第32話
「な、何も起こらないですね……」
爆音から五分経過し、ディートリヒがジンの顔を見る。緊張感が限界まで高まった先程から若干の弛緩が見えた。
ジンは何も言わない。端末をちらちらと確認しつつも、呼吸を深く静かに整えて敵の動きを待っている。
ディートリヒは戦闘に関しては素人である自覚がある。プロが何も言わない以上、彼から言える事はない。
だが、ジンは少し考えた様子を見せると、戦闘開始から初めてディートリヒにわかる言葉を発した。
「階下で何らかの戦闘が起きていた。今は収まったが、敵がこちらに向かって来ている可能性が高い」
「わ、……わかるのですか?」
「壁伝いに音を聞いている。音と振動の具合からして、強化外装が敵にいる」
「強化外装が……!?」
ディートリヒが再び戦場の緊張感に支配される。
強化外装は、この世界における最強の個人兵器だ。それが軍人どころか生身の人間でしかない己に差し向けられているという事実は、彼に極大のプレッシャーを与えていた。
頼みの傭兵も古ぼけた回転式拳銃を持つのみで、とても対抗できるように思えない。ディートリヒが迫る脅威に身を固くしていると、ジンは何でもないように告げた。
「必要以上に緊張するな。俺でも守りきれなくなる。——来るぞ」
ジンは言うなり窓に拳銃を向ける。それと同時にガラスが割れる破砕音が部屋に響き、黒い影が突入してきた。
ジンは言葉も介さずに問答無用で発砲する。飛翔した三発の銃弾は寸分違わず胸部装甲の同じ箇所に着弾し、くぐもった苦鳴を聞かせて黒い影がたたらを踏んだ。
勢いを殺された黒い影が、急所を腕部装甲でカバーしつつ体勢を整える。右手のハチェットに欠損がないのを見ると、それをジン達に突き付けた。
「…………!?」
ディートリヒは息を飲む。初めて正面から対峙する敵性の強化外装だ。
戦場を駆ける無敵のパワードスーツが、今、自分自身にその脅威を向けていた。
それでもジンに動揺は見えない。銃弾が弾かれるのも想定内、いつの間にかディートリヒを庇うように敵機の自分の間に割り込んでいる。
しかし、絶対絶命の状況だった。
窓から侵入してきた敵機は、ジン達を逃さないように壁際に追い詰めている。間合いは三メートル、人工筋肉で加速する強化外装相手に逃げられる距離ではなかった。
もしかしたらディートリヒが居なければ、前に立つ彼にも他の手段が取れたのかもしれない。文官でしかない自分が完全に足手纏いと化していた。
「わ、私の事はいい。君は逃げなさい」
ディートリヒは恐怖で震える声をなんとか落ち着かせて、前に立つジンに声をかける。それを全く気にもかけずに、ジンは後手にディートリヒに合図した。
「ん? そんな事はどうでもいい。それよりももう少し後ろに下がってくれ。巻き込まれるぞ」
ジンがちょいちょいと後ろ向きに手を振る。それを見たディートリヒは、巻き込まれるとは? と疑問を抱いた。
瞬間、
敵機の足元の床が爆発し、ディートリヒは身動きも出来ずに飛び散った破片を喰らった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ジンの背後にいたディートリヒが、運悪く床の破片を喰らって倒れる。ジンも細かい欠片が幾つも当たっていたが、目を閉じずに敵機を見続ける。
爆発した床の衝撃で、敵機は天井に打ち付けられた後、重い音と共にがしゃりと落ちていた。衝撃が内部の着用者まで伝わったらしく、すぐに立ち上がる気配はない。
そして、大穴が開いた床から、期待通りの白騎士が姿を現していた。
普段の大戦斧の替わりに、その辺で拾ったとしか思えない無骨で雑な金棒を携えている。こうした質量武器が強化外装に有効なのは重々承知していたが、ジンの好みではなかった。
ジンは破片が入ってしまった口から唾を吐き出しながら悪態を吐く。
「クソッ、相も変わらず派手な登場だな。もう少し俺に気遣いは出来ねえのか」
『あらぁ? そんな事を言われましても、貴方に気遣う意味はないでしょう? わたくし達は一心同体、見せかけの行いなんて必要ないですわぁ』
白騎士——床を爆砕して駆け付けたオリヴィアが、バイザー越しに惚気る。ジンは舌打ちして、膝を着く敵機を顎でしゃくった。
「おい、まだ生きてるぞ」
『あらぁ? ごめん遊ばせ』
言うなり、オリヴィアは金棒を敵機の頭部に振り下ろす。敵機の頭はなんでもない西瓜のように砕け、部屋中に生臭い血臭を漂わせた。
「……う、ぐっ……」
ようやく復帰したディートリヒが、目にした惨劇に口元を押さえる。このような凄惨な死に際を見るのは生まれて初めてだった。
『あらぁ? こちらの方が例の協力者様ですかしら。ちょっと怯えているようですけれども、お怪我はありませんの?』
「お前のせいだ、オリィ。こんな高級ホテルで頭のない惨殺死体作りやがって」
『惨殺死体……? 何処にありますの? それよりも、残りの敵は何処ですかしらぁ』
白騎士が首を傾げながら、部屋のドアに向かう。
ディートリヒがえずく間も、二人の傭兵は平然としている。まるでこれが日常だとでも言うように。——いや、実際に日常なのだ。彼らにとっては。
なんとか吐き気を堪え、鼻ではなく口で呼吸する意識に切り替えてディートリヒは立ち上がった。
オリヴィアが無造作にドアを開けて出ていくのを、ジンは適当に手を振って見送る。それを同様に見送りながら、ディートリヒはジンに声を掛けた。
「……終わったのですか?」
「さてな。敵の全体勢力は未確認だ。今回はオリヴィアも敵殲滅ではなく俺達の防衛を重視して動いている。逃げ出した奴もいるだろうし、どれだけ敵が残っているかなんて、俺達にはわからんさ。後はオリヴィアに任せておけば良い」
ジンは言いつつ、首無しの死体を検分する。強化外装は継ぎ接ぎのジャンク同然の代物で、どこのメーカーの製造かもわからない。むしろ、少ないパーツで無理矢理に一機を作り上げたような、そんな機体だった。
眉を顰めたディートリヒがそれを見て深く息を吐く。ギリギリと奥歯が砕けそうな程に歯を食いしばる彼を見て、ジンは問い掛けた。
「何か心当たりはあるか」
「……おそらく、我がコロニーの東側区域に住むならず者の一員でしょう。彼らは非合法取引の一つとして、こういったジャンクパーツをよく扱っています。それを繋ぎ合わせたのでしょう」
「かなり専門的な内容だな。それを可能にする奴が非合法組織にいるのか」
「彼らは第七と通じています。そこから技術者なりを呼び寄せれば、何という事もないでしょう」
「どうなってやがる、アンタんとこのコロニーのセキュリティは」
ジンが思わず吐き捨てる。だが、ディートリヒに怒りの様子はなかった。むしろ当然とばかりに深く頷き、瞼を固く閉じる。
「こんな事を繰り返していては、コロニーが疲弊するだけだというのに……」
握り締めた掌から血が滲む。震える腕が彼のやるせなさを現していた。
「私が望んでいるのは、このコロニーの恒久的な東西融和です」
一通りの戦闘が終了し、安全の確認が済んだ後に、ディートリヒ・アドラーはジンとオリヴィアに告げた。
彼は高潔な印象はそのまま、灰色の瞳を爛々と輝かせている。その様は執念を映し出しており、流石のジンも多少の威圧感を感じた。
「で、具体的にどうするつもりなんだ? このままいけば、第二コロニーがお前達を粛清するだろう。世界を乱した悪を誅する正義の名の下にな。それを防ぐために、お前は何を考えている? そのために俺達に情報を流したんだろう?」
ジンは拳銃を懐に仕舞いながら、横目にディートリヒを睨み付ける。
彼はジンから一時も視線を外さずに狂気を孕んだ瞳で柔らかく笑った。
「まずは貴方達の手も借りて、このコロニーに蔓延る害悪——非合法組織をスパイ行為の容疑で殲滅します」
「……何? 急に過激な話になったな」
「そうでしょうか? まずは私が権限の及ぶ限りで、東側区域のならず者を殲滅する。さすれば東側区域はしばらくの間おとなしくなる事でしょう。その上で増長した西側代表であるギーツェン首相を、法と選挙に則って叩き潰す。それが出来て初めて第六コロニーは歪みを修正する権利が得られるのです」
グラスに残っていた水に口をつけた彼は、最早止まらない。
オリヴィアはそんな彼を興味深そうに観察している。
「この歪んだ社会を正すのに猶予は残されていない。増長した西側も、不満を暴力に訴える東側も、第六コロニーの未来に必要ないのです」
「……一定の理解は出来なくもないが、どうしてそれを俺達が手伝わねばならないのか。俺達は敵に近い中立同士だろう」
「第二コロニーも、我々と本格的な戦争状態に陥るのは望んでいないでしょう? そして治安面から見ても、第六コロニーが完全に崩壊するのも望んではいないはず。可能であれば穏便に済ませいでしょう?」
「まさか、自分達の現状を逆に利用して脅迫するつもりか」
「人聞きが悪いですよ。きちんと報酬はお支払い致しますとも。……貴方達は傭兵なのでしょう?」
「——今は第二コロニーに雇われの身だ。遂行中の依頼を放って、敵対する相手にホイホイ雇われるような真似をすると思うか」
「ならば、私が正式に第二コロニーに依頼を出しましょう。許可があるならば、貴方達は手を貸してくれるのでしょう?」
ディートリヒは満面の笑みを浮かべる。
ジンは彼を見て、隠れて舌打ちせざるを得なかった。
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・あとがき
体調不良で更新が滞っていました。申し訳ありません。
本日から再開いたします。
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