第18話
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ジン達を乗せた高速艇がニコラ社の管理する第一コロニー空港に着陸した時、イーサン本人がロビーで待ち構えていた。
ジンが挨拶替わりに手を挙げる。オリヴィアは二人分の巨大な包みと運搬ケースを横に滑らせて、イーサンの前で立ち止まった。ハァイ、と気軽に声を交わす。一日も経たない前に人間二人分の惨劇を作り上げた人物とはとても思えない明るさだ。
「で、ここまでわざわざ来たというのは、何か疑問があるって事か?」
イーサンが何とも言えない表情で出迎えるのを見て、気付いたジンがこちらから問い掛ける。
状況報告は既に機内で移動中に送信している。後は内容の承諾と事実確認が済めば晴れて成功報酬の受け取りとなる。それをここまで会いに来たというのは、必然的に何かあるという事だ。
「……そうか。やはり第一コロニーの上層自体が元凶の可能性が高い、か。いや帰投したばかりに済まない。念の為、直接話を聞いておいた方が良い内容だったのでね」
「いや、構わない。流石に緊急性も高いだろうしな。……回収できた機体の残骸はどうした?」
「厳重に封印処置をして管理中だ。今の状況ではそのまま破棄する訳にもいかんからな」
「十中八九、データは解析されただろうからな。一応十機とも何らかの形で対処はできたが、本格的に問題化するのはこれからだろうな」
「そうですわねぇ。確証がないだけで、状況証拠から言って第一政府が何らかの影響を与えていたでしょうからねぇ。でなければジョン・ドゥが動いていた意味がわかりませんもの」
「……全く、頭が痛いとしか言えん」
空港の設備の一室を借り受けて、ジンとオリヴィアは改めてイーサンに依頼完遂を伝えていた。
実際のところ、イーサンは困り果てていた。この世界でコロニーと明確に敵対すれば、その先は闇だ。
ニコラは巨大企業といっても、その資本の大部分は第一コロニーに根付いている。複数のコロニーに跨って大規模に活動するGAFANとの最大の違いだ。その所属するコロニーの軍部に狙われているとすれば、社が抱える危険性は跳ね上がってしまう。
「俺はやり方を間違えたのだろうか」
イーサンは呟く。それは答えを求めてのものではなかったが、ジンは肩を竦めて返した。
「さあな。あくまで金で戦う傭兵に過ぎない俺達に、アンタの理念も企業の在り方も管轄外だ」
事もなげにジンは告げる。オリヴィアは用意された紅茶で口を湿らせた。
「それでも、貴方が良きと思った事を続けてきたのでしょう?」
「……そうだ。俺は軍部と敵対するかもしれないとわかった今でも、この第一コロニーの在り方を変えたいと思っている」
「であれば、やる事は決まっているのではなくて? 市場を健全化するのでしょう?」
発破をかけるという程ではないが、多少上向きな発言をする。オリヴィアはイーサン・ウィリアムズという男がそれなりに気に入っていた。依頼内容は明確で、金払いも良く、オリヴィアに無駄に色目を使わない。特に傭兵に対してイーブンな姿勢は、ジョン・ドゥとは大違いだった。
イーサンは手を組んで頭を垂れていたが、しばらくすると顔を上げた。そこには出会った当初と同じ、自身に満ち溢れた経営者が蘇っていた。
「重ね重ね済まないな。俺は生まれ故郷のここが少しでも健全に発展すればと思い続けてきた。それは何が起きても変わらないという簡単な事実を忘れるところだった」
「まぁ、そう悲観的な話ばかりじゃない。上層と政府が最終的に何を企んでたかは知らんが、単に一企業を潰すだけならもっと違う方法があったはずだ。場合によってニコラが敵対しなくとも済む可能性は充分ある」
「——というより、ニコラと揉めすぎないために退役軍人を使ったのかもしれないですわ。それなら言い訳が効きますものねぇ」
「ああ。こちらとしてもなるべく穏便に済むに越した事はない。無理に対立するくらいなら、弱味を握ってより大きな取引を引き出すさ。無論、こちらの犠牲者分の報復はさせてもらうがね」
イーサンが頷く。そこには天才経営者としての覚悟が滲んでいた。
「それで、君達は今後はどうするつもりなんだ?」
口座に振り込まれた成功報酬を端末で確認するジンとオリヴィアに、イーサンが声を掛けた。
「どうと言われてもな。これまで通り、傭兵として依頼を受けるだけだ」
「そうですわねぇ。特に何もないですわよねぇ」
あっけらかんと告げる二人に、イーサンは驚く。仮にもニコラの依頼の元といえコロニーに楯突いたかもしれないというのに、全くもって普段通りだった。
「君達はGAFANからも不況を買っているのだろう? コロニー上層からも目をつけられて平気なのか?」
「やる事は変わらねえさ、いつもな」
ジンは端末を見ながら手を横に振る。緊張の欠片も見られない仕草だった。
「まぁ、面倒な事になりそうなのは確かだからな。しばらく第一関連の依頼は避けるつもりだ。報酬もたんまり頂いた事だし、俺達は明日にでもここを離れるさ。コイツのメンテも必要だしな」
ポンと己の武装が収納された格納ケースを叩く。
オリヴィアはそんなジンを熱心に眺める。イーサンは恐る恐る口にした。
「もし君達が望むなら、ウチの警備担当として雇ってもいいんだが——」
「ああ、悪いが柄じゃないんでな。俺も、オリィも」
迷う気配も見せずに、ジンはソファから立ち上がる。振り返ってイーサンに皮肉気に笑った。
「なに、生きてりゃまた会う事もあるだろう。そんときゃ、また報酬を期待してるさ」
踵を返して、部屋から立ち去るジン。
オリヴィアもそれに続いて投げキッスを一つ飛ばすと、巨大な荷物を持って去っていく。
イーサンはそんな二人の背中を、何も言えずに見送った。
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