第25話
「まあまあ、お二人ともそんなに堅くならないで? ——ベルモンド中尉、彼等がそうなのね?」
「はっ、陛下。この者らがお探しのジン・カザキリとオリヴィア・スミスで違いありません」
「そう、ご苦労様。では少しお話をさせてもらうわね。……ほら、ジンさん、オリヴィアさん、楽にしていいわよ?」
朗らかかつ上品に笑うエリザベス四世がジンとオリヴィアに声をかける。ベルモンド中尉は壁際に控えて、微動だにしなくなっていた。
ジンとオリヴィアは頭を伏せたまま目配せするが、結局は顔を上げざるを得なかった。
「さて、ご存知かもしれませんが、自己紹介をしなくてはね。私はエリザベス・アレクサンドラ・エヴァン。こう見えて第二コロニーの女王をやっているわ」
パッチリとウインクしながら茶目っ気を出すエリザベス四世。そして横に立つ紳士然とした片眼鏡の男を合わせて紹介する。
「彼はアーサー・ジョーンズ。第二コロニーの首相を任せているわ。女王といってもお飾りだから、実質的な政治はアーサーがこなしている事になるわ。今日は私達から貴方方にお願いがあって顔を見せているわ」
「……お願い、ですか」
あまり良くない予感にジンもオリヴィアも表情が固い。
ジン達を探していた第二コロニー軍部に、その首相。そして、現在も誇りとして王室を掲げる第二コロニーの住民の頂点、エリザベス四世。
そんな人物らが、わざわざ第四コロニーに軍をやってまで会いたかった傭兵に対するお願いとくれば、面倒事の気配しかなかった。
エリザベス四世は、今でこそ政治の一線から退いているが、大戦期は混乱する連合王国を結束するために辣腕を振るった女傑だ。彼女こそが政治の中心から象徴に変わりつつあった王室の権威を知らしめたその人である。
穏やかなのはあくまで表面上であって、今でも第二だけでなく各コロニー上層に強烈な影響力を有している。その権力は傭兵であるジンやオリヴィアにとっても無視できるものではない。
またアーサー・ジョーンズも只者ではない。
彼は大戦時は軍部に所属し、実戦経験もある元軍人だ。だがそれだけではなく、コロニーの政治的側面にも力を発揮し、退役後に政治家となった異色の経歴を持つ。現在は首相として堅実さと果断さを発揮している。女王とは政治的に対立する場合もあるようだが、コロニーの発展に心血を注いでいるのは間違いなかった。
第二コロニーだけでなく、世界的に見ても大物中の大物が二名。
ジンは今更になって逃げ出したくなるが、ベルモンド中尉がそれを許すはずもないだろう。
「それで、我々のような戦闘でしか役に立たないしがない傭兵に、女王陛下がお願いとは一体何事でしょうか」
ジンは諦めと共にエリザベス四世に問う。
オリヴィアがちらりとジンを見たが、ジンは首を小さく横に振った。逃げられるものなら逃げたいが、武装もなく高速艇も飛べないとなれば、話を聞くしかなかった。
そんな二人の様子にエリザベス四世がくすりと笑う。
「あら、そんなに謙遜しなくても良いのではないかしら? 貴方は大戦時に英雄として誉れが高いのは私の耳にも入って来ています。オリヴィアさんも、……悪名まで含めたらただの傭兵とは言い難いわ。そんな有能な貴方達だからこそ、私のような立場の者でも依頼したいのよ?」
「——念の為、先に言っておこう。今回の依頼についてはあくまで言葉通りだ。内容ないし条件が合わなければ、断ってくれても構わない。無論、受けてもらった方が第二コロニーとしては助かるが」
片眼鏡を直しつつ、ジョーンズ首相も続く。
ジンは心中で悪態をついた。断っていいと言われて、女王や首相の依頼を簡単に断っていては、傭兵への依頼などなくなってしまう。
ジンとオリヴィアは強化外装戦闘のプロであり、実戦経験値も豊富な比較的有名どころの傭兵だ。そんな彼らがコロニーからの依頼を断れば、たちまち界隈に噂が広まってしまう。
ジンはがしがしと頭を掻く。半分やぶれかぶれになって、依頼の内容を聞く事にした。
依頼については私から伝えよう、とジョーンズ首相が告げた。
「我が第二コロニーに所属する南インド会社の南極採掘基地が襲撃を受けたのは、もうベルモンド中尉から聞いているだろう。端的に依頼の内容を言うと、あの襲撃事件の調査を頼みたい」
紳士たるアーサー・ジョーンズは顔色ひとつ変わらぬポーカーフェイスが逆に特徴のある男だ。
「我がコロニーの軍部が事前調査をしたところ、襲撃者についてひとつの事実が判明している。それは、第二コロニーの基地を襲った者共が第六コロニー出身者の可能性がある事だ。討ち取った者は身元不明の人間が大半だが、一部の者が第六コロニーの身分証を所有していたのを確認している」
「身分証、ねぇ……。そんな物を襲撃犯が持ち歩きますかね」
ジンの疑問にジョーンズ首相は首肯する。
「君の言う通り、これだけで第六コロニー関係者と疑うにはあまりに作為的が過ぎる。とは言え、我が第二コロニーと第六コロニーは、歴史的観点から言っても仲が良いとは言い難い。潔白にしろ、黒にしろ、調査せざるを得ないと言ったところだ」
ジョーンズ首相は懐からパイプを取り出すと、電子マッチを使用して着火する。一服して深々と紫煙を吐き出すと、話を続けた。
「正直なところ、最初は第七の関与を疑っていた。軍の交戦時のデータから見て、過去に彼らが得意としていた戦術が散見されたからな。状況的に見ても第七が最も怪しい。だが、物証が出たのは第六関連だ。このままあやふやな情報を元に追求すると、一歩間違えばコロニー間の国際問題となりかねない」
僅かに目を細めるジョーンズ首相。隠しきれない緊張感が滲んでいた。
「君達に依頼したいのは、秘密裏に第六コロニーに潜入し、身分証の持ち主の身元を特定する事だ。偽造なのか、はたまた襲撃者本人であったのか。それさえ判明すれば、我が第二コロニーとしても大々的に襲撃犯を追求できるだろう」
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