第23話

 匍匐する濃緑色は、幸いにもジン達に気付いていなかった。——彼にとっては不幸だったのかもしれないが。

 頻繁に背後を確認しながら、濃緑色が床を這って近づいてくる。こうしている間にも銃弾が飛び交い、軍人も濃緑色も次々と倒れていく。ジンはそのまま間合いに入って来るのをじっと待った。殺すつもりはないが、今この瞬間に騒がれてフロント周りを戦地にする訳にはいかなかった。

 しかし、次の瞬間予定が狂う。

 アサルトライフルの一発がこちらに飛来し、フロントに弾かれる。甲高い金属音が鳴り、驚いた女性スタッフが身じろぎした。それがフロントの内側に当たり、小さいけれども確実に濃緑色まで振動が届いた。

 ぎょっとした表情で濃緑色が顔を上げる。更に運悪く、影から覗いたオリヴィアと視線が合ってしまった。

 硬直する濃緑色に、やむを得ずジンが影から姿勢を低くして飛び掛かる。銃を持つ手を極めると、取り落とした銃をオリヴィア側へ蹴り送る。そのまま締め落とそうとしたが、それよりも濃緑色の叫びが早かった。

「き、貴様はジン・カザキリ!? このような場所で——!」

 無意味な悲鳴がロビーに広がっていく。ジンは舌打ち混じりに組み伏せた濃緑色の頚椎をへし折った。

 ごきりと鈍い手応えがジンに伝わる。手加減する余裕がなかった。後から疑問が湧いて来る——こいつ、何故俺の名を知っている?

 湧いた疑問を消化する間もなく、ジンに視線が集中した。濃緑色の断末魔を抑えられなかったせいで、伏せていたのが完全に発覚していた。

 いきなり現れた人物に、軍人からも濃緑色からも警戒して銃口が向けられる。一触即発の空気だ。濃緑色一人を殺ってしまったため、敵ではないと言い逃れも出来ない。オリヴィアが奪った敵の拳銃を持って、ジンと背中合わせに並んだ。


「おい、こいつジン・カザキリだ!」

「相棒のオリヴィア・スミスも居るぞ!」

 濃緑色の集団が、やはりジンの顔を見て名前をロシア訛りの言語で叫んだ。オリヴィアの面も割れているようで、軍人と銃撃戦を繰り広げながらジン達も包囲できるように陣形を変化させていく。

 名指しで銃を向けられる理由は不明だが、手をこまねいて待てばおそらく愉快な状況にはならないだろう。

「オリィ、何人いける?」

「十人くらいは余裕ですけれど、広いロビーかつこの人数に素手で敵対するのは流石に現実的ではありませんわね」

「……だよなぁ。どうするか」

 背中越しに問い掛けるジンに、オリヴィアは返した。

 せめて銃がもう一丁あれば——生き残ったら次は絶対に空港で武器を手放さない事を誓う。

 戦闘の中心地に突如として放り込まれたジン達は、ほぼ丸腰のまま二つの勢力に囲まれる位置で立ち往生していた。


「第二の連中は程々で良い! 今はジン・カザキリとオリヴィア・スミスを優先せよ!」

 ロシア語訛りの濃緑色の中でも、一際鋭い気配を醸し出す男が味方に指示を出す。どうやら本命はジン達らしい。

 最初はジン達と無関係に銃撃戦を繰り広げていたというのに、ここに来て態度を一変させた濃緑色共にジンが舌打ちした。

「第一の件でのルスケア関連か? それともまた別に気付かぬ内にやらかしたか? マジで心当たりがねえ」

「案外、大した理由なんてないのかもしれませんわよ?」

「巻き込まれ損かよ。許せねえな」

 悪態を吐くジンに緊張が走る。傭兵などという職業はいつくたばってもおかしくないものだと考えているものの、このように巻き込まれついでにやられるのは不愉快だ。

 こうしている間にも徐々に濃緑色の半包囲が迫る。軍人らも必死に応戦しているようだが、濃緑色を撃滅するには至らない。

 そして、気配の鋭い男が戦場の間隙を縫うように近付いてくると、ジン達の前に立った。

 その手には大型の自動装填式拳銃——ジンの記憶では第七コロニーの軍で採用されている物だったか。

「投降しろ。——悪いようにはしない」

「は。当然民間人も巻き添えにして襲いかかって来た連中を信じる阿呆がいるかよ」

 短い催促と決別——濃緑色達が一斉にジン達に銃口を向けた。

 けれども、それが彼らの隙となる。優先度を高め過ぎたせいか、対立する軍人らへの圧力が弱まる。戦力をジンとオリヴィアに向け過ぎた結果、軍人達が一気に戦線を破る勢いで攻勢を仕掛けて来た。

 指揮官らしき服装の男が、ジン達に僅かに目配せする。

「——伏せろ!」

 指揮官の男が叫ぶと同時に、ジンとオリヴィアは床に身を投げ出した。

 倒れると同時にアサルトライフルの猛射が走る。黙示録を彷彿とさせる轟音と共にライフル弾の嵐が吹き荒れる。

「きゃあああああああ!?」

 フロントに隠れていた女性スタッフが、あまりの激しさに悲鳴を上げるが、それすらも銃声に掻き消されていく。フロントの防弾力は本物のようで、この嵐の中でもスタッフが健在なのは僥倖と言えた。

 ジンとオリヴィアの頭上を、千を越えるライフル弾が通り過ぎていく。戦術を誤った濃緑色達が次々と倒れ、濃緑色の指揮官が頭を低くして後退る。たっぷり十秒ほど斉射されるとようやく銃声が止んだ。

「あっちはコロニーの軍人だよな? 一応は助けてくれたみてえだが」

「そのようですわねぇ。第四の軍服とはちょっと違うようですけれども」

 床を這ったまま、ジンとオリヴィアが嘆息する。ひとまず半包囲状態は凌げたようだった。


 生き残った濃緑色共が、気配の鋭い男に合図され、戦場となったロビーの一角に集結する。そのまま継戦かと思われたが、連中は強化ガラスの壁を爆破し、出来た穴から撤退していく。

 素早い判断だとジンは感心する。こういった場合、無理に粘っても目標は達成しないのを経験で知っている指揮だ。そして最後に残った気配の鋭い男が、逃走の間際にジンを凝視していた。

 口元が動く——次はない。憎々しげにジンを睨み付けると、男も穴から撤退していった。

 軍服の指揮官が背後で声を張り上げている。逃すな、空港付近に強化外装の部隊を派遣しろ。生身の奴等は左程遠くまでは動けない。偵察班と合わせて撃滅しろ——そんな内容だ。

 ジンとオリヴィアは残存した敵勢力がないのをじっくりと確認すると、ようやく立ち上がった。

 自身の身体を目視する。目立った負傷はない。所々に擦過傷があるが、この乱戦の銃撃戦の中を生き残れたのであればほぼ無傷と言えた。

 隣に立つオリヴィアも傷を確認する。やはり負傷は無さそうだったが、自身の胸元を見た時、ちょっと困ったように首を傾げる。

 軽装だったオリヴィアの私服は、身を投げ出した際に何処かに引っ掛けたのか、豊かな胸元が大きく破れはだけていた。深い谷間が露わになって扇情的になってしまったオリヴィアに、ジンが何も言わずに己の上着を放り投げる。無骨な男物だが無いよりはマシだろう。

 オリヴィアが嬉しそうにジンの上着を着込む。その間にジンはロビー周辺を見回した。

 倒れる軍人と濃緑色、そして民間人。破られたガラス壁と合わせて、大きな損害が発生していた。

 しばらくは営業不可だろう。ジンはドックの高速艇を思うと眉を顰める。余所者の艇の整備なんざ、どう考えても後回しだ。

 ここ半年は予定通りに行動出来た試しが無い。運に見放されているのかと天を仰いだ。



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・あとがき

年内の更新は最後になります。

年始は1/4から更新再開になりますので、引き続きよろしくお願いします

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