第26話

 ジンは真っ直ぐにモニタのジョーンズ首相を見る。いくつか問い質さねばならない点があった。

「——依頼については理解した。だが、その内容の依頼を何故俺達にする? 俺達は傭兵であって探偵じゃあない。身元調査というなら、そのプロがいるだろう。それこそアンタらの軍の諜報部だっていいはずだ。それをどうして、わざわざ第四コロニーまではるばる軍をよこして傭兵に頼むんだ?」

「……それが可能であればそうするのだがな」

 ジョーンズ首相はパイプの灰を落とすと、ソファに深く腰掛けた。その顔には若干の疲労が見える。ポーカーフェイスの男が初めて見せた、感情らしい感情だった。

「先に言った通り、我々と第六コロニーは決して良い関係とは言えない。第七程険悪とも言えないが……。そんな所に確たる証拠もなく軍の人間を送り込めば、それこそコロニー間の戦争が勃発しかねないのだ。第六コロニーとて盲ではないのだから。それに——」

 ジョーンズ首相が一旦言葉を区切る。微かに眉を顰める彼の後を、エリザベス四世が繋いだ。

「——そこから先は私が説明するわ。これから話す内容は、私の至らなさでもあるのだから」

「……陛下、そのような……」

「いいのよ、私自身がわかっているわ。——ジンさん、オリヴィアさん。今から話す内容は他言無用でお願いするわ」

「元より受ける受けないに関わらず依頼内容を吹聴するような真似はしない。信用問題に関わる」

「ありがとう。……実は恥ずかしい事なのだけれどね、第二コロニーも一枚岩じゃないのよ」

「……何? どう言う事だ」

「今の時点でも証拠なんかいらない、敵ならば第六も第七も纏めて潰してしまえば良い、っていう論調が少なからずあるのよ……」

 エリザベス四世が頬に手を当てて首を傾げる。何処まで行っても王族としての気品が漂う振る舞いだった。

 ジンは訝しむ。

「そんな連中、無視してしまえばいいだろう。正直に言って、並の人物が女王陛下に楯突けるとは思わない。政治から退いたと言っても女王として宣告すれば鶴の一声だろう」

「それがそうもいかないのよ。なにせ、過激派の最大手が被害者でもある南インド会社の社長なんですもの」

「……それは……」

 ジンはあんまりな状況に絶句した。

 南インド会社の社長と言えば、ジンにも覚えがある。


 シャーロット・テイラー。

 元は王室の服飾を賄う商売人だったところから大戦期を経て、様々な業種へ拡大。女性でありながら第二コロニー屈指の一大企業を築き上げた女性である。

 聞こえてくる話によると、第二コロニー王室を絶対的に崇拝しており、しばしば過激な言動も見られる事で知られている。また嘘か真か、人身売買を営む薄暗い噂も存在しており、そんな人物が第二王室と近い事を危惧する声もある。そんな二面性を持つ人物だ。

 ただし、彼女は服飾業時代から女王が丁寧に育て上げた、実質子飼いと言っても良い人物だ。

 そんな者が女王に逆らうとは思ってもいなかった。

「……とても良い子なのだけれど、私への忠誠心が強すぎてしまうのよね。元々過激な思想の子だったのだけれど、今では女王の敵は皆殺しなんて息巻いているわ。私が窘めても汚れ役はお任せ下さい、なんて言って聞いてくれないのよ」

「——シャーロット嬢は爆発寸前だ。今も自社製の強化外装を用いた私兵を集めて、女王陛下の敵共を鏖殺しろと叫んでいる。この状況で軍部を動かせば、間違いなく彼女は暴発する。そんな事態になればコロニー間戦争はおろか、最悪大戦の焼き増しになる。それは何としても避けねばならない」

「だからといって、このまま泣き寝入りもできないわ。実際に被害が出ているし、襲撃者が計画的に第二コロニーの採掘基地を攻撃したのは明白。放置すれば二回目、三回目の襲撃が間違いなく起こるわ。事態は急を要する。私達は敵地に違和感なく潜入できて、かつ戦闘が起きた際に対抗できる人員を求めている。そしてその白羽の矢が立ったのが貴方達なのよ」

 エリザベス四世の言とジョーンズ首相の補足。ようやくジンは依頼の内容が掴めてきていた。——それに納得がいくかは別にして。

 ジンが何も言えずにいると、唐突にオリヴィアが動いた。

 普段浮かべている笑みを消し、その口は歪んでいる。戦闘時はともかく、非戦闘時には珍しい表情だ。オリヴィアは神秘的な瞳に嘲りの色を浮かべると、女王と首相に言い放った。

「なぁるほど。つまり、わたくし達に貴方達の都合で起きた失態の尻拭いをしろと仰るんですわねぇ」

 全く遠慮のない言葉に、他の全員が硬直する。エリザベス四世ですら、言葉を発せなかった。

「お笑い草ですわねぇ、全くもって。これまでもそうして企業が泥を被り、第二コロニーは綺麗なまま運営されて来たのでしょう? それが今になって制御不能になり、今度は他の生贄を求めているなんて……可笑しいとしか言えませんわよねぇ。結局、自らが汚れる覚悟なんてありませんのよ」

 あまりの暴言にベルモンド中尉がオリヴィアに怒りを向ける。しかし、オリヴィアの眼光に射抜かれた瞬間、冷や汗が流れ出て一歩も動けなくなった。

 それは象に睨まれた蟻の心境だった。指一本でも動かせば、それがオリヴィアの気に障った瞬間に抵抗すら出来ずに殺される。そんな圧倒的に理不尽な暴力の気配だ。

 ベルモンド中尉だけでなく、女王と首相にも極限の緊張が走っている。オリヴィアの放つ殺気は、モニタ通信越しの二人にすら届いていた。

 非戦闘員である女王はともかく、大戦経験者のジョーンズ首相ですら、美しい傭兵の女が放つ濃厚な死の気配に息を呑んでいる。

 それまで無言だったオリヴィアの何が逆鱗だったのか、彼らにはわからない。けれども、対談の場であった此処が、戦場に変わった——変わってしまったのを肌で感じ取っていた。


「……オリヴィア、止めろ」

 その一言が鍵だったのか。

 ジンがオリヴィアに小さく告げると、それまでが嘘のようにオリヴィアの気配は収まった。表情も柔らかな笑顔に戻り、ほんの少し気遣う視線で愛する男に問い掛ける。

「……よろしいんですの?」

「問題ない」

 ジンは無表情だ。

 他が恐る恐る息を吐き出して呼吸を再開する。解放された緊迫感は、息の出来ない水中から顔を上げたような安堵感をもたらした。蒼白になっていた顔色が徐々に血色を取り戻していく。

 ジンは全員が落ち着くのを待ってから会話を再開した。

「相棒が失礼したな。オリィは見た目以上に気性が荒い。相方として無礼な言動を謝罪する」

「……気にしていないわ。彼女の言う通り、私達が——私がこの事態を作り上げたと言っても過言ではないもの」

「感謝する」

「それで……聞きにくくなってしまったけれども、依頼はどうかしら? 第六コロニーへの調査、受けて貰える?」

 遠慮気味にエリザベス四世が問う。最終的には聞かねばならない話だった。

 ジンは一呼吸置くと、ゆっくりと首を縦に振った。

「俺としては条件次第で受けて構わないと思っている」

「……条件、ね。聞かせて貰える?」

「ああ。まず第一に、バックアップについてだ。最初に言った様に、俺達は戦闘の専門家であって調査のプロではない。最低限でも構わないので、そちら方面のフォローが必要だと思う」

「当然ね。それについてはベルモンド中尉を付けるつもりよ。彼はそういった事も得意だし、軍人だけれど一人くらいなら何とかなるはずだわ」

「承知した。次に、現地での戦闘に関してだ。少なくとも身を守る範囲の戦闘は許可してもらう必要がある」

「……それも当然ね。大規模な戦闘を仕掛けるのでなければ、自衛は適宜行ってもらって問題ないわ。そうよね、アーサー」

 ジョーンズ首相が黙って首肯する。

 ジンはそれを見て次に進む。

「件の身分証についてだ。もしこれが第七、あるいは全く別の勢力の工作だと判明した場合の方向性を事前に確認したい。その場合の調査はどうなる?」

「身分証の真偽が判明した時点で、調査を追加依頼する事はおそらくないわ。その先、あくまで表立って動くのは私達よ。替わりに現地で戦闘に関する依頼を追加する可能性はあるけれど——」

「それは特に問題ない。実際に戦闘可能かは別として、傭兵としては擦り合わせられる限り答えよう。それで最後の条件だが——」

「何?」

「俺は自前の強化外装が故障している。元はこれの修理の為に第三コロニーへ行くつもりだったんだが……」

「今、貴方達が第三コロニーへ赴くのは推奨しないわ。あそこは第七と親しいし、最悪通報されてしまう可能性がある。良ければ第二コロニーが預かって、修理中は予備機を渡すわ」

「感謝する。それであれば、この依頼は受けさせてもらう。俺達で良ければ、だけどな」

「……オリヴィアさんは、特にないの?」

 先の印象からか、慎重に問うエリザベス四世に、オリヴィアは手を横に振った。

「わたくしは、ジンが良いと言うなら何もありませんわぁ」

「……わかったわ。なら、改めて依頼しましょう。ジン・カザキリとオリヴィア・スミス両名に依頼します。内容は、第六コロニーに潜入し、採掘基地襲撃犯の証拠の真偽を調査するもの。報酬は——このくらいで良いかしら?」

 エリザベス四世が数字の書かれた紙をモニタに映るように差し出す。

 その額を見たジンは、思わず口笛を吹きそうになった。

「流石は第二コロニーの女王と首相の依頼だな。こんな額はそうそう見ねえ」

「良かったですわね、ジン。これなら先の依頼の報酬と合わせて、しばらくは安泰ですわ」

 オリヴィアは呑気に手を合わせて喜んだ。

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