第15話
それは戦闘開始から十秒も経たない時間だった。
挟撃の位置取りでオリヴィアに襲いかかった敵二機の内、彼女の戦闘を実際に目で見たのはアンダーソン少佐だけだ。そのため僚機の着用者は白騎士の驚異度の認識を誤っており、それが彼の命運を断った。
新型システムを活かして背後から突撃した敵僚機は、間違いなく通常の強化外装のパワーを凌駕していた。
最適化された人工筋肉が自動で駆動し、着用者の技量に寄る事なく最高の一撃を繰り出す。戦鎚が走り、白騎士を打ち砕く——そのはずだった。
『避けろぉぉぉッ!?』
アンダーソン少佐の叫びが通信で届く。しかし反応できない。彼が認識できたのはそれが最後だった。
白騎士が背後に向けて信じ難い速度で戦斧を振るう。敵僚機はそれが何かもわからないまま閃光に喰らいつかれ、瞬きすらできずに飲み込まれた。
爆発に等しい衝撃音が周囲に響く。敵僚機の強化外装は、文字通り粉々に四散していた。
砕け散った破片と血煙が舞う。白騎士の装甲が真っ赤に染まっていく。衝撃から逃れて唯一原型を留めた両足がぼとぼとと落下するのを見て、オリヴィアは久方振りに振るう己の全力に酔いしれた。
『——まずは一匹』
息を吐く暇もなく唯一の仲間を失ったアンダーソン少佐は、その破壊力に呆然とする。この女の脅威度は確かに南極で確認していた。相方の男のような技量はないが、信じ難いパワーで圧倒する重武装タイプだ。だがここまでの戦闘力は完全に想定外だった。
信頼していた最後の部下がこの世から吹き飛ばされた怒りがアンダーソン少佐を支配する。オリヴィアはそれを見て、空いた右手で手招きして挑発した。
言葉を交わさずとも伝わる嘲笑に、アンダーソン少佐は鉈剣を片手にオリヴィアに突っ込む。背部スラスターを点火し、姿勢制御はシステムに任せて、一撃を叩き込む事に全神経を集中した。
大戦を潜り抜けた歴戦の猛者が、たった一人の女を殺すために全力を超えて挑む。だが、だからこそ自らに迫る危機を感じた——己の育てた信頼する部下とは異なり、気付く事が出来た。
全身が総毛立つ殺気がアンダーソン少佐を貫く。あまりのドス黒い気配に思わず突撃を中止する——それは南極と同じ光景だった。
脚部スラスターを逆噴射し、機体に急停止をかける。そこに白騎士が放つ光の嵐が吹き荒んだ。全てを薙ぎ払い消し飛ばす閃光の暴風がアンダーソン少佐を襲う。なり振り構わず横に飛び、アンダーソン少佐は少しでも衝撃を和らげる。
それでも嵐に巻き込まれたボールのように真横に吹き飛ばされ、一〇〇メートル程先の地面に受け身も取れずに転がった。システムが起動し機体が強制的に跳ね起き体勢が整えられる。冷や汗がどっと溢れて、アンダーソン少佐の肝を縮まらせた。
激怒の中で保った一粒の冷静さが彼を救っていた。
ゆっくりと近付いて来る白騎士に疑問を投げかける。
『……何故』
アンダーソン少佐の脳裏を疑問が埋め尽くしていた。
今の白騎士は南極で対面した時よりも更にパワーもスピードも上昇していた。それも誤差の範囲を遥かに飛び抜けた埒外の差だ。機体のチューンナップなどのレベルではなく、全く別人の如き違いがあった。
その僅かに漏れた声を聞き取ったオリヴィアが楽しそうに告げた。
『何故って? それは、今まで手加減をしていたからですわ』
『……そんなはずはない。そんなはずがあっていい訳がない。今のお前の機体の性能は人間が操作できるレベルを軽く超越している。そのようなパワーを引き出せば、着用者は無事では済まない。私が使うこの新型などよりも膨大な負荷がお前に掛かる。筋肉は断裂し関節は脱臼し、お前自身の人体が破壊される。そのような性能が出せるはずがないのだ』
唇を噛み締めるアンダーソン少佐に、オリヴィアは全てを受け入れる。両腕を大きく開き、戦斧を扇ぎながら嗤う。
『それがどう致しましたの? 目の前で起きている現実を理解した方がよろしいですわよ?』
『……南極大陸と拠点での交戦からお前の戦力分析は済んでいる。機械化した左腕に桁の違う出力を持たせ、それを利用して巨大な武器を操っている』
『……それで?』
『機械化義手が出せる出力を考えれば、今のお前の力が長続きする訳がない。いずれ負荷の掛かり過ぎでオーバーロードを起こし機能停止する。手加減などと言うのはブラフだ』
己に言い聞かせるように鉈剣を水平に白騎士に向ける。斜に構えて視認面積を減らし、少しでも初動を見えづらくすると、呼吸を整えてオリヴィアを待ち構える。
冷静に捌けばアンダーソン少佐の勝利は揺るがない。そう確信して守りに意識を傾ける。時間さえ稼げば良いのだ、決して難しい事ではないはずだ。
精神を統一し己の武を研ぎ澄ませる。機体の制御システムも起動し、全ての手札で勝負する。
それを見たオリヴィアは楽しそうに唇を歪ませた。
オリヴィアの力を知って尚、正面から立ち向かう敵は久方ぶりだった。
かつてオリヴィアと真正面から相対した男がいる。その愛する男の顔を思い浮かべると、今でも至福に口が綻ぶ。凶笑とはまた別の蕩けた表情だが、バイザーを介するアンダーソン少佐には認識できなかった。
『ジンはわたくしを存分に楽しませてくれましたわぁ。貴方は何をわたくしにもたらしてくれるのでしょう?』
見の姿勢で動かないアンダーソン少佐に、白騎士が突貫した。
アンダーソン少佐が異常を悟ったのは、守勢に入ってからおよそ十分後の事だった。
白騎士は敢えてなのか、大振りな攻撃を繰り返している。力任せの大雑把な一撃で、振り払うか打ち下ろすかの二つに一つしかない稚拙なものだ。それですら受ける事は叶わず、ひたすらに避けるのをアンダーソン少佐は強要されていた。
新型システムが幾度となく作動し、迫る戦斧から逃れる回避法を強制駆動される。その度に自身の身体の筋繊維と関節にダメージが蓄積していくのを、歯を食いしばって耐える。耐えていれば活路が開けるのだ。
だがそれを嘲笑うように、白騎士の振るう大戦斧は、徐々に勢いを増していく。そんな馬鹿なと叫びたくなるのを必死に堪えた。白騎士が振った斧の回数は軽く三桁を超える。だというのに期待した義手の限界は未だ訪れず、それどころか更に力が増加していた。
最早強化外装どころか現代兵器の出し得る力ではない。そんな攻撃を白騎士は左腕一本で軽々と繰り出し続ける。
風前の灯という奴だ——アンダーソン少佐はそう確信する。義体の崩壊が起きれば形勢は逆転すると信じて攻撃を回避する。
たった一度のミスも許されない死の舞踏にアンダーソン少佐の精神がすり減っていった。あまりの圧力に耐えかね、一度大きく飛び退がって距離を取った。
白騎士は息一つ切らしていない。——そんな馬鹿な事がはずがある訳がない。あり得ない。強化外装としては軽装の己が、あの身の丈よりも巨大な大戦斧を振り回す女よりも体力が先に尽きるはずがない。鍛え抜かれた軍人である自分が、このような傭兵の女に劣るはずがない。
大戦斧を担いだ白騎士がゆっくりと距離を詰めて来る。今この瞬間に戦場を支配しているのは白騎士だった。
『そんなはずがないッ!』
最後の切り札を切る。機体の格納に左手を突っ込み、そこから一本の注射プラグを取り出した。身体能力強化薬——ブースター剤だ。
貴重な残り一本を装甲の隙間から首筋に当てる。それを白騎士は何をするでもなく掌を差し出した。
『どうぞ、お好きになさいませ。後悔のありませんように』
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