第19話

▪️▪️▪️

 第七コロニー上層、大統領府クレムリン。その一室である執務室にて。

 部屋には中央正面に大きな執務机が置かれており、そこには一人の男が不機嫌そうな気配を隠さずに黙って座っている。

 背後には執務補佐官と、軍人と思しき男が姿勢を正して立つ。更に正面に展開したモニタには、ある人物との通信が映像付きで映し出されていた。

『いやぁ、まぁ事の次第はこんなところでして。参った参った』

 モニタに映った男は、何とも形容しきれない男だった。

 きっかりと着込んだビジネススーツと、それに似合わぬ真っ黒いサングラスで表情を隠している。緊張感のある空気をまるで意に介さない、道化のような振る舞いと軽薄な口調がやたらと薄っぺらい印象を与える。

 言わずと知れたジョン・ドゥ——自称第一コロニー所属のエージェントだ。

「ほう……面白い事を言う。つまり貴様らは、我が第七コロニーの企業であるルスケアルージュ製強化外装を輸送中に偶然にもテロリストに奪われ、南極で使用されたというのだな?」

 不機嫌な男が唇を歪めて詰問する。眉間には皺が寄り、こめかみには血管が浮き出そうなくらいの怒りを抱えながら、ジョン・ドゥを睨み付けている。

 ウラジーミル・ポルフィリーリエヴィチ・トルストイ。秀でた額に鷲の様な顔付きをした鋭い気配のこの男こそが、第七コロニー政府のトップ、トルストイ大統領その人である。

 トルストイは執務机の上で手を組み、獲物を狙う猛禽類の如き眼でモニタに映る交渉役と言葉を交わす。

『はい、左様ですねぇ。私と致しましても大変遺憾でありますが、購入した機体をそちらから輸送する際にテロリストから襲撃を受けておりまして。送信データに記載した通りです、はい』

 全く申し訳なく思っていない様にしか見えないジョン・ドゥが頭を下げて、形だけの謝罪をする。それに背後に控えていた軍人が、耐え切れないとばかりに怒声を上げた。

「戯言を申すな、この詐欺師紛いが! こちらの調べでも襲撃犯は貴様ら第一の元軍人だったと調べはついているのだ! それをこの期に及んで知らぬ存ぜぬと言うか!?」

『そうは申されましても、我々第一政府も退役者を逐一監視などはしておりませんものでして、はい』

「そのような事を言っているのではない! よりによって貴様らが盗まれた機体が南極で襲撃に使われているのだ! それもGAFANとニコラ、そして第二管轄の採掘基地でな! お陰で我がコロニーとルスケアルージュは謂れのない嫌疑をかけられているのだぞ!? どう責任を取ると言うのだ!」

『責任と言われましても、あくまでテロリストと第一政府に関係はありませんし、不幸な事故としか……』

 軍人の男が罵声を浴びせる。しかしジョン・ドゥはのらりくらりと言葉を発し、決して何かを認める言質は取れなかった。

「——不愉快だな」

 トルストイ大統領が組んでいた手を離し、席から立ち上がって告げた。

「貴様らにルスケアルージュが機体を販売するのは我が第七コロニー政府が仲介したものだ。新型機でないと言え、それを元コロニー所属の軍人に易々と盗難され悪用されておいて、不幸な事故で済ませようとはな」

 コツコツと靴を鳴らして執務机の前に回る。その間、一瞬たりともモニタから視線は外さず、鷲の眼でジョン・ドゥを睨み続ける。

「その様な稚拙な言い訳を積み重ねるのであれば、第七コロニー政府としても考えがある。我々は謂れなき非難に泣き寝入りするつもりはない。貴様が調査を打ち切り、第七コロニーに南極基地襲撃の責の一端を負わすと言うのであれば、こちらは独自に動かせてもらう事になるぞ」

 脅しかけるようにトルストイが言う。

 実際、このまま非難を受け入れるのは第七コロニーの指針として有り得ない。企業が他へ強化外装など兵器類を販売するのは問題ない。交易が利益に結びついていく事を知らぬ程トルストイは無能ではなく、その相手が祖国の地を焼いた憎き西側連中だとしても受け入れよう。第七には力が必要だ。だからこそ企業を育てるためにも政府として仲介した。

 だが、その結果が第七コロニーに不利益を生じさせるのであれば話は別だ。売った物を盗まれたのであれば、本来は売った側に責はない。豪胆で知られるトルストイとしても、この非難に対して手を打たずに許容するのは受け入れ難かった。

「だいたい、貴様が機体購入を持ち掛けてきてから言っていたではないか。輸送等は全て第一コロニーが請け負う、とな。そしてその通りに機体を引き渡し、その後に盗まれたのであればそれは貴様の怠慢に他あるまい」

『仰る事はごもっとも。我々としましてもそこを誤魔化すつもりはありません。襲撃を受けた三基地に対しては順次説明責任を果たしていく次第です、はい。しかし、人の口に戸は立てられらぬと言うものでして、噂話からひとつひとつ否定をするのはやはり難しいものです』

「あくまでこの状況に第一の責任はないと言うか。噂話で済むならばまだ良いが、第七政府とルスケアルージュ社には実際に襲撃を受けた三基地から非難声明が届いているのだぞ。テロリストに与するな、とな」

『そちらに関しては誠に申し訳なく思う次第です。各方面には緊急性を高めて取り組んでいく所存であります、はい』

「……もう、よい。貴様の中身のない言葉は聞き飽きた」

 ぺこぺこと薄っぺらい謝罪をするジョン・ドゥにトルストイは見切りを付けた。モニタ越しに見下す威圧感を発しながら、ジョン・ドゥに無情に告げる。

「話にならぬ。既に起きている状況に対処する気がないのが知れたわ。我ら第七コロニーとルスケアルージュは、南極の襲撃事件に関しては独自に調査に当たらせてもらう。その結果、貴様ら第一コロニーの住民に害が及ぼうとも一切を考慮しない。我らに敵対した者は全てこちらの裁量で処分する。……文句は言わせぬぞ」

『そのような事を申されましても、私の裁量権を越える内容でありますので、この場では何とも——』

 ジョン・ドゥは軽薄に頭を下げ続けていたが、トルストイは問答無用で執務補佐官に合図を送る。それを読み取った執務補佐官は素早くモニタの操作を行なう。投影されていたモニタは、ジョン・ドゥの頭を映しながらプツリと切れた。

 通信終了——詐欺師紛いの姿が消え去り、執務室に苛立ちと沈黙が訪れた。

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