第9話

▪️▪️▪️

 依頼を受諾してから二日後にイーサンから連絡が来た。

 ジンとオリヴィアが下層ホテルで襲撃を受けた際の暗殺者にイーサンが手を回した。残された敵の亡骸を検分に回した結果、装備品のひとつの出処が判明した。それはニコラ製の物で、とある特殊形状の形成のために限られた工場でしか製造されない物だそうだ。そして、その工場は行方不明の開発スタッフも勤務していた職場だった。

『やるせないな。いよいよスパイだった可能性が高まっている』

 イーサンはぼやきつつも、問題の工場から足取りを追わせた。ニコラの実働スタッフは総出の様子だ。結果として、工場から離れた場所に痕跡を発見し、そこから更に離れた場所に潜伏している疑いが固まった。

 第一コロニー下層、生産区域。

 コロニーとは、大戦によって汚染された大気などから逃れて生活するための防衛施設だ。長期間に渡ってコロニー内で生活を完結するため、当然食料生産も内部で行われている。

 一面に農耕地が広がる。場所によっては畜産業も営まれているだろう。世界最大の第一コロニーではもちろん大量の食料が欠かせない。それを賄うためには、やはり巨大な供給が必要だった。

 下層面積の大部分を占める生産区域は、各コロニーにとっての命綱だ。……例えここで働く者達が、上層から地べた擦りと侮蔑されたとしても。

 そんな農耕地の一角、生産区域で見れば外周に近い箇所にひとつの建造物がある。既に使用されなくなって久しい貯蔵倉庫だ。なんでも老朽化で崩落の危険性があるため、別の場所に移転したそうだ。そして、本来であれば潰されたはずの倉庫は、何故か今もジン達の前でしっかりと屹立している。


 ジンは舌打ちする。怪しい事この上ない。

 放棄された建物に、従事者以外の人が少ない環境。トラップは仕掛け放題だ。下手をすれば建物ごと爆破されるような可能性も存在する。

 やはりアレを突っ込ませるか。アレならトラップなど強引に踏み潰せる力がある。無駄な犠牲も減らせるだろう。

 ジンは横に並ぶ強化外装をちらりと一瞥する。今回の作成を共にするニコラのスタッフ達だ。戦闘の前触れに誰もが若干の緊張を滲ませている。緊急時に冷静に対応できるかは五分五分と言ったところだ。

 ジン自身もイーサンから借り受けたニコラ製外装を纏っているものの、愛機に比べればやはり多少の違和感がある。愛機に比べて人工筋肉や関節部が固く感じられる。こういった違和感は、いざという時の生死に関わるものだった。

 ジンは決断すると、端末を手に取る。廃倉庫から目を外さないまま、相棒を呼び出した。

『はぁい、こちら貴方を愛する女よぉ。調子は如何?』

『うるさい黙れ。作戦に変更はなしだ。やはりお前が突っ込んで俺がフォローする。ヒヨコ共は俺に任せろ』

『やっぱり土壇場で竦んでしまいましたかしら?』

『いや、そこまで酷くはないが、俺も外装が借り物で万全じゃあない。罠まで食い破るには不安がある。これが一番確実だ。タイミングは任せる』

『では、一二〇秒後に』

『承知した。精々派手に暴れろ』

『ところで、こんな敵地目前で迷彩もせずに通信してよろしかったんですの? 高確率で傍受されるんじゃありませんの』

『どの道この近辺は遮蔽物もないしバレてるだろ。罠ごと伏撃を踏み潰せ』

『了解、素敵なオーダーですわねぇ』

 通信越しでも蕩けそうな声色のオリヴィアに、ジンはそれ以上何も言わない。

 通信終了。ジンは端末を仕舞うと、布包を解き放つ。強化外装で抜刀するのは本当に久しぶりだ。生身とは違う感触を思い出しながら鞘を腰に差す。

 残り三十秒。バイザーの下でジンは気怠げに待った。


 オリヴィアはカウントがゼロになった瞬間に廃倉庫へ突撃した。

 背部スラスターも点火しながら、オリヴィアの白い強化外装が凄まじい勢いと速度で直進する。廃倉庫まで残り十メートル。躊躇いは微塵もない。寸分も勢いを落とさず突っ込むと、肩に担いだ大戦斧を渾身の力で振り下ろした。

 砲撃同然の爆音が穀倉地帯に鳴り響く。おそらく固く強化されていたであろう装甲扉が紙屑の如く吹き飛び瓦礫と化す。粉塵が舞う中をオリヴィアは悠然と歩む。扉のあったところを潜ったタイミングでブービートラップが作動。両脇から自動化された銃弾が襲うも、白い装甲が弾き返した。

 右よりも大きな装甲の左腕で首回りの装甲の隙間をカバーしつつ、浴びせられる銃弾の豪雨をやり過ごす。オリヴィアの愛機ホワイトドレスは、他と比べて圧倒的な重装甲を誇る。急所に着弾しなければどうという事はなかった。

 銃弾についに切れ目ができる。弾切れ−−瞬時に斧を横に振るう。壁に設置された銃口が軒並み破壊された。

 次いで息を吐く暇もなく、正面から青い炎が迸る。火炎放射器−−耐熱に優れたオメガイリジウムの装甲でも、隙間から入り込む粘性の炎と熱波には中の人間が耐えられない。

 しかしオリヴィアは動じない。左肩に担いだ大戦斧をぐるりと一回転させると、その勢いで猛烈に振り放った。

 破壊の化身となった戦斧が回転しながら飛翔する。迫る炎を容易く切り裂いて火炎放射器に直撃する。

 仕掛けられた罠が爆散し、廃倉庫が静寂に満ちる。オリヴィアはゆっくりと壁ごと火炎放射器を断ち割った戦斧を回収した。

 ひとまず侵入には成功した。損傷はなし。要塞化された廃倉庫内の敵もオリヴィアに気づいたはずだ。罠がこれだけという事はないだろうが、これから逃走するのか、迎撃してくるのか、どちらでもオリヴィアには関係がない。逃げるのであればジンが対応する。オリヴィアは細かい事は気にせずに前進するだけだ。

 バイザー越しにもわかる程、にこやかに笑う。楽しくて仕方なかった。

『ちょっと地味でしたわねぇ。挽回のためにも腕を振るわなければなりませんわ』

 オリヴィアは求めている。かつてジンと戦った時に感じたような、底知れぬ破滅的な戦いを。

 騎士の姿を纏った悪魔のような女が闘争を求めて進撃する。

 

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