴィアと愛機ホワイトドレスは未だ無傷で此処に居る。それが全てだ。
これまでにオリヴィアが受けた損害は、強化外装が熱せられ若干の体感温度が上昇したのみ。対して敵施設は自ら仕掛けた罠や爆弾で重要な機器も含めてそこかしこが破損している。
まさしく蹂躙である。
一応オリヴィアは奪還が前提の依頼として、可能であれば強化外装の回収しなければならないのは頭の片隅に置いている。しかしバイザーの下でも隠しきれない口角の上がり方が彼女の心情を正確に示している。
オリヴィアの止まらぬ歩みに、ついに罠ではなく人員が対処にかかる。最奥と思われる部屋に侵入すると、例の新型強化外装が三機、鉈のような剣を携えて待ち構えていた。
決して広くはない部屋だ。そこに三機が並べば自然に半包囲が形成されていた。
オリヴィアは左肩に担いだ大戦斧の柄を指で叩く。数が足りない。残存戦力は新型八機のはずが、残り五機が見当たらない。
これはジンの元に早めに合流した方が良いかと思案する。この分では五機はジン側へ逃走した可能性が高い。そうなると、あの戦場に不慣れなヒヨコ共は損害が出るに違いない。ジンがしくじるとは微塵も思っていないが、依頼主を考えると損害は抑えた方が好印象だ。
こつこつと斧の柄をオリヴィアは叩き続ける。そのあまりに無防備な姿に、眼前の三機は困惑していた。
『……女、だと……』
『おい、本当にコイツが侵入者だってのか? 信じられん』
『油断するな、常人なら欠片も残さずこの世から消えるような罠を掻い潜ってきた奴だ。隙だらけだが信じられん化物だ』
掻い潜ったのではなく踏み潰したのですけれど、とオリヴィアは不満に思うが言葉には出さない。
『得物は馬鹿みたいにデカい斧だ。室内戦なら我々に分がある。連携で行くぞ』
『了解』
『了解。ちくしょう、今日は厄日だな』
敵のやり取りをぼんやりと聞きながら、オリヴィアは手招きする。手早く済ませるために、ひとつ策を講じていた。
三機が微妙にタイミングをずらしてオリヴィアに襲い掛かる。なかなかの連携だとオリヴィアは感心した。南極の者共もそうだったが、きちんとした戦闘訓練を積んだ者の動きだ。
まず最初に振られた鉈をオリヴィアは左腕装甲を盾に弾く。異常な装甲硬度に打ち込んだ敵機が体勢を崩した。思わず後退する敵機にオリヴィアがますます口角を上げる。
次に飛び掛かってきた輩を鉈が振るわれる前に肩から機体をぶつけて吹き飛ばす。重量のあるはずの強化外装が宙に浮き、先に後退した敵機の横に並べさせられた。最後にとどめの一撃を構えていた相手を、有無を言わさず殴り飛ばした。敵は壁に激突する寸前で何とか受け身を取り、陣形を整える。流石に装甲が砕かれるような事にはならなかったが、渾身の連携を容易く捌かれた異常事態に敵三機は驚愕に沈黙していた。
オリヴィアは追撃しない。白騎士は仕切り直しになった間合いで悠然と構える。この位置取りでは都合が悪い。早急に片をつけるための必殺の一撃をオリヴィアは求めている。
一瞬で完全に立場は逆転していた。
罠も策も連携も、この白騎士一機に踏み躙られようとしていた。
『……怖気付くな、相手は武器も満足に振れん!』
そんな事が許されるはずがないと、勇気ある一人が他二人を鼓舞して気炎を上げる。合図を交わして再度連携して、今度は全機同時に飛び掛かった。——それがオリヴィアの望んだ事だと気付かずに。
歯を剥き出しにバイザー下で嗤うオリヴィアが、次の瞬間、ついに担いだ斧を左手で振りかぶる。水平に構えられたそれが、死の匂いを撒き散らしながら猛然と三機に向かう。
そして、敵機に直撃する遥か手前で、広くはない部屋の壁に激突する。室内戦で巨大な武器を振るう必然だ。
勝った——三名がそう思ってしまったのも仕方がない。責められるはずもない。オリヴィアという女は彼らの埒外の存在だと知らなかったのだ。
『汝らの、旅路に……』
オリヴィアが咆哮する。最早凶笑としか言えない浮かべて。
『光、アレェぇぇぇぇ!!』
戦斧が激突した壁が粉砕された。そして勢いが死なぬまま、飛び掛かった三機に荒れ狂う嵐のように吹き荒ぶ。
左手と中央に位置した敵二機はそれぞれ上半身から上を冗談のように消し飛ばされた。そして一番斧から遠かった一機の腹部中程まで食い込んで外装ごと吹き飛ばす。撒き散らされた臓腑と血風が止んだ時、そこには死体二つと死に逝く一人、そして笑顔の悪魔が一人残るだけだった。
『ば、かな……』
吐血しながら、死にかけの一人が喘ぐ。朦朧とした意識で顔を上げれば、オリヴィアが彼を柔らかな笑顔で見下ろしていた。
『この、悪魔……が……』
事切れる彼の脳裏に、忘れられない瞳が焼き付く。
オリヴィアは最後の瞬間まで変わらず微笑んでいた。
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