第33話

▪️▪️▪️

 アーサー・ジョーンズ第二コロニー首相から端末に連絡があったのは、その日の夜の事だった。

 彼は元軍人らしく手短に用件を伝えてきた。

 曰く、第二コロニーとしては穏便に済ませるのに越した事はないという事。

 敵対した東側非合法組織を第二コロニーとしてテロリスト認定する事。

 ジンとオリヴィアに、協力者ディートリヒ・アドラーへの支援を要請する事。

 第二コロニーから増援は送れない事。

 可能な限り秘密裏に処理する事。

 ディートリヒは決断の後、行動は早かった。すぐさま第二コロニー首相に連絡を取ると、ジン達という強力な札の助力を得る事に成功していた。

 ジンは端末越しに承諾した旨を伝えると、ふと思い出してジョーンズ首相に問い掛ける。

「俺達に随伴したベルモンド中尉が行方を眩ませている。そちらへ報告は上がっていないか」

『……残念だが、こちらにも特に連絡は届いていない。居場所が判明した場合は生死は問わず連絡をくれると助かる』

「了解した」

『君達も無事である事を祈る。女王陛下もそれをお望みだ』

 ジンは通信を切ると、溜息を吐く。

 傍には借り受けたGAFAN社製の強化外装の運搬用スーツケースが置いてある。本格的な戦闘依頼が発生した時のために受け取った代物だったが、実際に使用する事になるとは思っていなかった。

「やはり受ける事になりましたわねぇ。動き始めるのは明日からですの?」

「ああ、あくまで第六というかディートリヒに協力する形だからな。向こうの人員が確保できるのは明日の夜らしい。本番はそこからだな」

 オリヴィアが背後から音もなくジンに抱きついてくる。左腕の義手がジンの首筋を撫で、金属の冷たさが伝わってくる。

 彼女は既に湯浴みを終えて全裸だった。美しい肢体とアンバランスな義手が不思議な色気を発してジンを誘う。

 大きな乳房がジンの背中で押し潰されて形を変えるのを感じる。ジンはオリヴィアに向き直ると、有無を言わさず唇を奪った。

 そのままベッドに押し倒して、彼女にのしかかる。

 本来の膂力であれば抵抗できるオリヴィアは、しかし何も言わずにジンを受け入れた。


 翌日夜、第六コロニー東側区域、労働者の勤務先である工場類が立ち並ぶ街並みの一角。

 一見、廃屋としか思えない一つの建物をジンともう一人の強化外装着用者が見張っている。

 彼の名はガレット。ディートリヒが寄越した傭兵だ。

 一八〇センチを越える大柄なガレットは、ジンと同じくGAFAN製の最新鋭機を纏い、悠然と構えている。

 また、彼らの背後には多くはないが第六コロニーの軍人も出張って来ている。こちらは生身で、銃火器とタクティカルベストで武装していた。

 これがディートリヒが権限の範囲で無茶をして動かせる戦力の全てだった。

 何だかここ最近で同じようなシチュエーションを経験したデジャヴがジンを襲う。少し考えるとデジャヴと言う程のものでもなく、先日第一コロニーで敵拠点に突入を繰り広げたばかりだった。

 そしてまたもや不穏な気配に、待ち伏せを危ぶむ意識が離れない。

 ジンは無性に煙草が吸いたくなった。もう目の前に非合法組織の拠点がある中でのんびり喫煙など持っての外だったが、ちりちりと首筋を焼く緊張感が緩和を求めている。かといってジンに身体の硬直は見受けられず、逆に落ち着きをもたらしていた。

『このまま我々は突入し、貴様の相方が逆方面から単独突入。それで間違いないな?』

『ああ。作戦の主導はあくまでアンタらだ。俺達は秘密裏に協力してるに過ぎないからな』

『……ふん。女一人に任せろと言うが、逃したら承知はせんからな』

 指揮役を任されたガレットが鼻を鳴らす。ジンは強化外装越しにもはっきりとそれを聞き取ったが、特に何も感じなかった。

 誰しも、己の縄張りを荒らされるのは不快なものだ。

 例えそれが傭兵のような、阿漕な商売を営むろくでなしであったとしても、だ。

『そろそろ時間だ。総員、突入準備』

 ガレットの言葉に、人員が突入陣形を組む。ジンも改めて気を引き締めた。余計な思考は排除して、戦闘に意識を集中させた。

 そして、午後十九時ジャスト。

『突入!』

 ガレットの命令が発せられ、軍人達が敵拠点に突撃した。その後ろでガレットの強化外装がゆっくりと立ち上がる。軍人達と並んで機体を走らせるジンは、何故か無視できない違和感を感じていた。

 それは直感に近い予測だった。

 ——何故、装甲の厚い強化外装が生身の軍人の後方に続くのか。

 その意味に気付いたと同時に、ガレット機が持っていた武器収納から一つの兵器を取り出した。

 回転式多銃身機関砲——ガトリングガン。

 強化外装ではなく、人間を撃つための兵器である。

 ジンの違和感は疑いに変わり、それが故に作戦に相反する決断を下す。半ば確信していたが為に、ジンは横っ飛びに機体を滑らせた。

 その瞬間、突如戦場と化した東側区域に、咆哮の如き砲火が鳴り響く。

 ガレットの放った機関砲が、第六コロニー軍人達をいとも容易く薙ぎ払っていた。


 突入中に背後から味方機に銃撃される想定などしていなかった軍人達は、その裏切りの初撃で九割が倒れた。残りの一割も辛うじて命がある程度で、それも風前の灯だろう。

 砲火を回避し、流れ弾を装甲で弾いたジンの機体を見て、ガレットは感心の声を上げた。

『ほう、避けたか。なかなか思い切りが良いな。……どうして俺が裏切ったとバレた?』

『ただの勘だ。敵拠点に強化外装で突入するってのに、生身の人間の背後からガトリングガンを構えるような傭兵がいるかよ』

 ガレットは悪びれる様子もない。それを見たジンは、動揺もなくガレット機に向き直った。特に裏切りを問い掛けるような真似もしない。

 金で雇われる傭兵には良くある話だ。

 無意味に言葉を介する必要はない。誰に雇われただとか、どうして裏切ったのかとか、そんなものは傭兵にとって重要ではなかった。

 大切なのはただ一つ、依頼人にとって敵であるかどうか、だ。

 この巨漢は、間違いなく敵だった。

 ならば、後は斬り捨てるのみ。

 ジンはこの場に存在する唯一の自身の持ち物——菊一文字宗隆を抜刀する。

 鯉口を切ってから刀身が姿を現すまで異常に滑らかな動作だった。剥き出しになった刃が、夜時間のの強い照明を反射して鈍く輝く。

『サムライソード……? 正気か、貴様』

 ガレットが呻くようにもらす中、ジンは真っ直ぐに刀を構える。

 不慣れな機体を使用しているとはとても思えない静謐の佇まいが、かえってここが戦地である事をガレットに思い出させた。

 玩具で人間を殺す時間は終わりだった。ここから先は強化外装同士の一騎打ち——どちらかが必ず死ぬ殺し合いだ。

 大戦以来数年振りの戦場の空気に、ガレットは知らず舌舐めずりしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る