第24話

▪️▪️▪️

 ジンとオリヴィアはあの後、即座に軍服らに連行された。戦闘が落ち着けば特に逆らう利点はないので、素直に従う。連れて行かれたのは空港内にある一室で、簡素なテーブルと椅子が置かれただけの部屋だった。

 取調べを行うのは、彼らのリーダーに位置するベルモンド中尉だ。非常に実直な男で、任務に関わらない事は一切行わない。通常は軍で取調べと言えば実質は尋問だが、今回はそのような形にならなかったのも、このベルモンド中尉が無用な手間を省いた事が大きかった。

 彼らは第二コロニーから派遣されていた軍人であり、第四コロニー軍部と共同任務中だったと言う。その任務の最中に、第七コロニーの濃緑色の服を着た工作員らと遭遇。不審な動きをしていたため咎めたところ濃緑色の一人が発砲、そのまま交戦になったそうだ。

 また追加情報としてフロントの女性スタッフ二名は無事に保護されたと聞き、ひとまずは問題がなくなったと安堵した。


 ベルモンド中尉は無闇に威圧的にはならず、淡々と取調べを進めていく。

「今回の君達は単純に巻き込まれただけであろうと推測はついている。しかし、奴等と交戦した以上、申し訳ないがいくつか確認しなければならない事がどうしてもあってな」

 言っている本人が何の表情も浮かべていないため、全く申し訳なさそうには見えない。

 ジンは面倒そうに手を振り、オリヴィアは相変わらずにこにこと微笑んだ。

「ああ、いい。いい。俺達もアンタらが軍人である以上、ある程度の事情は理解している。答えられる事なら何でも答えてやるさ」

「そうですわねぇ、滑走路も使えなくなってしまった事ですし。時間は有り余っていますわ」

 呑気に言うオリヴィアに、ジンが眉を寄せる。

 後になって聞いた情報だが、濃緑色の連中は脱出後、第二、第四コロニー連合軍と応戦しつつ撤退。その際に複数の爆薬を使用したため、一般滑走路が復旧まで使用できなくなったらしい。

 襲撃者共はその後、海岸線に現れた艦にて離脱。幾人かは捕らえ殺害したものの、指揮官らしき男と半数以上の人員は逃げ仰せていた。

「強化外装の部隊から効率的に逃走した事実を鑑みても、襲撃者は軍事訓練の経験者だ。手際から見ると間違いなく実戦経験もあるだろう。当方としては、連中の装備や布陣、手口からみて、KGBを前身とした第七の組織であると見ている」

「まぁ、そりゃまた大層な事態だな。何でそんな連中が第四コロニーにいたんだか」

「それに関しては捕縛した者を尋問中だが、一つ気になる点がある。交戦中に奴等は君達の確保を優先したな? 狙われるような心当たりはあるのか」

「さてな。大戦中ならいざ知らず、終戦後のここ数年は第七に関わった記憶もない。個人的な恨みならともかく、諜報組織紛いに付け狙われる覚えはないな」

「君達は傭兵だろう。雇われ者として戦場を渡り歩けば、気付かぬ内に対立者が増えていてもおかしくはあるまい」

「それこそ知った事じゃあないな。中尉殿の言う通り、俺達は傭兵だ。契約主が誰と対立してるかで敵は変わる。契約次第で次の日にはアンタらとも対立する可能性だってある。いちいち気にしていられるかよ」

 ジンが口の端を歪めて笑う。

「それにさっき言ったように、ここ最近で第七と事を構えた覚えはない。俺達にだって理由がわかるなら教えてもらいたい——」

「……あら? ジン? わたくし、第七に関わりがあるかもしれない件、思い出してしまいましたわ?」

「……何?」

 ベルモンド中尉とジンがオリヴィアを注視する。二人の鋭い視線を受けながらも、彼女は変わらずおっとりと続けた。

「ほら、ジンも思い出してくださいな。つい最近、寒い所で交戦したじゃあありませんの? まるで気にしていませんでしたけれど、あれも心当たりと言えば心当たりではありませんの?」

「……南極基地でのルスケア製の外装か」

 ジンが苦虫を噛み潰した表情で舌打ちする。完全に失念していた情報だった。

 オリヴィアは南極の地で多数の強化外装を撃滅している。そのために印象が強かったのだろうか。

 黙り込んだ二人に、ベルモンド中尉が問い掛ける。

「——待て。まず私にも理解できるよう話をしてくれ。南極基地というのは先日襲撃を受けたという南極の第一コロニー資源採掘基地の話でいいか」

「……ああ、俺達は第一政府のエージェントとやらに斡旋されて、あの採掘基地を防衛していた。その際に、ルスケアルージュ製の強化外装複数機と交戦している」

 ジンは奥歯を噛み締めながら説明する。脳裏にサングラスの男の姿がよぎり、苛立ちに舌打ちが止まらない。

「それ自体は国際企業であるルスケアルージュであれば不思議な話じゃあない。その後の依頼でも第七が関わっている気配はなかったしな。だが、関わりと言えば確かにオリィの言う通り関わりには違いない」

「そうですわねぇ、わたくしも砕いた敵の事を思い出したのは随分久しぶりですけれど。人員は第七の者ではなさそうでしたから、すっかり忘れていましたわねぇ」

 しみじみと言うオリヴィアに、ジンは変なものを見るような目をする。オリヴィアは頭が戦闘狂いの狂人であるのは重々承知の上だが、偶にジンの意表を突くような閃きを得る。

 ベルモンド中尉はそんなジンとオリヴィアを見て少々黙考していたが、ひとつ首肯した。

「この後の流れ次第で開示予定だった情報をひとつ提供しよう。南極採掘基地の襲撃だが、実は我々第二コロニーの採掘基地も襲撃を受けている」

「——何?」「……あら?」

「極秘情報だがな。そして、こちらの襲撃に関しては第七コロニーの関与が強く疑われている」

 変わらず無表情のベルモンド中尉。

「無論、第一コロニーへの襲撃が第七によるものか疑わしいのは把握している。あくまで我々の基地への襲撃者の話だ。それに君達が関わっていないという事実を確認する必要があった」

 ベルモンド中尉は続けた。

 曰く、第四コロニーへ彼らが派遣されていたのは、とある人物とコンタクトを取るためだったらしい。旧時代の古くから第二コロニーと第四コロニーは関係性が近い。それを利用して第四コロニー軍と連携を取り、共同任務として当たっていた。

 その人物とは——

「君達の事だ。ジン・カザキリ、そしてオリヴィア・スミス。まさか遭遇した第七コロニーの連中も同じ標的とは思わなかったがな」

 全く意外そうでないベルモンド中尉が言う。

 彼等の任務とは、第二コロニーとジン達を繋ぐ事だったと言う。

 傭兵に顔を繋ぎたい——それは即ち、依頼があるという事だ。

「もっとも、第七コロニーと関わりがあるようだと難しかったが、その線が薄そうなのは我々も確認できたからな。少なくとも対立していそうな事も。だから襲撃情報も公開させてもらった」

「…………」

「そう堅くなるな。私はあくまで使い走りだ。君達にはこれから、第二コロニーの代表である方と御目通りしてもらう。全てはそれからだ。依頼については、その方と話し合ってくれ」

 話している最中からベルモンド中尉の雰囲気が変わった。これまでの軍人然とした態度はそのまま、何かを敬うような仕草が現れてくる。

 有無を言わさず、ベルモンド中尉はジンとオリヴィアを促す。状況が読めずに困惑するジンとオリヴィアを気にかけず、中尉は動いた。

 中尉は片膝を着き、胸に手を当てる。そしてもう片手で端末を操作すると、簡素な部屋の中央に通信用モニタが表示された。

 既に回線は開かれているのか、モニタには一人の老齢に差し掛かった女性が映し出されている。

 綺麗に纏め上げられた白髪混じりの髪に、漂う上品な在り方が高貴さを伺わせる。柔らかな表情が逆に緊張感を与えるような、独特の雰囲気の女性だ。


 ジンとオリヴィアはその顔を見て驚愕する。端末でニュースを確認すれば、一度は見た事がある顔だった。

 慌ててモニタ越しに頭を下げる。椅子に座ったままの不格好な作法だったが、そんな様子を見て女性はころころと笑った。

 彼女こそ、エリザベス・アレクサンドラ・エヴァン。

 第二コロニーの女王、エリザベス四世その人である。

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