第35話

 ジンはガトリングガンを持つガレットに正眼の構えでするすると近付く。摺り足に近い技術を、強化外装向けに変化させた歩法だ。

 銃撃は決して強化外装に無力ではない。だが、一対一の状況に置いては、本来の兵器としての性能と着用者の技量が物を言う。

 秒間一〇〇発の銃弾を、ジンは銃口と火線を視認する事で射線をずらして回避する。避けきれない最低限の銃弾を、肩を中心にした装甲の厚い部分で弾いていく。強化外装の出力とそれを使うジンの技量が、銃撃が効果を及ぼす事態を許さない。

 ガレットは銃撃が有効でないのを悟ると、早々に捨てて新たな武器を手に取った。自身の身長程の巨大な棒を足元の武器収納から取り出す。

 先にいくにつれてより太くなるそれは、強化外装の装甲を叩き割るのに最適の形状と言えるだろう。

 ジンの刀に比べれば倍は大きい金棒を軽々と操るガレットは、傭兵としての腕は確かだった。

 尚も接近してくるジンに、ガレットは強化外装の出力に任せて大金棒を振り払う。どう見ても大振りな攻撃だが、強化外装の人工筋肉がそれを鋭い一撃まで昇華する。ジンはやむなく一歩下がり、ガレットとの距離を広げた。

 続けてガレットが勢いに任せて踏み込み、連撃を繰り広げる。横から縦から金棒を振るうガレットは、しかし動きに微塵の澱みもなく勢いが緩む事はない。その連撃の正体は遠心力だった。

 本来人間はあまりに重く大きい重量武器を振るう際、重心が崩れてしまう。それは人間という二足歩行の生物の宿命だ。

 しかしガレットはそう見えない。それは、武器を止めずに回転運動を継続して行う事で遠心力を利用しているからだ。

 強化外装の人工筋肉も活用し、常に武器を振るい続ける事で逆に重心を安定させる。加えて充分に遠心力の乗った一撃は、通常のパワーを遥かに超越する。オリヴィアも似たような攻撃を好むが、彼女はより腕力に任せるのに対して、ガレットは見かけによらずかなりの技巧派だった。

 喰らえば間違いなく死ぬ。オメガイリジウムの装甲とて、容易く砕かれるだろう。そして何よりも問題なのが——

『ハッ! その細いサムライソードでは俺の一撃は受けられまい!』

 刀を武器として扱う上で、避けられない命題だった。

 ジンは舌打ちして、ガレットの連撃を避け続ける。ジンが自身の間合いに入れないのをいい事に、ガレットはますます攻撃を加速させていく。

 ジンの持つ刀は一品物の業物で、特に強化外装を斬るために素材や拵えが特化している。無論、硬度がない訳ではないが、それはあくまで斬るために必要な硬度である。ガレットが振るうような、重量そのものが威力となる武器を受けられる物ではなかった。

 面倒な相手だった。

 ジンは掠める金棒に舌打ちをもうひとつ打ちながら、バイザー下で片眉を顰めていた。


 半崩壊した廃屋をオリヴィアはつまらなそうに見下ろす。

 てっきり第一コロニーの時のように、内部に補強や罠が設置されているものと思いきや、呆気なく建物の半分が基礎ごと吹き飛んで崩れ去っていた。

 所詮はコロニーから出られない非合法組織という事か。多少マシな者もいるようだが、全体的に見て質が低い。

 視線の先には、瓦礫の下敷きになった敵が何名も蠢いている。強化外装が敵に存在するとわかっていただろうに、この程度の拠点で防衛できると信じていたのだろうか。だとすれば度を越した愚かさだ。

 オリヴィアは足元の瓦礫からほうぼうの体で這い出てきた敵を一瞥すると、問答無用で戦斧を振り下ろす。既に腹部からの大量の出血で致命傷だったその男は、幸か不幸か、絶望を感じる間もなく死亡した。

 オリヴィアは深く息を吐く。

 こうなってしまうと、最早作業だった。彼女の内側で高まった熱が急速に冷めていく。

 このままさっさと終わらせて、昂りはジンに納めてもらおう。彼との交わりは、オリヴィアにとって唯一戦闘に勝る快楽だ。イラついた時は、愛する男に抱かれるに限る——それがオリヴィアの常々の思考だ。

 そう決断して斧を担いだその時、オリヴィアの聴覚に微かに人工筋肉の駆動音が聞こえた。

 反射的に音の源に視線を移す。その瞬間に、跳ね上げられた瓦礫の下から、一機の強化外装が飛び出した。

 敵機はこの至近距離で背部スラスターを全開にして、オリヴィアに向かって猛然と突っ込んで来る。手には小回りの効きそうな鉈剣、機体は見る限りルスケアルージュ製の物だ。

 ——第七の手の者ですかしらぁ?

 矢の如く迫る敵を見て、オリヴィアは歓喜に口を歪める。自然と笑い声が漏れ、狂気にしか見えない顔で斧を持ったまま左腕を掲げた。

 袈裟斬りに振られた敵機の鉈剣が、オリヴィアの機体の左腕装甲に完全に受け止められる。擦過音が響き渡り、その威力にオリヴィアの足が地面に沈む。アンバランスな左腕装甲が、白騎士の盾として敵機を防ぎ切った。

『……これで砕けんだと……!? 一体どんな装甲をしている……!』

『——くっ、……ふふっ、うふふふふふふふふふ……』

 がっちりと受けた鉈剣を、左腕を振り払って敵機を後退させる。敵機は無理をせず素直に飛び退ると構え直した。

 オリヴィアの心臓が昂りに反応して高鳴る。冷めかけた熱が、性的興奮に近い熱さとなって再燃していく。

『……化け物め』

『お褒めに預かり光栄ですわぁ。そういう貴方もなかなかですわねぇ』

 今の一撃、かなりの上玉だ。

 オリヴィアは甘美な戦いの予感にどうしようもなく蕩けていく。担いだ大戦斧を片手で相手に突き付け、誰もが振り返る美しい顔をバイザー下で欲情に染めて微笑みかけた。

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