第28話

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 第六コロニーは、他に無い特徴を備えた特殊な構造をしている。

 通常は上層、下層でコロニーは階層化されているが、これは本来の意味合いとしては一次産業関連と居住区を分離する事で、不要な汚染等を避ける為の物だ。

 だが第六コロニーに関しては上層も下層もなく、一層構造だ。代わりにあるのが、コロニー中央付近に北から南へ区域を東西に分割するように存在する『壁』である。

 高さ五メートル程の金属壁で、決して完全に分断するような物ではない。各所に通行用のゲートも設けてある。特に許可制などにもなっておらず、出入りも自由だ。

 しかし、この壁の存在は住民の意識に多大な影響を与えていた。

 壁の西側は上流階級や旧西側諸国に近しい人々が住まい、壁の東側は労働者階級が多く旧東側諸国と関係が深い。

 彼らは思想を異にしており、頻繁に対立問題を引き起こす。それはコロニーという新しい共同体の社会問題と化していた。

 過去に内紛になりかねない暴動すら発生し、その場合は軍による鎮圧も少なからずあった。

 そもそも、何故コロニー建造に至って、本来不要な東西分断の壁を設計したのか。

 第三次世界大戦の混乱期に急遽建造された第六コロニーでは、当時の資料が紛失しており、今では詳細は誰にもわからない。

 ただ壁は確かに存在し、かつてこの地に存在したベルリンの壁の名残のように、人々を分断しながら現在も静かに聳え立っている。


「しかし、思ったよりも簡単に入れちまったなぁ」

 予想外に問題が起こらず、ジンが頭を掻く。

 ここまでの行程は実に順調だった。

 依頼を受諾した後、より具体的な詳細を詰める。ベルモンド中尉とバックアップ連携の内容も吟味し、スケジュールを決定。

 その後、第四コロニーから一度第二コロニー空港を経由し、そこからは海路も含めて大陸へ移動。第六コロニーへ辿り着くまで、左程の時間は掛からなかった。

 またコロニーへ入る際もほとんど問題らしい問題は発生せず、今はこうして西側区画の道を歩いている。

 通常、コロニーへの入出というのは手間が掛かるものだ。ジン達のような傭兵稼業であれば尚更で、強化外装含む武器類を持ち込むには多数の事前準備と資格が必要だ。資格はジン達は既存のものがあったが、ベルモンド中尉が伝を回してくれたのも大きいだろう。

「ここまでスムーズですと、逆に不安になりますわねぇ。ここ最近はジンが動く度に鉄火場ばかりでしたもの」

「言うなよ、俺が悪いみたいじゃねえか。こんな善良な傭兵、他の何処にも居ないぞ?」

「傭兵なんて人種が善良だなんて、ジンは面白いですわねぇ」

 ニコニコ笑うオリヴィアに、後ろに控えていたベルモンド中尉が顎に手を当てた。

「しかし、カザキリ殿の言う通り、あまりに順調すぎる。私の予定では、コロニーの滞在許可が降りるまであと半日はかかると思っていた。実際の所がどうかはわからんが、頭の片隅には置いておいた方が良い」

 クソ真面目な中尉が眉一つ動かさずに言う。確かに気になる点は多数あった。

 その代表がオリヴィアの大戦斧だ。今回は布で包んだだけでなく専用のハンガーケースを用意したとはいえ、あのいかにも凶悪な武器といった物が容易く持ち込み許可が出たのは若干の不信感がある。ジンの刀にしろ、明確な武器類というのはコロニー側は慎重になる物だ。

 あの手の武器というのは、傭兵のライセンスは大前提で、それでなお数日は検品と尋問の末に許可が降りるものだった。

 だから傭兵は強化外装以外は現地で武器を調達する事も多い。ジンやオリヴィアのように、一品物でもなければ手間がかかるだけなのだ。

「まぁ、あまり気にしすぎても仕方ありませんですわよ。いずれどこかしらで問題は起きるでしょうし、それまでは気楽に参りましょう」

 お気楽気分のオリヴィアが、馬鹿でかいハンガーケースを背負って言う。彼女にとっては、大事な戦斧を持って来れたのだから文句があるはずがなかった。


「まずは予定通り、確認済の内容から進めた方がいいだろう。カザキリ殿、スミス殿、内容は覚えているか」

「まずはこちらの協力者と打ち合わせだったな」

「そうだ。彼は第二コロニーと随分長い間やり取りがある重要な情報源の一人だ。時に政治や軍の情報について、こちらの調査機関を上回る速度で情報を伝えてくれる。完全に信用できる訳ではないが、今回の件でも何か知っている可能性は充分ある」

「おお、怖い。スパイって奴か」

「いや、彼は第二の人間ではなく、純粋な協力者だ。基本的には第六の利益を重視している。だが、一部の大きな問題にぶち当たった時に、武力による解決を避けるように情報を流しているようだ。その事から政府あるいは軍部の人間であると予想されている」

「何ですの、まるで知らない間柄みたいじゃありませんの」

「会った事はないからな。名前もおそらく偽名だろう。……匿名と名乗っていたからな」

「また胡散臭い奴がいたもんだな」

「そう言わないでくれ。世界の主要人口がコロニーという閉鎖空間に閉じ籠ってから、情報の入手する難易度は戦前を遥かに超えた。僅かでも重要な情報をやり取りできる相手は貴重だ。伝わってくる情報に変わりはないからな」

 ベルモンド中尉は、軍としても頭が痛い所である情報の大切さを痛感していた。

 今回の件でもそうだが、情報は軍事においても政治においても非常に価値が高い。情報で遅れを取れば身動きすら取れないのが現代社会だ。その中で敵地に等しいコロニーで諜報活動を支援するのは死と隣り合わせと言っても過言ではない。常に緊張感が身体の奥底にあった。

「しかし、元々予定していた日程よりも二日早い到着だ。おそらく相手方も準備が整っていないだろう。今日明日はひとまず軽い行動に留めて、本格的に動くのは協力者との話し合い後、状況次第になるだろうな」

「なら、今はとっとと拠点に行くか。あんたらの方で当てがあるんだろう?」

 ジンが中尉を促す。オリヴィアもジンの隣で、場所の案内を待っている。

 ベルモンド中尉は軽く頷くと、拠点へ二人を連れて行かんと歩を進めた。

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