第38話
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第七コロニー上層、大統領府クレムリンの執務室にて。
ウラジーミル・ポルフィリーリエヴィチ・トルストイ——第七コロニー首相トルストイ大統領は、秀でた額を片手で押さえて頭痛を堪えている。発せられる言葉は苛立ちが混じり、鷲のような顔付きは部下達を刺すような眼光で睨み付けていた。
執務机を挟んだ正面には大佐が控え、合わせる顔もないとばかりに頭を下げ続けている。
「それで、もう一度聞こう大佐。今回の作戦で軍が得た損害と成果をな」
「はっ、閣下。まず損害ですが、目標を確保するために第六コロニーに潜入した連隊が半数を残し戦死。続いて第七コロニーに潜伏した人員三名全員が戦死しています。成果に関しては、目標二名の戦闘データが若干と合わせて、第二コロニーの瀕死の軍人を一名確保しております」
「つまり、成果はほぼゼロという訳だな」
「はっ、閣下。仰る通りです」
「……我が軍は余程の弱兵であったようだな」
瞼をきつく閉じ目頭を揉むトルストイ大統領に、大佐は更に深く頭を下げる。
返す言葉もなかった。
南極基地の襲撃、第四コロニーでの目標確保、第六コロニーでの内部撹乱——いずれも人員を失うのみで、碌な成果を上げていない。大佐の首が飛んでもおかしくはない失態だ。
近日の作戦には目標がいくつか設定されていた。
一つ、南極基地襲撃の疑惑の目を第六コロニーへ逸らす事。
二つ、第六コロニーを内部分裂させ、自陣勢力に加える事。
三つ、二の過程で第二と第六を争わせ、力を削ぐ事。
最後に、いくつかの事件と関わりのある傭兵二名を確保し、次なる作戦へと繋げる事。
一つ目の目標については辛うじて成功と言える範疇の成果を結びつけたものの、他三点については目を覆いたい状況だった。
目標と接触するために派遣した部隊は現地軍と交戦し半壊。
第六コロニー撹乱は半ばまで上手くいったものの、様々な状況の急変で実質の敗北を喫した。第六の力は減少させたが、充分とは言い難い。
極め付けは、傭兵二名だ。彼らについては精鋭の強化外装着用者を殺害されただけでなく、そこかしこの戦闘で介入され、その度に敗北し人員を失っている。
たった二人の非正規戦力に近日で殺害された人数を顧みれば、トルストイ大統領に弱兵呼ばわりされたとて何も言い返せない。この二名さえいなければ、と何度思った事か。
唯一救いだったのは、ごたごたに塗れたおかげで、第一、第二コロニーが沈黙している事だ。これで南極基地襲撃の件が露見していたならば、今頃第七コロニーは戦火に燃え上がっていてもおかしくなかった。
今の状況は完全に運に恵まれたものだ。あの傭兵二名があとほんの少しでも情報を取っていたらと思うと冷や汗が止まらなくなる。
「過ぎた事をちまちまと責める意味はない。だがな、大佐。今の状況はわかっているな?」
「はい、閣下。我が軍の失態は次なる作戦にて取り返す予定であります」
「具体的に言え」
「はっ。まず作戦の最終目標は変わりません。第七コロニーの繁栄を取り戻すべく、資源と力を手に入れます」
「当然だな。政治的な状況を見ても、現状に満足などあり得ない」
「はい。しかしそのための力として用意した軍が今回の作戦で敗北した事により、戦力の見直しが必要となりました」
大佐はようやく顔を上げると、真っ直ぐにトルストイ大統領の目を見る。返ってくる鷲の視線に押されぬよう、腹に力を入れて言葉を続けた。
「今回の作戦でやはり目立ったのは、目標である二名の傭兵です。彼らはほぼ単騎で莫大な戦果を上げており、ここに軍は注目しています。入手できた彼らの戦闘データを分析させたところ、ある点に気付きました。彼らにはそれぞれ我々の軍にはない特異性を発見しております」
大佐は端末を操作すると、スクリーンに映像を映す。そこにはジンとオリヴィアが強化外装を駆り戦場を戦う映像が繰り広げられている。
「目にすると凄まじいな。これが個人の力とは思えん。強化外装は戦争を一変させたとはよく言ったものだ」
「はい、閣下。しかし、この二名に限って言うならば、それだけでないのです」
「何?」
「まず男——ジン・カザキリですが、この男はとある武術の使い手として大戦期から名を馳せています」
「シングーリューだったか……? 作戦前の情報でも確認していたな」
「はい。この新宮流ですが、どうやら従来の武術とは一線を画する新武術のようでした」
映像では、ジンが合気に類する技で敵機を投げる様が映し出されている。
流れるような動きは重い強化外装を着用しているのを感じさせない、流麗な動きだった。
「この武術の優れた点は、強化外装を前提としている事です。相手が強化外装を纏っている上で、その弱点を的確に攻撃し防御する——言うなれば、対強化外装用の戦闘術でした」
「ほう……。マーシャルアーツとは違うものなのだな」
「はい。マーシャルアーツ含め今までの軍の戦闘術というのは、相手が人間である事を前提としています。無論、人間が着用する強化外装にもある程度は通じていますが、強化外装と生身の人間の出力の差は桁違いです。この様に、強化外装を前提とした新しい戦術や戦略を軍に落とし込めれば、それだけでも高い戦力向上が認められます」
「なるほどな。で、女の方も何かあるのか」
「はい。この女——オリヴィア・スミスですが、正直に申し上げるのであれば人間とは思えません」
「なんだ、また随分な言い様だな」
「はい、閣下。まずはこの女の持つ大戦斧ですが、映像からの分析と推測で判明した予測を提出致します」
大佐は端末を操作すると、大戦斧と共に予測重量等に映像が切り替わった。
それを訝しげに見たトルストイ大統領は、徐々に驚愕に目を見開く。
「何だこれは……。これは本当に正しい分析なのか……?」
とてつもない代物だった。
振り下ろされた際の速度と破壊力から予測される重量は、現行の強化外装が五機集まってようやく持ち上げられる程の予測重量だ。
個人で運用する武器とはとても思えず、重量だけ見れば迫撃砲と大差なかった。
「どういう事だ……? 我が軍の強化外装と何故ここまで性能差がある……!?」
混乱するトルストイ大統領に、大佐が首を横に振った。
「閣下、これは機体性能ではありません。分析班が調べたところ、一番可能性が高いのは、オリヴィア・スミス本人の特異体質です」
「特異体質……?」
「はい。本来これだけの出力の人工筋肉を強化外装に搭載すれば、着用者は只では済みません。行動する度に人体に過剰な負荷がかかり、最悪の場合は着用者が死亡します」
「だが実際に振るっているではないか、この斧を!」
「はい。そのため、我々はこれまでオリヴィア・スミスの特異性の一つである、機械化義手の性能によるものと考えてきました。義手にも高出力を持たせて、機体のフィードバックを受け入れる——そういった絡繰を想定しておりました」
「そうではないと言うのか」
「シミュレーションから想定したところ、戦斧を振らせた瞬間に義手そのものと人体の接続部が崩壊しました。この戦斧を振るうのは、ブースター剤を用いた人間でも叶わなかった。ではどうして扱えるのか——考えられるのは、オリヴィア・スミスの肉体そのものの素質の可能性です」
大佐は深く息を吐く。
そこから先は禁忌の思考だった。
「強化外装でも義手でもなければ、後に残るのはただひとつ。それが先天性のものか、肉体改造によるものかは現時点では不明ですが——オリヴィア・スミスは特異体質です。筋力や骨格が我々常人とは根本的に異なっている。それが答えです」
「……なるほどな。だから、人間とは思えない、か……」
理解の及んだトルストイ大統領が頷く。この後大佐が何を告げるのか悟った様子だった。
「つまり、この女を捕らえて肉体の謎を解き明かせば——」
「——我が軍も飛躍的に戦力が向上する事でしょう」
未知の武術と、人体実験。
それが大佐の出した答えだった。
トルストイ大統領は、しばらく無言で思考した後、大佐の提案を承諾した。
この瞬間、たった二名の傭兵とコロニー自体が敵対する、前代未聞の事態となった。
大佐にとってそれは望んだ事態ではない。しかし、それ以外に取り得る手段がなかった。
政治でも軍事でも敗北するコロニーに未来はない。弱き者に権利などないのだ。そうでなければ祖国は大地を穢される事などなかったのだから。
奥歯が砕ける程の力で食いしばる大佐は、黙ってトルストイ大統領へ敬礼を送った。
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