第29話

「そう言えば一つ聞きたいんだけどな。ここまでついてきてるんだし、協力者に会うのもアンタがやったら駄目なのか? 俺達が護衛に回れば、むしろその方が話としては正道だろ」

 ジンの素朴な疑問にベルモンド中尉が答える。

「それに関しては双方の都合としか言えんな。私も可能なら自身で対応したいが、先方が難色を示していてな。お相手も密会の情報が漏れた際に、傭兵ならばともかく敵国軍人と会っていては不味いそうだ」

「ああ〜、そういう問題もあるんですわねぇ……。つくづく情報戦というのは回りくどく面倒ですわぁ」

 オリヴィアが目を細めて嫌がった。

「それに、万が一、罠だった場合はその場で戦闘になる事も予想される。私も素人ではないが、君達ほどは戦場慣れしていない。そういった意味でも、君達がベストな人選だ」

 三人は、西側区画の外周部にある、一軒家の家に到着していた。

 富裕層が多い西側区画の中でも、中心地から遠く離れた外周付近は寂れた雰囲気も漂っている。人気も多くなく、コロニーでは貴重な戸建住居街だというのに閑散としていた。

 拠点として利用するにはまずまずの立地と言える。どうやらコロニー建造時から送り込まれた人員が代々確保している住居らしい。

 内部は必要最低限の家具に軍用保存食がいくつか。奇襲を受けた際の周囲の環境も悪くない。優秀な拠点だ。

「しばらくレーションが主食ってのはげんなりするが、まぁ仕方ねえか」

「あら、ジンが料理しても構わないんですのよぉ? 貴方、意外とそういうの得意じゃあないですか」

「オリィは意外でも何でもなく料理なんてしないよな」

「わたくしがキッチンに立ったら、まな板もシンクも粉々になりますわよ? それで良いなら、わたくしの愛の手料理を振る舞って差し上げますわぁ」

「遠慮しておこう。俺はお国柄、飯の味にはうるさいんでね」

 ジンが肩をすくめる。オリヴィアは用意された軍用保存食に、嬉しそうに齧り付いていた。

 ベルモンド中尉は過去を懐かしむ。

「そのレーションも、今では随分と味が良くなった物だ。大戦期は本当に酷い出来だった。そのレーションを食うくらいなら強化外装と戦う方がマシだと兵士達は誰もが思ったものさ」

「大戦期は俺の故国ですら美味い飯には欠いたからなぁ。軍のレーションなんて、栄養が摂取できりゃ充分って誰も味の改善なんかしなかったしな」

「……君のような若者が、美味い食事も摂れずに最後を迎えていくのを何人も見送ってきた。その時に思ったものだ、せめて兵士が美味い飯を食えるように戦後は尽力しよう、と」

 ベルモンド中尉がオリヴィアと同じ軍用保存食を手に取る。開封してひと齧りし、じっくりと味わって飲み込んだ。

「今でもやはり美味いとは言い難い。このレーションの改良には、南インド会社のテイラー殿も深く関わっている。彼女の力が無ければ、コレはまだ酷い味のままだった可能性はかなり高い」

「——何でもやってるな、あの企業は」

「ああ。彼女は言動こそ過激で強引だが、間違いなく愛国者だ。——それは疑いようがない。女王陛下への忠誠心など、下手をしたら私を上回るだろう。だが、彼女の思想が危ういのも事実だ。コロニー間での戦争は、何よりも避けねばならん」

「……それは、兵士達のためですの?」

「そうでもあるし、それだけでもない。兵士の命は確かに大事だ。無意味に死なせかねない戦争などあり得ない。だが、それと同じくらいに世界のためだ。大戦によって世界人口は激減した。この仮初かつ張りぼての平和は、おびただしい数の死者の上に成り立っている。これ以上人が少なくなれば、人類という文化圏の存続すら危うくなってしまう」

「また大きな話を持ってきたな。それを言うなら、こんな場所でスパイ紛いの活動も避けるべきじゃねえのか?」

「……耳が痛いな。だが、第二コロニーの一員として、テロ行為を黙認する訳にもいかない。軍人として任務には納得している」

「宮仕は辛いですわねぇ。まぁ、わたくし達も今は同じ主に雇われている身ですもの。任務はきちんと果たしますから、ご安心くださいませ」

 オリヴィアが軍用保存食を食べ切ってしまうと、行儀悪く指を舐めた。

 ジンは肩をすくめてベルモンド中尉に宣言する。

「金の分はきっちり働く——それが俺達だ。雇い主に思うところがあっても、それは絶対だ」

「……信用している」

 ベルモンド中尉は頷いた。

 彼は二人が食事と休息を取るの見ると、自身は立ち上がって扉に向かう。

 扉を半分開いたところで、振り返って二人に告げた。

「私は君達が休んでいる間に、少し情報収集を行う。君達は基本的には待機で構わない。私が戻るまではあまり派手に動かないでくれ」

「あいよ。……遅くなるのか?」

 手を振るジンに、少し考えた様子でベルモンド中尉は顎に手を当てた。

「その予定はないが……ここは敵地で予想外の事態は起こり得る。もし私が戻らない場合は、二日後の会談には二人が独自で向かってくれ。——場所は把握しているな?」

「第六セントラルホテルの五〇八号室ですわねぇ」

「そうだ。君達の端末でも本国との通信が繋がるはずだ。何かあればそちらへの連絡も併用してくれ」

「了解、余計なお世話だが気をつけろよ。このコロニーの現状、あまりに平穏すぎて逆に不審だ」

「わかっている。そちらもくれぐれも頼むぞ」

 ベルモンド中尉が踵を返す。

 クソ真面目で無表情な男が拠点から遠ざかっていく気配をジンとオリヴィアは感じていた。


 ベルモンド中尉は拠点から離れて数時間、西側区域の中央部で情報収集に勤めていた。

 集まった情報は決して多くない。けれども断片的な内容を繋ぎ合わせていく内に、無視できない懸念事項が浮かび上がってきていた。

 この第六コロニーが東西で分断されているのは周知の事実だ。だがここ最近になってその分断は更に深まり、今にも暴動が起きかねない程に住民に不満が積もっていた。

 現在の首相ミヒャエル・ギーツェンは有能な政治家だ。だが強引なやり口で名を知られている面もある、評価の難しい人物だ。

 ミヒャエル・ギーツェンは圧倒的に西側の人間だ。西洋の文化と価値観を強く望み、それを公言して政治家として立っている。より富を、より高きを——そうした政治において、彼の西側区域からの支持は圧倒的だ。だが反対に東側区域に対しては弾圧と取られてもおかしくないような政策を打ち出している。

 弾圧された東側区域の住民は叫んでいた——西洋かぶれ共をぶちのめせ。労働者に主権を、と。

 直接的に今回の任務に影響あるかはともかく、予期せぬ障害になり得るのは間違いなかった。通常であれば、こういった事態の最中はコロニーへの入出は禁じられる。だというのに、何ら問題なく滞在できてしまっている現状が底知れぬ不気味さを感じさせている。

 中尉は集めた情報を伝えるべく、ジンとオリヴィアが待つ拠点へ足を向ける。どこからともなく湧き上がった焦燥感が彼の足を突き動かしていた。

 油断はなかった。

 だから、これは防ぎようのなかったのかもしれない。

 外周部に差し掛かる、人が少なくなってくるエリアで、ベルモンド中尉は複数の人間に囲まれていた。

 その数、およそ二十。

 若者、中年、老人、男も女もいる。いずれも手に何らかの狂器を携えていた。ナイフ、包丁、鉄パイプ、金属バット——どれも戦場で使用する代物ではないが、一人の男を囲んで威嚇するには充分だった。

 振り返って包囲を抜け出そうと試みるも、既に背後も完全に塞がれている。ベルモンド中尉は舌打ちした。

 そして——

 暗闇からがしゃり、がしゃりと音がする。金属が擦れ合うような、どこかで聞いた事のある音だ。

 だから、それが建物の影から現れた時、ベルモンド中尉に驚きはなかった。

 強化外装。

 個人が扱える最強の兵器が、生身のベルモンド中尉の前に立ちはだかっていた。

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