第22話

 高速艇の整備はまだ少し日がかかるようだった。束の間の休息をジンとオリヴィアは満喫する。空港内レストランで軽い食事をして、ホテルの部屋を取った。懐には余裕があるため、差し迫って依頼を受ける必要がない。精神的な意味でも久方ぶりの開放感だった。

 二人は早めにホテルにチェックインすると、各々シャワーを浴びた。汗を流し終わると唇を重ねてベッドに雪崩れ込む。

 しばらくの間、ホテルの一室に荒々しい息遣いと嬌声が上がった。オリヴィアの蠱惑的な果実のような身体をジンは貪る。オリヴィアはジンが動く度に蕩け切った声を部屋中に震えさせた。

 二人は存分にお互いを感じた後、早々に眠りにつく。傭兵は命を切り売りする稼業だ。休める時は休み、欲求を解消する時間はきちんと確保する。それが出来なければ戦場で死ぬ事を二人は熟知していた。


 翌朝、ホテルのチェックアウトを済ませて高速艇のドックへ向かう。体調も精神状態も万全と言えた。

「整備が済んだら、第三コロニーへ向かうんでしたわね?」

「そうだ。いい加減コイツを六菱本社に持っていってメンテナンスしないと、俺の命がいくつあっても足りん」

 ジンが運搬用スーツケースを小突きながら言う。

 オリヴィアは神秘的な色彩を放つ碧眼でちょっと残念そうにジンを見つめた。

「わたくしが全て片付ければ済みますのに。ジンに強化外装なんて不要ですわ」

「そんな訳にいくか。ここでオリィのヒモになる程、俺は恥知らずじゃねえ」

「わたくしに養われるのはお嫌ですの?」

「嫌とか良いとかじゃねえよ。俺とお前は対等だ。おんぶに抱っこでいられるかよ」

「あら、わたくしは構いませんのに。ジンに頼られない方が嫌ですわよ?」

 言葉とは裏腹に機嫌を良くしたオリヴィアが頬を染めてニコニコと笑う。掌を額に当てて頭を横に振ったジンが、呆れたように言った。「勘弁してくれ」


 二人はじゃれあいながらも、警戒は忘れていない。自分達がコロニーと巨大企業に喧嘩を売ったのは自覚している——不可抗力だったといえ、だ。だから空港ロビーに辿り着いた時に聞こえた音にも即座に反応した。

 乾いた炸裂音——銃声。

 二人は目配せし合うと、周囲の遮蔽物を確認する。

 まだ音の正体を理解していない空港スタッフと利用客が不思議そうに辺りを見回していた。ジンはロビー中央に設置されたフロントを顎で差してオリヴィアを促す。オリヴィアは頷くと、運搬用スーツケースを抱えたままジンに続いてフロントの影に飛び込んだ。

 途端にロビー内のそこかしこで怒号と銃声が上がる。幾人かの人間が血を流して倒れるのを見て、ようやく悲鳴が響き渡った。

 俄かにパニックとなったスタッフと利用客が逃げ回る。ばたばたと鳴る足音と、連続して続く銃声が騒音となってロビーを木霊していた。

 ジンは舌打ちをひとつ。

「……初撃からして、俺達を狙ったものじゃあなさそうだな?」

「そうですわねぇ。続く銃声も位置からしてわたくし達を狙うには不可解です。空港占拠か何かでしょうかしら」

「飛んだ厄日だな。俺達の優雅な休日は誰に補償してもらえばいい?」

「さぁ……少なくともこんなところで銃を撃ちまくっている早漏野郎はしてくれないと思いますわよ」

 オリヴィアも若干機嫌が悪くなったのか悪態を吐く。ジンは溜め息を吐いて状況を観察した。

 既に流れ弾に当たった利用客らがそこら中で倒れている。苦痛の声を上げている者はまだいい——命がある証拠だ。だがピクリとも動かなくなってしまった者は不運としか言い様がなかった。生きている者は他者を押し分け踏み付けてでも逃走し、そのせいで負傷者が更に拡大する。一部の生存者は頭を抱えて震えていた。

 しばらく見ていると、一つの事実に気付く。どうやら銃を撃っているのは二つの集団のようだった。

「……敵対勢力の撃ち合いか、これは。こんな場所でドンパチやるなんざ頭がイカれてんのか」

「そのようですわねぇ。いよいよもって巻き込まれただけですかしら」

「おいおい、どんだけツイてねえんだ。金にならない戦闘は御免だぞ」

 ジンはうんざりして運搬用スーツケースとオリヴィアを見る。オリヴィアは首を横に振った。

 強化外装を着用するには、この銃撃戦の最中のロビーは無防備すぎた。加えて戦斧も高速艇に積んだままだ。あんな物騒な代物を空港に理由なく持ち込めるはずがない。ジンも護身用のナイフくらいは傭兵として許可を得て持ち込んでいるが、拳銃も刀も同じく高速艇だった。

 生身での肉弾戦も不可能ではないが、そんな事をしなければならない理由が二人にはない。とにかく二人はなるべく目立たずにこの場を離脱したかった。


 二勢力の銃撃戦は続いている。

 片方は軍服を見に纏った軍人らしき者達、もう片方は軍服でこそないが揃いの濃緑色の服装がどこか統一感を感じさせる集団だ。

 軍人らはロビー内の遮蔽物に陣取り、アサルトライフルを濃緑色達に向けている。対する濃緑色は拳銃やナイフなど武装がバラバラだった。彼らは散開し、それぞれ匍匐姿勢や飾られた鑑賞樹などで身を隠していた。

 装備の差は歴然で、軍人達は圧倒的な優位を築いている。しかし濃緑色らも統率力が高く、多方から攻撃を加えて軍人達を前進させない。

「——どーう見ても、コロニー間の軍人の争いですわねぇ」

 跳弾で飛んできた流れ弾を義手で弾きながら、オリヴィアが美しい顔をへの字の口で歪めた。ジンはその表情をちょっと可愛いなと思いつつも、微塵も表に出さない。

「阿呆共が。どっちがどっちか知らねえが、一般人まで巻き込まれまくってんじゃねえか」

 逃げ惑う者の大半は、ここまでの時間で距離を置いた場所まで避難した。だが、その最中に銃弾を喰らった人々はかなりの数がロビーを赤く染めて倒れている。

 ジンは過去の己の職分からして、このように一般人を巻き込む戦闘は嫌っている。ましてや子供まで倒れ伏す現状を見れば憤りを隠せなかった。

「落ち着いてくださいまし、ジン。まずは出来る事からするしかありませんわ」

 オリヴィアは目を細めて告げる。ジンは舌打ちすると、深呼吸して精神を鎮めた。

「目標は離脱。……ですけれども、下手に動けば逆に撃たれかねない状況ですわ。加えて逃げ遅れたスタッフも数名確認できますわ。如何致しますの?」

 オリヴィアが背を当てているフロントを義手の親指で指す。見ると、フロントの中でスーツ姿の女性が二名、頭を抱えて震えながら屈み込んでいた。

 意外にフロントは防弾性能が高かったようだ。二名とも傷はなく無事なようだった。

「おい、お姉さん方、聞こえてるか。いや、頭は上げるな。怪我はないか」

「あ、ありません……」

「そうか、このフロントは幸い銃弾が貫通しないようだ。頭を上げなけりゃ、そこにいるのが安全だろう」

「こ、このフロントは、空港で犯罪が起きた際の、防弾仕様なので……」

「そいつぁいい。ならそこでじっとしているのが一番生き残れる。騒ぎが静まるまで決して動くなよ」

 ジンはスタッフ二名に言うと、自身はオリヴィアに視線で合図する。

 オリヴィアは心得ていると無言で首肯した。

 フロントの影からほんの少しだけ顔を出して、必要な情報を視認する。

 濃緑色の集団の一人が、アサルトライフルの弾幕に押されて、床を這いながらずるずると音を立ててこちらに近づいて来ていた。

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