第34話
本来廃屋の内側で響くはずだった銃声が建物外で聞こえた時点で、オリヴィアは味方のいずれかが裏切った事を察していた。
けれども、彼女は止まらない。己の強化外装——ホワイトドレスは、背に大きな戦斧を背負い、持てる出力全てを懸けて、敵の拠点に突貫する。
ジンの心配はしていなかった。オリヴィアですら殺せなかったあの男が、そこいらの者に殺せるはずがない。もし彼が死ぬのであれば、それはオリヴィアの愛が故に手に届いた時か、あるいは彼自身が敗北を望んだ時以外にない。
また、今回の戦いは監視カメラを利用してディートリヒがリアルタイムで戦況を把握している。万が一どころか億に一つもあり得なかった。
オリヴィアの強化外装は常人には扱えぬ厚みと重量の装甲に、加速スラスターを山程設置する事で着用者がブラックアウトしかねない加速力を併せ持った、狂気の産物だ。
その性能は拠点攻略や敵陣突破などのシチュエーションで最大発揮される。つまり、今がその時だった。
廃屋からか細い火線がちらつき、貧弱な銃弾がオリヴィアの機体に次々と着弾する。それらは当然のように分厚い装甲を貫通する事なく、明後日の方向へ跳弾していく。
白い装甲には傷一つ見当たらない。オメガイリジウムの面目躍如だった。
一際巨大な装甲に包まれた左腕を構える。その手には昨日と同じく金棒が握られている。オリヴィアはこの取り回しの良い武器の軽さと脆さ以外の部分を割と気に入っていた。
金棒が廃屋から覗く敵の頭に直撃する。彼女からすれば軽く小突いた程度の力だったが、敵の男の頭は柘榴のようにかち割られた。
オリヴィアは血風を撒き散らしながらも、冷静に戦況を観察する。明らかに伏撃の配置だった。
これは情報を漏らした奴がいるな、とオリヴィアは鼻で笑う。あまりに効率化された状況に、戦場のプロが仕掛けた待ち伏せとくれば、余程正確な情報が知られているに違いない。
けれども、敵はオリヴィアの事を知らなかったようだ。彼女を殺すのであれば、兵の質も量も装備も指揮も、何もかもが足りていなかった。
ひん曲がってしまった金棒を投げ捨て、背負っていた大戦斧を握る。
どん、と大戦斧を打ち付けて地面を揺らす。伝播する振動波に、立ち上がっていた敵兵が尻餅を付いた。
オリヴィアは特に急がず、悠々と彼らへ歩を進める。彼らが全滅するのが先か、裏切りと伏撃を知ったディートリヒが手を出すのが先か。どちらであってもオリヴィアは構わない。
オリヴィアは大戦斧を振り払って、廃屋を粉々に吹き飛ばした。
第六コロニー西側区域中央部、政府官邸。
コロニーの心臓部と言っても過言ではない大きな建物に、一人の男の声が響いている。
「だから! 凶悪な国際犯罪者に対処するために人員を使う事が何故、悪と判断されるのですか!? 派遣された軍が待ち伏せを受けて壊滅しかかっているんですよ!!」
政府高官、ディートリヒ・アドラー。
穏やかな気性の彼にしては珍しく、怒気と焦りを隠さない有様で、目の前の男に詰め寄っていた。
執務机に座るのは、茶色の髪と目の整った顔立ちよりも何故か刃物のような印象が強い壮年の男だ。
ミヒャエル・ギーツェン。
第六コロニーの現首相であり、ディートリヒの上司でもある人物だった。
彼はナイフのような視線を遠慮なくディートリヒに浴びせながら、心底つまらないといった様子で答える。
「先程から何度も言っているだろう。貴様に軍人を動かす権限はない。それを許された者の許可があったとしても、この俺が承認していないのだ」
「このまま放置していれば第二コロニーの本格的な干渉を受けます! それを黙って見ていろと言うのですか!?」
「それを判断するのは貴様ではない。首相である、この俺だ。俺が捨て置けと言ったのであれば、役人である貴様はそれに従う義務がある」
「そのような事は百も承知です! しかし、このままであれば連中は更に第七と深く繋がるでしょう。それが問題だと貴方にもわかっているでしょう!?」
「何も問題はない。何もな」
「——っ! 今、この時間にも! 我がコロニーの軍人とその協力者が命を懸けて戦っているんです! それを増援すら送らずに見捨てるのですか!!」
叫び問い掛けるディートリヒに、ミヒャエル・ギーツェンは頷いた。
「ああ、その通りだ。言ったはずだぞ。……捨て置けとな」
「——————ッ!?」
あまりに迷いのない答えにディートリヒの息が詰まる。言葉を発せずにたじろぐと、ギーツェンは蔑んだ目で見下ろした。
ギーツェンが立ち上がると、ディートリヒよりも頭半分は背が高い。ディートリヒから見上げたギーツェンの瞳は、虫を見るように何の感情も映っていなかった。
「この第六コロニーは俺の国だ。俺の家だ。その誇りあるコロニーが憂慮すべき事に、今や内部のくだらない争いで疲弊している。一刻も早く分断を解決し、コロニーを統一すべきなのだ」
「……それを言いながら、何故民を弾圧するのです!? 何故今死ぬかもしれない軍人を救わぬのです!? 貴方がやっているのは分断を更に煽るだけで、統一など成し得ない!」
「連中は全て東側区域の者だ」
「何を言って……」
「わからんか。東側区域の者など——第七の思想に染まった者など、誇り高き俺のコロニーに必要などないと言っているのだ」
「な……っ!?」
ギーツェンがディートリヒの襟首を掴み引き寄せる。間近で直接刃物のような視線をディートリヒに叩き付け、一部たりとも目を逸らさない。
「貴様が動かした軍人も、非合法組織の人間も、いずれも東側区域の元労働者だ。穢らわしい赤き思想の共感者共だ。連中を助ける理由などない」
「かっ……、彼らだって第六コロニーの住民でしょう!?」
あまりの暴論に混乱するディートリヒに、ギーツェンは無慈悲に言い放った。
「何度も言わせるな。東側の連中は、俺のコロニーの住民ではない」
断言するギーツェンに、ディートリヒが絶句する。そんな彼を見たギーツェンは呆れた様子だった。
「貴様は元より俺の下に就く前からコロニー東西の融和を謳っていたな。くだらん。奴らを許したとて、裏切り、地下に潜み、いずれ叛逆する事になる異分子を抱え込むだけだ。あのような連中は、今の内に早急に処分してしまうべきなのだ」
「……貴方の思想は自由だ。好きにすればいい。だからといって、このように排除するのが正しいとは思いません」
「排除したのは、貴様の命令と非合法組織の連中だろう。軽くつついてやっただけでどいつもこいつもこの有様だ。俺としては手間が省けたがな」
ギーツェンが口を歪めて笑う。その表情を見たディートリヒが、とある予想に辿り着いた。
「まさか、我々の情報を非合法組織に流して……」
だとすれば合点がいく。時間さえ合わせられた伏撃に、雇った傭兵も裏で手を引いていた。あまりに偶然が重なり、悪影響が合致し過ぎている。
ギーツェンは否定しなかった。
それどころか、ますます口元を歪めると、今更気付いたのかとばかりに鼻で笑った。
「大元の情報は第二所属の経営者気取りの女狐からだがな。どうやら第二の連中も貴様のような不届者を腹に抱えているようだ。精々都合良く利用させてもらったとも」
「貴方は……!」
「俺が貴様如きの動きを知らんとでも思ったか。ここまでは俺の予定通りで、全くもって何一つ想定外はない。ここまで綺麗に動いてくれると来れば、貴様もなかなか役に立ったと言える。後は大人しくしていろ。貴様の役目はこれで終わりだ」
ギーツェンが合図を出すと、執務室に兵士が次々と入ってくる。抵抗すら許されずにディートリヒは拘束され、後手に手錠を掛けられた。
「アドラー高官。貴方を情報漏洩と越権行為の疑いで拘束する」
怨嗟と怒りがディートリヒを支配する。眼前の男を鬼の形相で睨み付けるが、当の本人であるギーツェンは低い声で笑い声を漏らすのみだった。
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