第8話
稀代の天才経営者と呼ばれる男は、大層に健啖だった。
挨拶を済ませるなり酒場のマスターに山のような食事を注文すると、品が手渡されるなり流し込むかのようにかき込んでいく。それを見たオリヴィアが何を思ったのか、自身も追加で肉を頼むと対抗するように平らげていく。
見た目に寄らず野生的なイーサンと、あくまで上品に食いまくるオリヴィアに胸焼けがしてくる。肉肉野菜肉野菜肉肉−−もっと野菜も食え、脂っこいにも程がある。一体何を見せられているのか、ジンが宇宙の真理に到達しそうになる間際にイーサンが食事を終えた。
「待たせて済まない、どうにも忙しくて無茶して時間を作って出てきたんだ。飯を食うのもタイミングが合わなくてな」
「ふぃにひないでふだはいまへ」
「お前はまず肉を飲み込め、オリィ。マスター、もう一杯くれ」
イーサンが酒を飲んで口を整え、オリヴィアがドヤ顔で肉を食い続ける。ジンは追加の酒を頼むと、改めて目の前の男と相対した。
イーサンは口をナプキンで拭う。ニヤリと口端を上げると、野生味がより強くなった。
「さて、話に入ろうか」
「ああ、そうだな。正直言うと本当にアンタが来るのか疑問だったんだ」
「むぐっ……。そうですわねぇ、こんなスラムの場末の酒場に、今をときめくニコラの代表が呼び出しをするなんて未だに信じられませんわぁ」
イーサンは片眉を上げて手を振って周囲を示す。
「いい場所だろう? 飯も酒もスラムで手に入る物しか使っていないのに、美味い。合成食料でもマスターが少しでも美味い飯が食えるように工夫してるんだ。そして何より安い。コロニー内のレストランの代金がありゃあ、ここでは十回は呑み食いできる」
あれほど食った後だというのに、イーサンは更に酒を煽る。グラスを水であるかのように一気に干すと、マスターに催促する。この男、うわばみでもあるようだ。
「俺は元々小さい場所から今のニコラになるまでずっとやってきたからな。こういう雰囲気が好きなのさ。騒がしさで他人に話も聞こえないしな。そして、俺は外部折衝も重要なものは自分でやるようにしてる。だからここに呼ばせて貰った」
「……言いたい事はあるが理解はできる。で、なんで俺達に?」
「ちょっと今抱えてる問題を解決する人材を探してた時に推薦を受けてな。君達も知ってるはずだ。ジョン・ドゥとか名乗っているふざけた役人もどきだよ」
嫌な名前を聞いて、ジンとオリヴィアが顔を顰める。それを見たイーサンが頬を掻きながら苦笑した。
「おっと、あくまで俺は企業人で、あの男とは単に企業と政府としての付き合いだから安心してくれ。あんな胡散臭い奴に転がされるようじゃ、ニコラの代表は務まらないさ。ただ実際のところ、奴の言う様に君達が依頼に最適である事も否定できなくてね。今回の話になったわけだ」
「……まぁ、大きな台所であればあるほど、第一コロニー政府と関わらないという事はあり得ないですものねぇ」
「その常識を上回る不信感を俺とオリィに抱かせる名前だな。ある意味大したもんだよ、あのクソ野郎は」
ジンは苛立たしげに舌打ちして眉を寄せる。今、この状況に陥っているのも大半はあの詐欺師紛いの男の依頼が原因だった。
世界最大企業GAFAN社から狙われている可能性。そして南極で見たニコラ社製の物と思われる強化外装。一介の傭兵が受け入れるにしては重過ぎる事態だ。
だから、依頼を受ける受けないの前に、ジン達は確認が必要だった。
「で、だ。まず最初にこちらから聞きたい事がある。南極で新型の外装を武装集団に流したのはアンタの意図なのか?」
「……そうだな。まずはそこから話すべきか。そしてその話は依頼にも関わる内容だ。秘匿するつもりはないから安心してくれ」
イーサンはネクタイを緩めて、真剣味を帯びた目で話を始めた。
事の発端は、ニコラ社で強化外装を新たに開発した事に始まる。
元来ニコラは強化外装の開発も行なっている。それ自体は不自然なものではない。しかし問題は第一コロニー、そしてそこに所属する企業としてのものだった。
「ニコラとGAFANが第一の中で競合相手なのは流石に知っているだろう?」
ニコラ社は新興の企業だ。イーサンが一代で発展させ、各業界に食い込んできた。それは時に経済的には強引な手法も含まれており、それを良しとしてきた企業だ。故に古き企業−−既得権益を持つ者達にとってニコラに対して口にはできない恨みを抱える者は多い。
その筆頭がGAFANだろう。旧時代の大企業の集合形態であるGAFANは、莫大な資産と共に数え切れぬ程の既得権益を手に持ち続けている。
「俺はその独占に近い状態を良く思っていない。第一コロニーだけでなく世界規模で発展の妨げになるからな。だから不法な手段を除いて、ニコラは積極的に仕掛けてきた。それは技術開発においても同じだ。たったひとつの企業に支配されるのではなく、多数による競合を求める。それが俺の目指す環境だ」
だが、今回はその思想がマイナスに働いた。新たに始まった強化外装開発は初期の計画段階ではGAFAN社のモデルを上回る性能を志していたものが、イーサンの知らぬところで思いも寄らぬ方向へ向かってしまった。
強化外装はあくまで人間が動かす兵器だ。パワードスーツとして着込み、装甲で着用者を守り、人工筋肉で補助をする。しかしニコラの新型は違う。予め理想の行動を入力されており、場合によって着用者の如何に関わらずその行動を出力し活動できるシステムが組み込まれた。
当然だがそんなシステムが起動すれば着用者は無事では済まない。人体を顧みないこのシステムは、理想行動のみを追求する結果、着用者は深刻な損害を受け得る。強引な駆動による筋断裂や、急加速によるブラックアウト、そしてそれらによる後遺症などだ。
「俺は技術屋だ。第八の狂信者共のように、危険性が確認された製品を知らぬ顔で売り捌くような厚顔ではないつもりだ。だから開発そのものを中止させるつもりだった」
けれどもイーサンは間に合わなかった。気づいた時には遅かった。開発された新型は、そのまま一定数を製造された。そして−−
「盗まれた、か」
「ああ。試作機が合計十機。まるごと工場ラインから奪われた。合わせて開発スタッフ数名が行方不明で、そちらも現在も追跡中だ。十機の内の三機は君達が発見し、二機は撃破してくれたがね」
「ああ。GAFANと第一の連中が随分やられたがな」
「喜ぶべきか憂うべきか迷うところだ。だがいずれにしても対処は必要だ。だから君達と会いに来た」
「俺達への依頼内容は、目下行方不明の残り八機と開発スタッフの捜索と奪還ってところか」
「そうだ。無論、傭兵である君達二人に探偵の真似事をしろとは言わない。捜索に関しては第一政府と協力して我々側で行う。君達に主に依頼するのは、奪還時の作戦になる」
「十中八九、新型との戦闘になるだろうな。こちらの戦力は?」
「君達二名以外はニコラの警護スタッフからになる。強化外装は着用可能なメンバーだが、彼らはあくまで警護のプロであって戦闘のプロではない。決して無能ではないが、戦場で敵と渡り合うには不慣れな部分が多い」
「奪還できない場合はどうするのかしらぁ?」
「可能であれば破壊だ。新型を他の者の手に渡らせない事が最優先となる。この件については第一コロニー側とも認識を擦り合わせている。あの危険なシステムを世に出すつもりはない」
ジンは頷く。依頼内容は把握した。ジョン・ドゥが推薦したというのも理解できる。確かに実際に新型と遭遇、戦闘経験があるジン達は適任と言えるだろう。
「どうだろうか。俺に手を貸してくれないか」
イーサンは真っ直ぐにジン達を見つめて言った。
ジンは横のオリヴィアを見る。ニコニコと笑う中に不穏な気配を醸し出す彼女は、やはり黙って首を縦に振る。
「なるほどな。俺達への依頼は把握した。報酬額も文句はねえ」
「では……」
答えを促すイーサンに、ジンは手をかざす。もう一点、確認が必要だった。
「まぁ、待て。アンタが嘘を言ってねえという保証がどこにある? 俺達はついこの間にも暗殺者もどきに襲撃を受けている。それが新型を見た俺達の口封じでないとどうして言える? タイミング的にGAFANかと思っていたが、アンタらにも充分動機はある。戦場で味方の顔した奴に後ろから撃たれて喜ぶ趣味はねえんだ」
「……具体的に嘘でないと言える根拠は残念ながら示せない。だが、君に与えられる判断材料として、もうひとつ情報を提供できる」
「何だ?」
「南極での採掘基地襲撃だが、襲撃されたのはGAFANだけではない。我がニコラ社も同様に襲撃されたのだ」
「あらぁ? そうなんですの?」
「ああ、これは明日オープンになるニュースだ。そしてニュースでは情報統制されているが、ニコラの採掘基地を襲ったのはルスケアルージュとGAFANの強化外装だ」
いよいよきな臭くなってきた話にジンは口を紡いだ。
「両社に共通するのはルスケアルージュ製の強化外装だが、だからと言って端的にルスケアや第七が実行犯とも言い切れん。ウチの消えた開発スタッフも疑いがある状況だ。正直言って、状況は混迷すぎる。だからこそ、一刻も早く試作機を回収したい」
「…………」
「それにな、誓って言うが、俺は経済的に強引な手を打った経験はあるが、直接的な武力でGAFANに仕掛けた事は一度もない。それは正常な企業運営として誇れるものではないからだ。あくまで企業として勝つ−−それがニコラだ。最も、GAFANから暗殺者を差し向けられた過去はあるがね」
イーサンがニヤリと笑う。理性と野生が組み合わさった笑みだった。
ジンは迷う。依頼を受ける受けないは別に、状況は既に混乱の真っ只中に巻き込まれている。この状態でどこか一企業に与するのが、今後にどういった影響を与えるのか。ジンにはそこまで先の未来は見通せない。致命的な失敗をすれば、命を失うどころの騒ぎでは収まらない。
「……ジン」
だから、オリヴィアが普段と何も変わらず神秘的な瞳でジンを見つめるのに、深く溜息を吐いた。
全く、このイカレ女はいつもそうだ。ジンの傍らに立ち続け、片時も見失わない。それこそジン以上にジンを信じ切っている。一切の迷いがないのだ。
そしてタチの悪い事に、ジンに何かあれば腕力で解決するのがこの女だ。出会った頃に比べれば大分落ち着いたといえ、本質はまるで変わっていない。
ジンは決心し、イーサンへ告げた。
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