第16話
敵の新型と白騎士が熾烈な戦闘を繰り広げる中、ジンはひとつの高層ビルに目星をつけると警戒を続けながら侵入していった。
このビルは周囲と比べてもかなり高い建築で、屋上付近まで登ればおそらく街の中心まで見渡せる。また非常用電源が生きていたのか、昇降機も使用可能だった。いくつかの条件を組み合わせて鑑みた時、このビルが最適と言えた。
ジンは昇降機に罠が仕掛けられていないのを調べると、迷わず最上階のボタンを押した。最初にドアが少しだけ軋んだ音を立てたが、動き始めてからは順調に上に登っていく。
ジンは布包から刀を完全に取り出した。鞘を腰に差すと、包みの布は昇降機に捨てていく。更に懐から旧式の大型拳銃を取り出すと、最上階への到着を待つ。
ちん、と気の抜ける電子音が鳴りドアが開く。待ち伏せはないようだった。ジンは昇降機から降りると周囲を確認した。
寂れてしまったオフィスだった。もちろん人は居らず、乱れた机や備品が長く放置されているのを示している。
ジンはふと屈み込むと、足元の床を確認する。埃に塗れたフロアの一角に複数の足跡があった。ここ最近のものだ。
視線を巡らせ、あるはずの物を探す。足跡の先を辿っていくと、屋上への扉が続いていた。
ジンは目を細めると、つかつかと扉へ歩み寄る。そして何の躊躇いもなく、大きな音を立てて扉を開け放った。
「……おや、これはこれは。お久しぶりですねぇ、ジンさん」
屋上設備とその陰に隠れる様に着地している回転翼機。そしてそれらの前に見覚えのある男が立っていた。
きっかりと着込んだビジネススーツに、表情を隠す真っ黒いサングラス。妙に軽い口調が胡散臭さを倍増している。片手には双眼鏡を持ち、ぶらぶらとぶら下げるように弄んでいた。
自称第一コロニーのエージェント、ジョン・ドゥがそこにいた。
「このような場所でどうしましたか、ジンさん? 何か御用でもありました?」
にこやかに問い掛けるジョン・ドゥは万人に共通した印象を与える。
薄っぺらくて、軽薄で、信用ならない。
白々しく問うジョン・ドゥにジンは問答無用で拳銃を突き付ける。
「それはこっちの台詞だ。第一の犬が何でこんな場所にいやがるんだ?」
拳銃片手に詰問するジンにジョン・ドゥは両手を上げた。
「おやおや、物騒ですねぇ。何かお気に触るような事でもありましたか?」
「強いて言うならお前の存在自体が感に触る」
「これは手厳しい!」
額をぺしりと叩いて笑うジョン・ドゥに、ジンは誤魔化されない。
引鉄に指をかけ、一瞬たりとも気を抜かない。
「……大方の予想はつくが、それでもだ。もう一度聞く。ここで、何をしていた? 答えず死ぬか、答えて死ぬか、お前に許すのは二つに一つだ」
「私、どっちにしろ死んでません!?」
驚きの仕草でジョン・ドゥが笑う。銃口を向けられてもまるで動じておらず、道化のような振る舞いでジンをますます苛立たせる。
答える気がないと判断し、ジンは拳銃を懐に仕舞った。おや、とジョン・ドゥが首を傾げる。ジンは怠そうな目つきで独り言のように話し始めた。
「この場所、この高さ、そして双眼鏡。お前、生産した実験機のデータを取っていたな? 今だけでなく、南極も、廃倉庫でも」
ジンは鯉口を切った。滑らかでかつ自然な動作で。そして空いた右手で柄を握り締める。
「どういう経緯でそうなったかは知らねえし知るつもりもないが、考えれば考える程おかしいんだよ。たまたま軍の施設を売り払い、たまたま軍が研究していた物に似た実験機を製造し、たまたまそれが盗まれ、たまたま各地で戦闘を繰り返す。偶然と言い張るには面の皮が厚過ぎる」
そのまま目を閉じるとゆっくりと抜刀していく。ほんの少し鞘走りの音が聞こえる。
「どこからがお前の仕業なのかは興味がない。だが随分と気長な計画を立てたもんだとある意味感心したよ」
怪しく光る刀身が露わになる。そして、刀身の中程から勢いをつけて抜き放った。
無形の位で刀を下げ、ジンはジョン・ドゥを問い詰める。
「第一は、自分達が開発した非人道的兵器の情報を企業に流し、送り込んだスタッフに開発させた。そしてそれを内部から奪い元軍人に運用させ、企業間で争いを起こし実戦データを収集した。……そういう事だろ?」
ジョン・ドゥは頷かず、言葉も発しない。
相変わらず胡散臭い笑顔でサングラス越しにジンを見ていた。
待っていてくれるのであれば話は早い。アンダーソン少佐は既に決断していた。
首筋からブースター剤を注入する。途端に視界がクリアになり、集中力が増大するのが意識できる。全能感が心身を満たし、目の前の敵を屠れと囁くのをアンダーソン少佐は抵抗なく受け入れた。
白騎士はその間、仕掛ける気配すら見せずにアンダーソン少佐を眺めていた。
舐め切っているのか、それとも何か考えがあるのか。
殺す——荒れた息を整えながらアンダーソン少佐は決意する。部下を殺し、己を馬鹿にし、舐め腐った態度を取り続けるこの女を殺す。
しかし意識は昂らせても行動は冷静さを忘れない。ブースター剤を使用したと言えど、この女の見せた力に対抗出来るかは怪しい。だから戦略は変えずに、義手の故障を狙う。戦斧さえ無ければ互角以上に戦えるだろう。
『準備は終わりましたかしら? では参りますわよぉ』
言うなり白騎士が突撃してきた。何度受けても鳥肌が立つプレッシャーに、しかし今度は怯えずに受けて立つ。
先程まで死に物狂いで回避した閃光が、今はブースター剤のおかげで微かだが見切れるようになっている。機体の制御システムが作動し回避に移るのをアンダーソン少佐自身もサポートし、鼻先三寸で閃光を回避した。
見える。見えている。
興奮が疲労を上回り、アンダーソン少佐の脳がアドレナリンで覚醒する。回避するのが精一杯だった時から、今は戦斧の刃筋が朧げながらまるでスローモーションのように見えている。
ひとつひとつの破壊的攻撃を見極めて最小限の動きで躱していく。機体の制御システムと、極めて強化された動体視力と集中力が、アンダーソン少佐を達人の域まで押し上げていた。
だから、極限状態でありながら一つの事に気付いた。気付いてしまった。
白騎士が戦斧を握る左腕——通常よりも巨大な装甲に守られたその義腕が、一撃を放った後にほんの僅かに隙が出来る事に。
やはり敵は負荷に耐え切れなくなっている——アンダーソン少佐は確信を更に強める。と同時に、一つの迷いも生じた。
ブースター剤が効いている今であれば、その隙を突く事が出来るのではないか。
部下を殺し、己を嘲笑い、暴れに暴れている白騎士に一矢報いられるかもしれない。今ならそれができる。
そういう思いが甘露となって目の前に落ちてきた。
だから動いた。動いてしまった。
一際大振りの一撃を紙一重で回避する。そして僅かな隙を晒した白騎士の左腕に渾身の鉈剣を叩き込んだ。
がきん、と金属音が響く。鉈剣は確かに左腕に命中していた。しかし結果はアンダーソン少佐の望むものではなかった。
信じ難い硬度な装甲にしっかりと守られた白騎士の左腕は、鉈剣が当たってもヒビ一つ入っていなかった。
若干体勢を崩すのに成功はした模様だが、命懸けの成果としては無に等しい。ミスだった——やはりこちらから仕掛けるべきではなかった。アンダーソン少佐の頭に反省と後悔が浮かぶ。だがまだ挽回可能だ。幸い体勢を崩した事で戦斧もすぐには振るえないはずだ。その間に再度距離を取り、持久戦に持ち直す。
そう考え、前面スラスターを点火しバックステップしながら白騎士を見据えた。
そして、見た。
バイザー越しにでもわかるくらいに、オリヴィアが碧瞳を見開き、歯を剥き出しにして凶笑を浮かべていた。
いつの間にか、大戦斧は左の義手から右手に持ち替えられている。
アンダーソン少佐は動けない。既にバックステップで両足は宙にある。機体のシステムでも今更の対処は不可能だった。
加速している視界の中で白騎士が戦斧を振りかぶる。所々が赤く染まったその姿は、真っ白いのにまるで死神のようだった。
『汝の旅路に——』
アンダーソン少佐を疑問が支配する。
こいつ、まさか、まさか本当に……!?
『光アレ』
そして、これまでとは比べ物にならない本当の閃光が走り、アンダーソン少佐を襲った。
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