第37話

 ジンは、目の前で金棒を振り回し続けるガレット機に、いい加減うんざりしていた。

 ガレットの攻撃は良く言えばシンプルで、悪く言えば単純だ。

 遠心力を利用した回転運動を絶やさず、高威力高回転の連撃を繰り出し続ける。無論、言葉にすれば簡単だが、実際に行うのが簡単な訳ではない。しかし、技の構成はわかりやすく、かつ読みやすいものだった。

 紙一重の距離で連撃を回避しつつ、ジンは攻略法を思考する。

 刀で受けるのは論外。

 体術で受け流すのも、今の不慣れな機体では不安がある——第一コロニーの際はそれで失敗していた。

 回避して斬り込むにも、連撃の速度が速すぎて間隙が見当たらない。

 そこまで考えたところで、ジンは馬鹿らしくなって思考を止めた。回避は継続しながらも、正眼に構えていた刀をだらりと下げる。身体から力を抜き、最低限の攻撃の予兆すら捨て去った。

『馬鹿が! 諦めたか!』

 ガレットが咆哮し、金棒で攻め立てる。勢いは更に増し、機体性能の限界に等しい領域に差し掛かっていた。

 ジンは挑発を無視して、力の抜けた姿勢を継続する。その様子にガレットは激昂した。

『舐めるな、死ねええええ!』

 機体の人工筋肉が酷使され、ガレット機が竜巻と化してジンに襲い掛かる。さながら暴威の化身となったガレットは、敵を砕くべく猛追した。

 しかし、攻め立てる事合わせて十分——繰り出した嵐の連撃が千を超えた辺りでガレットは異変に気付いた。


 当たらない。

 掠りもしない。

 この絶大な自信を持って発したガレットの攻撃が、目の前の男に尽く躱され続ける。

 理解不能の現象だった。

 ガレットは強化外装の黎明期から戦場に立ち続けてきた歴戦の傭兵である。その戦歴は第三次大戦の初期から始まり、戦場で敵を屠ってきた。

 その中には当然強化外装も含まれる。機体性能とブースター剤による全能感に支配され、慢心してきた敵機を全てこの金棒で粉々にしてきたのだ。

 だというのに、この男にはそれが通用しない。

 武器から一センチもない距離で見切り続けているのに、恐怖も焦りも感じさせない。むしろその目付きは気怠げで、まるでガレットなど意に介していないような——

『うおおおおおおおおおおおっ!!』

 嫌な予感を振り切るように、ガレットが叫ぶ。しかしどれだけ叫ぼうとも状況は変わらなかった。

 そして、ガレットは気付く。

 徐々にジンの機体が加速している。

 最初は違和感程度だったが、どんどんと加速していき、今では竜巻となったガレットよりも数段速い。

 何故だ——ガレットの脳を疑問が埋め尽くす。それに答えたのは自身ではなく、目の前の敵だった。

『ただのスタミナ切れだ、阿呆。そんな無駄な動きを継続してりゃあ当然だろうが』

 言われて初めて認識する——ガレットの身体は、強化外装の内側で滝のような汗を流していた。

 息は上がり、肺が呼吸を求めて大きく拡縮する。

 ガレットは、ここまで長時間に渡って技を続けた経験がない。大抵の敵は一、二分も持たずに竜巻に飲まれ、多少腕が立つ敵でも五分後には砕け散る——ガレットは常に敵を上回っており、ジンのように己に勝る技量を持つ敵と対面した事がない。それがガレットを見誤らせていた。

 みるみる減速してしまう己の動きに、けれども止まれずに繰り返すしかない。ガレットの戦いにこれ以上はなく、これが通用しないのであれば……敗北しかない。

 最早ジンは戦いは終わったとばかりに、腰に括り付けていた鞘に刀を納めてしまう。それがますます認められずに、ガレットは残された力で渾身の一撃を繰り出した。

 見る影もなく弱まった大振りの金棒が、それでもとジンに食らいつく。けれどもそれはあまりに無意なものだった。

 ジンは金棒を持つ敵機の右腕に左手を添えると、内側から外に向かって軌道を逸らす。そして、何の手応えもなく地面に向かって振り下ろされる敵の腕を右手で掴むと、その勢いを利用して投げ飛ばした。


 新宮流介者刀法、転。


 それがかつて日本に存在した武術、合気の一種である事をガレットは知らない。強化外装を前提とした武の技を為す術もなく受け入れたガレットは、背から地面に叩き付けられるしかない。

 金属とコロニーの地面がぶつかり合う轟音が響く。

 衝撃が機体内部まで浸透し、ガレットの全身に骨が砕ける程の力が通り抜けた。投げられついでに腕関節も極められており、右腕は肘から先が感覚がない。頭部の衝撃は特に深刻で、脳震盪を起こして視界が明滅していた。

『終わりだ。そのまま殺してやるから、大人しくしていろ。楽に死なせてやる』

 ガレットの目に映る反転した風景にジンが迫る。

 傭兵としてのプライドは砕け散っていた。それでもガレットは立ち上がり、動かない右腕に変わって左手に金棒を持つ。産まれたての子鹿のように足が震えるが、なんとか倒れずに立ち続ける。

 そこにあるのは、殺されたくないという原始的な欲求だった。

 ほとんど呻き声にしか聞こえない雄叫びを上げて、尚もガレットがジンを攻撃する。

 左腕で振るわれた金棒は、竜巻に比べれば途方もなく弱々しい。足が動かず、腰は入っておらず、当たったとしても強化外装の装甲は最早砕けないだろう。

 そんなガレットの最後の悪足掻きを、ジンは相変わらず気怠げに冷めた目付きで見ている。

 そして、面倒そうに溜息を吐くと、無情にガレット機に接近した。


 新宮流介者刀法、朧。


 鞘から一気に解き放たれた刀が、目に捉えられぬ加速でガレットに閃く。

 ガレットは装甲の隙間から首筋に冷たい刃が入り込んでくるのをはっきりと認識した。

 初陣で敵を射殺した事。

 初めて使用した強化外装で敵を踏み潰した事。

 国からの依頼でスラム街を破壊し、そのついでに女を犯した事。

 あらゆる過去の栄光が蘇る。その全てを斬り払い、刃の閃光が駆け抜けた。

 ガレットの頭が空を舞い、残った胴体が崩れ落ちる。最後に視界に映ったのは、潰した虫けらを見るような気怠げなジンの眼だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る