第14話

▪️▪️▪️

 敵の逃走経路の追跡は、イーサンがニコラ社として動いていた。

 既に敵二機は第一コロニーから脱出している。ジン達は一旦イーサンの元へ帰投し、次の情報が入るのを待ち望んでいた。

 人工衛星を利用したシステムは、大戦前から各企業の開発する技術のひとつだ。当然、ニコラ社も力を入れている分野で、今回の追跡にも存分に活用されている。今も軍用車輌で北に向かう敵を遙か上空から監視を続けている。

 大した技術だとジンは見ていたが、イーサンに言わせるとそこまでのものではないようだ。

「所詮、外部と隔絶されたコロニーの内部を知る事はできん。今回のように極稀な案件でしか役に立たんさ」

 それでも衛星開発を進めるのは、この分野が様々な技術の最先端になり得るからだ。それそのものが直接利益にならずとも、他分野へ波及する技術が革新をもたらす。

 ジン達が使う端末や通信、そして強化外装の補助システムなども、そうした開発の果てに生まれてきた物だ。

 イーサンは部下に敵機監視を継続させながら、オリヴィアが確保した廃倉庫のデータを分析する。モニタに浮かび上がる情報を睨みつつ、イーサンは眉を顰めて言う。

「あの廃倉庫は、ニコラが一次産業に手をつけた時にアメリカ軍から買い取った物だ。向こうがどういう意図だったかは分からんが、軍の施設がある事自体は不自然ではない」

「何かの情報で見た覚えがあるな。ニコラの黎明期ってやつか」

「そうだ。当時は大戦が激化し、庶民の食料事情は危うかった。核以外は何でも使われ、数多の土壌が汚染された。軍はそれどころじゃなかっただろうし、ならば我々民間がやろうと立ち上がった。それがニコラにとって大きな一歩になるとは思ってもいなかったがな」

「へえ、割と意外だな。アメリカさんはもう少し余裕があったものだと思っていた」

 とある元軍人の資料に目を通していたジンは、ここで初めてイーサンに顔を向けて片眉を上げた。

 イーサンは苦笑する。

「そうであれば第一コロニーはこのフロリダではなくニューヨーク辺りに建造されていただろうさ。未だに政府高官の中には、このような田舎の地に引き篭もっていて良いはずがない、などと寝言をほざく者がいる。あの時、何も出来なかったというのに」

「…………」

「いずれにしても、廃倉庫は元は建造中のコロニーで軍が管理していた施設を俺が直接交渉をした。近隣の一次産業も引き受けてな。だが、その時からもう始まっていたのかもしれないな」

 イーサンは無表情に告げる。けれども歯は砕けんばかりに噛み締められ、手は血が滲む程きつく握られていた。

 解析が終了し、モニタに結果が映る。記されていたのは軍が開発中のとある強化外装システムについてだった。

「これは……」

「あらあら……」

 それは古い開発記録だった。

 強化外装の補助システムをより最適化するための研究だ。理想的な運用を予め組み込み、機械化した人工筋肉に直接フィードバックさせる。これにより極限までエネルギーロスを省き、結果として強化外装を効率的に運用できる——

 見覚えのあるシステムだった。

「これだけで判断するのはまだ早い。物的証拠がなければ意味はない。だが、これで試作機の盗難は是が非でも見逃せなくなった」

 イーサンが告げるのに、ジンとオリヴィアは頷く。


 追跡モニタでは荒野を行く軍用車輌が集落に差し掛かっていた。

 コロニーからあぶれた者達が、肺を病みながらも集い住まう場所だ。コロニー外周のスラムと異なり、そこには資源も何もない。このような集落は大戦後から各国に点在し、コロニーから派生した新たな社会問題となっていた。

 コロニーに住める人数には限界がある。それは紛れもない事実だ。無理にコロニー人口を増やせば、コロニー内の供給が間に合わずに崩壊する。資源は限られており、全ての人々を救う事は出来ない。とは言え、実際にこうして目にすれば、やるせない思いを抱いておかしくない光景だった。

「敵、止まりました」

 追跡スタッフがイーサンへ報告する。

「モニタ出します」

 集落から更に少し北上した地点。

 既に放棄された大戦前の都市だった。人気のない廃高層ビルとひび割れた舗装道路が、長く人が住んでいないのを示している。

 かつてスポーツの祭典で世界的に名を上げた過去もある一大都市の残骸。

 ジョージア州アトランタ。


 高速艇が廃都市の舗装路を滑走路替わりに着陸し、開かれたハッチから二人の男女が降り立つ。

 一人は完全武装の白騎士、もう一人は生身の軽装の男だった。

 白騎士は身の丈よりも巨大な戦斧を左肩に担ぎ、軽装の男は長い布包を片手に気怠げに周囲を見回している。

 二人を降ろした高速艇は、パイロットが操縦席越しに合図を送ると一時離脱していった。流線的なフォルムで灰色の空を切り裂いて遠ざかっていく。事が済んだら再度回収してもらう予定だ。その姿をゆっくりと見送りながら、白騎士——武装したオリヴィアが問い掛ける。

『本当によろしかったんですの? 強化外装はもう一度お貸しいただけるとのお話でしたけれど』

 軽装の男、ジンは煩わしげに空いた右手を振った。

「前回で懲りた。ニコラの外装が悪い訳じゃねえが、俺が求める性能と反りが合わなすぎる。またぶっ壊して気まずい思いをするのがオチだ」

『そうは言いましても、相手にもまだ二機残っていましてよ。不意を打たれた場合などに生存率に関わりますわよ』

『敵機はお前に任せる。俺は離れて野暮用を片付ける』

『野暮用……? ああ、そうでしたわね』

 オリヴィアは首を傾げるが、すぐに合点がいったのか頷いた。

『できれば半分残しておいてくださいまし。速攻で終わらせてわたくしも行きますわ』

『間に合えばな。生憎、強化外装じゃなければ鉛玉一発で人間は死ぬ』

 ジンは告げると、街の中心とは反対方向に踵を返す。それをオリヴィアは笑顔で見送ると、己の仕事を果たすために正反対へ向かった。

 街並みを楽しみながら、オリヴィアは征く。大分崩壊が始まってしまっているが、この都市特有の建造物が目を楽しませる。現代建築とモダニズムが融合したこの都市は、人が住めるのであれば今も独特な雰囲気で賑わっていたに違いない。

 しかし、大戦で灰色に染まった空は、この瞬間も有害物質を含んだ死の風となって、建物の間を細々と吹き抜けていく。

 無人の街は人間が栄華を誇った時代からの凋落を感じさせるものだった。


 戦いの前とは思えないしんみりとした空気を味わいながらも、オリヴィアは止まらない。

 この放棄された都市の良き景色はあくまで前座だ。それだけでメインディッシュなのであれば、わざわざこんな場所にまでオリヴィアはやって来ない。闘争という本命の昂りはこの後すぐにやってくる。それこそが彼女の大好物だ。

 舌舐めずりしながら目的地へと進む。毎度ジンはいい顔をしないが、こればかりはどうしようもないオリヴィアの性であった。

 そして目的地に辿り着いた。

 都市がまだアトランタとして機能していた際の中心地だ。

 ここまで敵の奇襲はなし。高層ビルなどの遮蔽物に満ちた都市部の地形だというのに、仕掛けてくる気配そのものがなかった。たった二機というのもあるだろうが、それ以上に困惑している印象を受ける。

 だが、そんな思考も全てどうでも良いものだとオリヴィアは切り捨てた。

 敵が何を思おうとも、オリヴィアはただ踏み潰すのみ。もし彼女が止まるとするならば——それは、敵が全て死んだ時か、あるいは彼が止めた時だけだ。

 広場の中心に到達すると、オリヴィアは無防備に立つ。

 目を閉じ、堂々と待つ。この後に及んでオリヴィアが小賢しく策を仕掛ける必要はない。たった二機をねじ伏せるのには、この大戦斧がひとつあれば良い。

 戦斧を地に突き立てて待つ事数分。オリヴィアを挟み込むように前後から敵機が現れた。

『……驚いたな。まさかここまであからさまに待たれるとは。我々は君にとって脅威ではないという事か』

『あら、それを自覚できたのは素晴らしいと思いますわよ、元米軍機械化大隊所属、アレックス・アンダーソン少佐』

 現れた隊長機——アンダーソン少佐に対して、オリヴィアは朗らかに回答する。名乗っていないはずの名を知られていても、アンダーソン少佐は動じない。顔は若干強張っていたが、強化外装のバイザーが隠してオリヴィアには気付かれなかった。

 そんなアンダーソン少佐に興味があるのかないのか、オリヴィアは独り言のように話を続ける。

『調べるのはイーサン・ウィリアムズの力を持ってしてもかなり苦労されていましたわ。あの廃倉庫での戦闘記録から分析できた事実——軍事訓練を受けており、強化外装を存分に扱え、かつ集団の統率が可能——そんな人物像が浮かび上がったものの、そのような条件が当てはまるものは膨大でしたわ』

『……では、何故私がアンダーソンだと?』

『決まり手はジンですわねぇ。貴方、わたくしのジンと手合わせしたのでしょう? 彼は古今東西あらゆる武を見極めるプロですわ。貴方は米軍式のマーシャルアーツの中でも特殊な強化外装が前提の武術を学んでいますわね。そこから辿った時、貴方の影が浮かんできましたわ』

 オリヴィアは可笑しそうに笑う。

『わからないのは、何故貴方が? という部分。貴方の従軍時期の評価は非常に高い。米国に忠実で優秀な兵士であり、指揮官であったと記録にも残っておりましたわ。——貴方、国から寝返ってテロリストになりましたの?』

『……我々は誰かに尻尾を振ったつもりはない』

『……へえ』

 苦々しげに告げるアンダーソン少佐に、オリヴィアは口の端を吊り上げた。思わず漏れてしまった一言なのだろうが、それで充分だった。

 最早この連中に用はない。後はいつも通りに斧の餌食にするだけだ。

 オリヴィアは大戦斧を引き抜き、左片手で一振りする。足元まで旋風が起こり、いよいよ暴力的な気配を強めた。

 アンダーソン少佐の元まで風が吹き届く。ひりつく緊張感に顔を顰めながら、僚機に通信を繋いだ。

『決して油断するな。この女は化物だ』

『——了解。南極と拠点で散った仲間の仇を取りましょう、少佐』

 オリヴィアは優雅に嘲笑う。

『さぁ、踊り狂いましょう? せいぜいわたくしを楽しませてくださいませ』

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