第39話

 ジンとオリヴィアはあの後に合流すると、即座に第六コロニーから撤退を開始していた。

 第二コロニーからはディートリヒが捕縛された事、政府から望まれた作戦は一通り完了した事を報告で受け取り、状況の悪さを再認識した。

 最悪の場合、このまま第二コロニーと第六、第七コロニーで紛争が勃発する。傭兵稼業としては飯の種だが、ジンとオリヴィアにとっては異なった。

 第四コロニーへ滞在時点から何故か第七コロニーに狙われていた点も含めると、ほとぼりが冷めるまでは本格的な戦場に立つ気はなかった。下手をすると背後から撃たれかねないのだ。少なくとも、このまま第六コロニーに留まって戦地に赴くのは論外だった。

 ジンとオリヴィアは拠点に置きっぱなしになっていた最低限の荷物を持つと、空港すら経由せずにコロニー外に脱出。しばらくスラムに潜伏した後、沿岸に第二コロニー軍の軍艦が到着するなり一目散に乗り込む。

 軍艦が大陸から離れるとようやく落ち着いた二人は、ベッドで貪るように睡眠を取った。

 ほとんど三日間を寝て過ごした二人は、やっと身体の疲れが取れたのを感じる。起き上がると空腹を感じて、艦の中で食事を摂りに行く。軍用糧食が続いていた先日までと比べると、命が蘇る心持ちだった。

 ただし、あの時とは違いベルモンド中尉は此処にいない。

 彼は結局のところ見つからず、戦死扱いとなっていた。


『お二人とも、本当にお疲れ様でした。現時点では予断は許さないけれど、お陰様で少なくとも第二コロニー側の勢力は落ち着いています。後はお相手側の出方次第です』

 食事を終えた二人を待っていたのは、エリザベス・アレクサンドラ・エヴァンス——エリザベス四世女王との通信での謁見だった。

『少なくとも我が第二コロニーの南極基地襲撃に第七が関与しているのは確実。第六コロニーについては完全に与した訳ではなさそうだけれど、ギーツェン首相まわりの動きはかなり怪しいわ。それもこれも、貴方達が頑張ってくれたからこそ、入手できた情報よ』

「俺達は言われた通りに動いただけだ。むしろベルモンド中尉もディートリヒも失った事を考えると、とても依頼遂行とは言えないだろう」

『そんな事はないわ。貴方達でなければ、戦闘に巻き込まれた時点で情報を持ち帰るのは絶望的だった。ベルモンド中尉と協力者については残念だったけれども、彼らも貴方達を責める事はないはずよ』

 エリザベス四世は柔らかな表情でジン達を労う。

『この後は、正式に第七コロニーに対して襲撃事件についての声明を上げるわ。それによって関係は悪化するでしょうけれど、おそらくコロニー間戦争まではいかない——いかせないわ。あくまで平和的に解決できるよう、私も尽力します』

 上品に笑うエリザベス四世。そして、ふと思い出したかのように付け加える。

『……忘れていたけれど、此方の情報を漏らした者が判明したわ。シャーロット……あの子が第六に繋がっていた』

「南インド会社の代表か」

『そうよ。過激派の代表でもあったあの子が、大使館経由で直接連絡していたのを、アーサーの手の者が確認したわ。その場で拘束したけれど……』

「大々的に裁く訳にはいかない、か?」

『……ええ、貴方達には本当に申し訳ないのだけれど。彼女と企業の貿易は第二コロニーにとっても生命線なの。公にすればどれだけの混乱が起きるか想像もつかないわ。謹慎はしてもらっているけれど……おそらくそれ以上の責任は負わせられないわ』

 眉を下げた女王に、ジンは頷く。

 特に気にかける内容ではなかった。内通の実害を被ったのは第二コロニーの人員だ。ジン達も危ういところだったが、

そういったものも込みで依頼を受けている。処分が軽いからといって、今更文句を言うつもりはなかった。

 けれども、たった一つだけ、ジンには問い正したい事がある。

 解答を求めての問いではない。しかし、この依頼を受け戦地に赴いた者として、問う必要があった。

「なぁ、女王陛下。一つだけ、聞いていいか?」

『——何かしら?』

「結局のところ、全部アンタの思惑通りになったか?」

 ジンは問う。モニタ越しの女王を真っ直ぐに見つめて。

 エリザベス四世は変わらない。ただ柔らかな表情で、上品な佇まいを崩さない。

『……どういう意味かしら?』

「よく考えなくてもおかしいだろ? 今回の依頼と任務、結局のところ最後は敵も味方もぐちゃぐちゃになったが、アンタだけは得をしている。誰も彼もが損をしている中、アンタだけは別だった。……最初から思い描いてたんじゃないか、この結末を」

 ジンは問う。そこに怒りも憎しみもない。ただ事実確認として問い掛ける。

「アンタはシャーロット・テイラーと親しく付き合いがあり、彼女の性格は百も承知だろう。暴発する事も当然頭にあったはずだ。ただ、アンタの立場で堂々とそれを支持する訳にもいかん。だから、利用する事にした」

『…………』

「俺達を第六に潜入させ、南極襲撃の証拠を確認させつつ内部を撹乱する。それに乗じて動きのあった第七勢力を駆除しつつ、第六コロニーの力を削ぐ。アンタの依頼と、漏れた情報がきっかけになった結果だ」

 エリザベス四世は変わらない。ただ笑みを深くして、静かにジンの話に耳を傾けている。

「勘違いして欲しくないが、アンタに何も思うところはない。俺の話は只の勘だ。真実でも間違っていてもどうでも良い。傭兵が求めるのは、依頼に対する正当な報酬だけだ。ただ、俺が今聞いた理由は——」

『——聞いた理由は?』

「依頼を理由に死んでいった奴がいる。依頼を理由に殺しにいった俺がいる。だから、なるべく知れる範囲は知るようにしてるんだよ。そうじゃなけりゃ、浮かばれねえだろ——何が理由かも知らずに死んでいくなんてな」

 ジンは面倒そうに告げた。

 言葉以上の意味はない。本心からの言葉だとエリザベス四世にもわかった。

『やっぱり、貴方、いいわね』

 女王は満面の笑みを浮かべる。先程までの上品さとは打って変わった、為政者としての威圧と不敵さを含んだ笑みだ。

 エリザベス四世は、ジンの言葉を肯定も否定もしない。代わりに発したのは、別の言葉だった。

『ジンさん、オリヴィアさん、今からでも私に仕える気はない? 優遇するわよ』

「御免だ」

「御免ですわよ」

 声を揃えて二人が断りを入れる。エリザベス四世はそれを聞いて、心底残念そうだった。


 通信を終了する直前、それまでほぼ黙っていたオリヴィアが口を開く。

「女王陛下。最後に一つよろしいですかしら?」

『何かしら、オリヴィアさん?』

 首を傾げるエリザベス四世に、オリヴィアが嗤う。それは以前見せたものと同じ、戦場の悪魔としての顔だった。

 豹変したオリヴィアに、エリザベス四世は画面越しに硬直する。吹き荒ぶ悪魔の忠告が、コロニーの女王に突き刺さる。

「良いですかしら、女王陛下? 決して、決してジンを利用しようとしない事です」

『————』

「傭兵として、ジンに依頼をかけるのは問題ありませんけれど——もし、彼を不当に利用するならば、わたくしが貴女を殺しに行きますわ。よろしくて?」

『……肝に銘じておくわ』

 なんとか声を絞り出すエリザベス四世。

 そこにいるのは既に上品さも為政者としての威圧もなく、無表情になった歳相応の女性だった。


▪️▪️▪️

 甲板に上がったジンの後ろにオリヴィアが続く。

 海を進む軍艦、灰色の空と大気が二人を蝕む。呼吸は咳き込みそうになるが、どこか清々しさを感じていた。

「次はどうしますの、ジン?」

 オリヴィアが背後から声を掛ける。顔は見えないが、にこやかな気配を醸し出していた。

「とりあえず、いい加減に俺の機体のメンテが必要だな。依頼前に第二に預けたが、どうやら修理できずに六菱に送ったらしい」

「ああ、あの変態機は手に負えませんでしたのね?」

「うるせえ、何が変態機だ。人のモンにケチつけるのか」

「だって、あんな繊細な機体、求めているのは世界でジンだけじゃないですの?」

「そんな事は……多分ねえだろ」

 自信がなさそうにジンがそっぽを向く。子供のような彼に、オリヴィアがころころと笑った。

「では、六菱重工行きですわね。となると、第三ですの?」

「ああ、ちょいときな臭い気もするが、武器なしで戦場を彷徨くよりはマシだろ。——それでいいか?」

「わたくしはジンの希望に否はありませんわよ?」

 オリヴィアはジンの腰に手を伸ばす。そのまま背後からジンを抱き締めた。

「普通逆じゃねえか、この体勢」

「どちらでも良いじゃありませんの」

 それから二人は無言になった。

 イギリス海峡の冷たい風が、二人の間を通り抜けていった。


————————————————————・あとがき

ここまで読んでいただき、誠に有難うございます。

ひとまずこれで第二コロニー編の終了になります。カクヨムコン中に予定していた掲載もこれで完了になりました。

第三部である第三コロニー編はジンにスポットを当てた話に移行していきます。

プロット作成含めて、少々期間が空きますのでご了承下さい。


また新しい作品も考案中です。

もしお目にかかる事があれば、是非そちらでもよろしくお願いします。

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黒白の傭兵 ちのあきら @stsh0624

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