第17話

 軽薄な笑顔を浮かべるジョン・ドゥ。

 面倒臭そうなジンとしばらく睨み合いが続いたが、遠方から甲高い金属音がここまで響いてきたのにジョン・ドゥが眉を上げて反応した。

「……いいんですか? なんか凄い音鳴ってますけど」

 問い掛けをジンは無視する。コイツのペースに付き合うのは無駄だと悟っていた。今はただ質問に答えるのか答えないのかだけを、ジンは待っている。

 そんな様子にジョン・ドゥも付き合わずに、話したい事だけを話し始めた。

「そりゃ、心配いらないですかね。なんせ相方のあの人、元第八の聖騎士所属だったらしいじゃないですか。泣く子も黙る第八の聖騎士って言ったら、大戦中はそりゃもう凄かったらしいですからねぇ」

 サングラスの奥の目はジンには見えない。中身のない薄っぺらさに拍車が掛かる物言いでジョン・ドゥは独白する。

「私もこんな仕事してますから、ウチの軍人以外ともそこそこ交流あるんですけどね、皆さん仰るんですよ。第八と、特に聖騎士とは関わりたくないって。なんでも神のために命すら投げ捨てる狂信者だって、歴戦の兵士さんが怯えてましたよ。ありゃ酷い目に遭ったんでしょうねえ」

 ジョン・ドゥは空気を読まない。ジンが望む事は決して話さず、ジンが求めていない事ばかりを話す。

 それは生来の性なのか、この場においての彼の処世術なのか。ジンにはわからない。

「あの人、オリヴィアさん。相当名高い聖騎士だったみたいですねえ。吹き荒ぶ悪魔(ライジングデーモン)って呼ばれてたらしいんですけど知ってました? 私も当時の記録を見てみたらすんごい戦績が並んでて笑っちゃいましたよ」

 ジョン・ドゥは止まらない。相手が聞いているかなど関係がない。彼は話したい事だけを話し、話したくない事は決して話さない。

 しかし、だから次の独白に回答が来るとは思っていなかった。

「ジンさん、あんな方を相棒にしてるなんて本当に凄いですよ。ゾッコンじゃないですかあの人、もう。あんな人物をどうやってモノにしたんですか?」

「……した」

 話しながらパイロットに目配りすると、回転翼機のメインローターが回り始める。その音のせいでジョン・ドゥは聞き逃した。

「何ですって? もう一度伺っても?」

 大きくなりつつある回転音に、ジョン・ドゥが声を張り上げる。

 その様子にジンは唇の端を吊り上げて笑った。

「左腕を斬り落としたっつったんだよ、阿呆」

 凶悪な笑みに、思わずジョン・ドゥが硬直する。逃走経路も確保済みな状況で、ある意味相手をおちょくっていた彼に取って、予想外の暴力の気配だった。

 回転翼機の爆音が鳴り響く中、ジンがするするとジョン・ドゥの元に接近する。純粋な戦闘要員ではないジョン・ドゥにとって、それは致命的なものだと気付けなかった。

 高層ビルの屋上に白閃が輝く。

 ジョン・ドゥは反射的に右腕で身体を庇ったが、何の手応えもなく光が通り過ぎた。

 刀を振るったジンの姿がジョン・ドゥの黒いサングラスを通した視界に焼き付く。そして右腕が手にした双眼鏡ごと身体から切り離された。

 バチバチとスパークしながら、がしゃりと落ちるジョン・ドゥの腕を見て、ジンは毒突く。

「義腕……いや、サイボーグか」

 機械化されたジョン・ドゥの右腕に、ほんの一瞬ジンが気取られる。その刹那を逃さずジョン・ドゥは合図すると、飛び立つ回転翼機のスキッドに、残った左腕でしがみついた。

 にわかに回転翼機が上昇し、あっという間にジンの刀の射程外になる。それを確認したジョン・ドゥは、心臓が高鳴るのを隠しながらジンに大笑いする。

「あっはっはっはっは! 貴方は本当に凄い人だ! 傭兵なんて勿体無いくらいですよ!」

「……うるせえ、性に合ってるんだ」

 ぼやくジンは拳銃を取り出すか迷ったが、結局は取り止めた。

 そんなジンにジョン・ドゥは高度から、

「是非次回もまたお願いします! 報酬は弾みますよ!」

「……テメェからの依頼は割増だ、馬鹿野郎」

「あっは! 本当に良いですよジンさん! これでも依頼を受けないと言わないのが貴方が一流の証拠だ! またお会いしましょう!」

「失せろ。二度と面を見せるな」

 ジョン・ドゥが叫ぶなり、回転翼機は一気に加速する。あっという間に灰色の空の彼方へ消えていった。

 ジンは舌打ちを一つ。

 どれほどのクソ野郎であったとしても、金を払うのであれば客だ。

 最も、次回は依頼を受ける前にぶち殺す可能性は高いが。

「まぁ、半分残しとくって言ったからな。一応次はオリィに任せるか」

 屋上に残ったのはジンと斬り落とした機械化腕だけだ。

 溜め息を吐くと、ジンはゆっくりと相棒の戦う戦場へ向かった。


「本当に。誰も彼も、どうしてわたくしが言ってもいない事を勝手に信じてしまうのでしょうかしらねぇ」

 強化外装の兜ごとバイザーを脱ぎ去ると、オリヴィアの見事な波打つ金髪が解放されてたなびく。顔に張り付く髪を払い、頬に右手を当てて首を傾げた。

 オリヴィアの左手は言わずと知れた無骨な機械化義手だ。出力は軍用の物と比べても非常に高く、高度な戦闘にも耐え得る品だ。何よりこの腕は愛する男によってもたらされた、オリヴィアにとって祝福である。

 しかし、だからと言って、生身で出せる力が義手に劣るとは一言も言っていないのだ。

 なのに、何故どいつもこいつも勝手にオリヴィアの力が義手ありきだと勘違いしてしまうのか。オリヴィアは不思議でならない。

 挙句、張ってもいない罠に勝手に掛かって自滅されては、闘争の楽しみ様がないではないか。ただでさえ基地施設の破損防止や機体の回収依頼で手加減続きだったというのに。

「……いいですわ。それまではまあまあ楽しめましたし」

 オリヴィアはアンダーソン少佐の残骸を見下ろす。

 綺麗に首から上が無くなった強化外装が、大の字になって倒れている。首から上はもうこの世の何処にも存在しない。廃都市アトランタの広場に、噴水のように赤い血を撒き散らしていたが、それももう終わった。


 殲滅対象二。いずれも死亡。

 オリヴィアはんーっと背を伸ばす。傍に突き刺した戦斧に手を掛けると、引き抜いて肩に担ぐ。

 広場の入り口に目をやれば、ジンがやる気無さそうに手を振っていた。

「……派手にやったな」

「まあまあですわ。ジンの方は如何でしたの?」

「逃げられた」

「珍しいですわね、貴方が仕損じるなんて。体調は問題ありませんの?」

「次はお前がやれ、オリィ。あのクソ野郎を生かして帰すな」

 苦虫を噛み潰したような顔をするジンの額に手を当てる。とりあえず熱はなさそうだった。

 ジンはオリヴィアの手を煩わしげに振り払うが、オリヴィアは特に気にしない。身体を重ねる関係になっても彼がシャイなのはいつもの事だし、それでも彼といる幸福が優っていた。

 しばらくの間、二人は無言で過ごす。寄り添うオリヴィアの血に濡れた外装にジンは一瞬嫌がったが、諦めて肩を並べる。

 顔を上げれば高速艇が廃都市に舞い戻ってきていた。

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