第10話
オリヴィアが突入した側から耳をつんざく轟音が響く。
ジン達は真反対の非常口を前に、少し距離を置いて囲うように陣形を組んでいる。びくりと顔を強張らせるヒヨコ共に、ジンは刀を構えて言う。
『さぁ、仕事だ。作戦は覚えてるな? アンタらは援護だ、そんなに緊張しねえで飛び出してきた間抜けに適当に銃をぶっ放してりゃいい。トドメは俺が刺す』
『あ、ああ。だが本当に銃だけでいいのか? 我々の機体にも近接兵装はある。効果がない支援よりも近接戦に参加すべきじゃないか?』
貫通力の高い小銃を持ったリーダー役がジンに問う。部下達も銃に対しては懐疑的だ。強化外装に銃弾は効かないというのは常識なのだ。
効かないはずの銃を推奨し、サムライブレードを持った酔狂な男−−ジンに対するイメージはそんなところか。信用がないのはわかる。ジンはまだ敵機が姿を見せないのを確認すると、視線は動かさずにリーダー役に回答した。
『効果が全くないわけじゃない。いくら銃弾を弾こうとも、それに伴う衝撃は発生する。衝撃があれば体勢を崩すかもしれないし、装甲の隙間に着弾すれば生身に傷を負う。銃ってのは世間が言う程に無力じゃない。銃火器を完全に無力化できるのは、ウチの相方のイカレ女みてえな人外の領域に浸った連中だけさ』
『なるほど……』
『それにな、近接戦に挑むって事は敵を殺すって事だ。息遣いが聞こえる間合いの戦闘で待ったはない。敵の中には仲間だった奴もいるかもしれない。そんな敵をアンタらは殴り殺せるのか? 迷いがあれば動きが鈍る。それで死ぬのはアンタらだ。止めはしないが、覚悟が決まってからにするんだな』
『…………』
話す間も、廃倉庫内から断続的に轟音が聞こえてくる。派手にやっているようだ。オリヴィアの心配は不要だ。あの女を殺すのなら、最低限一個大隊を用意しなければならない。
やがて一際大きな爆発音が周辺の大地を揺らす。廃倉庫の屋根が吹き上がり、爆炎が溢れる。バラバラになった屋根の破片がジン達の脇に落ちた。熱風が強化外装の装甲を撫でて体感温度が僅かながら上がる。
たじろぎするヒヨコ達とは異なり、ジンは微動だにしない。体軸はぶれず、視線は乱れない。強化外装を纏いながらも、佇まいは武士のものだった。
『お、おい。貴方の相方が……』
『気にするな、それよりも……』
ジンは構えていた刀の刃を真一文字に非常口へ向けた。
『……来るぞ』
非常口の奥が騒がしくなる。複数の強化外装の足音と、怒鳴り合うような声が聞こえる。オリヴィアという襲撃者の力量が予測できていなかったに違いない。オリヴィアは彼らにとって次々と罠を食い破る常識外の化物で、傷一つつけられない悪夢の存在だった。
しかし襲撃を受けながら騒々しいのは大きな油断が見える。敵に伏撃を悟られぬよう、外装の通信音量を極限まで絞って味方機に宣告する。
『音を立てるな、銃を構えろ。まだ引鉄に指をかけるな。合図したら躊躇うなよ。……敵が動かなくなるまでは撃ち地続けろ。敵が止まったら様子見だ、いいな? ……まだだ、……まだ、……まだ……』
ジンは慎重に時を計る。敵の声が扉越しにこちらにも聞こえるが、記憶だけして今は意味を考えない。
「こうなるとわかむてたらアンタらに協力なんてしなかった! こっちはリスクを負ってやったんだ、その見返りがこれじゃ……!」
叫びながらひとりが内側から非常口を開け放つ。背後に怒鳴り散らしながら前も見ずに出てきた白衣の男に、ジンは死を宣告する。
『撃て』
反応して味方機が小銃の引鉄を引いた。軽いマズルフラッシュと銃声が立て続き、白衣の男はあっという間に穴だらけになった。その光景を確認するまでもなく即死だろう。ジンは銃を撃つ味方機の脇をすり抜け、非常口の横に位置づく。刀を両手で握り、呼吸を深く静める。
『こちらにも敵がいるぞ!? 開発員がやられた!』
『出ろ、敵装備は銃火器だ! 我らには効かん! 近接戦で片をつけるぞ!』
人工筋肉の駆動音が鳴り、三機の強化外装が姿を現す。−−南極で見たニコラ製の機体だ。
三機は銃撃を前に非常口から飛び出してくる。勢いよく接近を試みたようだが、予想外の銃撃の量にたたらを踏んだ。味方五機による一斉射撃は、銃弾こそ外装に弾かれたが衝撃までは逃せなかった。それを見たジンはするりと歩み寄ると、ジンの姿に気付いていない手近な一機に刀を振るう。
『なっ、コイツどこに……!?』
それが間際でジンを見た敵機の断末魔になった。寸分違わず刃は強化外装の首部分、装甲の隙間に吸い込まれる。
音もなく敵機の首が飛んだ。残った首から下の機体が噴水のように真っ赤な液体を撒き散らす。味方機がジンへの誤射を警戒して射撃を停止し、ようやく気付いた残り敵二機が唖然として立ち尽くした。
『馬鹿な、叩き潰すのでなく斬り飛ばしただと……!?』
驚愕に固まる相手に、ジンは情けをかけない。戦場では敵に弱味を見せた者から死んでいくのが定めだ。
小さな駆動音と共にジンが接近する。決して速くはないはずの速度が敵機には反応できない。握り締めた戦鎚を持つ腕に白刃が一閃する。
斬り上げられた刀に遅れて、敵機の右腕の肘関節から先が地面に落ちる。一瞬の後に痛みを自覚した着用者が絶叫するが、ジンは外装の無線で無感情に告げた。
『俺が離れたら撃て』
言うなり、バックステップで味方機側に跳躍する。同時に五機分の射撃が悲鳴を上げる敵機に浴びせられた。
堪らず倒れ伏す片腕の敵機に、しかし銃声が止む事はない。戦場の昂りと恐怖が味方機の引鉄を引き続けさせる。放って置いても失血死するだろうが、そんな事は頭になかった。真っ白になった意識で敵機に攻撃を続ける味方機−−無力化の判断など到底できる精神状態ではない。そして興奮のあまり撃ち続けた銃がついに静まる。弾切れだ。発生した致命的な隙に今度は味方機が立ち尽くす。それを見逃すはずもなく、怒りを露わにした最後の敵機が戦鎚を振りかぶって捨て身で突撃してきた。
猛然と迫る戦鎚と味方機の間に、刀を構えたジンが滑るように割り込む。敵機はお構いなしとばかりに、ジンに向かって戦鎚を振り下ろした。破壊的な重量がジンの機体に直撃する寸前に、空白と閃光が走った。
新宮流介者刀法、流。
戦鎚はジンの機体に打ち付けられるでもなく、地面を割り砕くでもなく、明後日の方向へ空を切っていた。
武器に刀を合わせられ、全く衝撃を与える事なく、完全に威力を受け流された敵機は体勢と思考と補助システムに間隙が生まれる。戦鎚の重量に振り回され、機体が踏ん張りきれずに宙を泳ぐ。補助システムが膨大な演算を吐き出すのが着用者の視界に映る。機体の自動制御が稼働……だが、人体の構造上、どれ程着用者を顧みずに自動制御を試みてもシステムにできる事はない。絶望を感じる前に、ジンが返しに一撃を放ったのが見えた。
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