第20話

「……いやはや、困った事になりましたな」

「言うな、大佐。タイミングが悪すぎた」

 通信が切断された後、軍人の男——大佐が嘆息した。それにトルストイは苦虫を潰した様な顔で吐き捨てるように言う。

 トルストイはうんざりした様子で執務補佐官に目配せする。彼は頷くと手元の資料を読み上げた。

「国連が崩壊し南極条約が形骸化しているといえ、採掘基地の襲撃事件は各企業とコロニーの大きな関心を寄せています。実際に襲撃に遭った企業と第二コロニーは、我が第七コロニーへ非難声明を発表しています」

「それだけであればまだ良い。実質的な被害は何が発生している?」

「企業、コロニー共に貿易の規模が若干ですが縮小傾向にあり、資源の輸入が赤字化しつつあります。無論、先方としても交易を完全に停止すれば痛手を負いますので、あくまで当面の問題であって、これらは徐々に回復していくかと。一番の問題は軍部の損害です」

「……第二とは今回の件で元より切れる可能性が高かった目算だったな。それは良い。軍部の損害報告は大佐から聞かせて貰おうか」

 トルストイは応接用ソファにどかりと腰を下ろす。じとりとした目付きで大佐に視線を送ると、退がる執務補佐官と入れ替わりに前に出て大佐は頷いた。

「はっ。まず南極での損害ですが、第二所属の採掘基地を襲撃させた連隊が三人を残して全滅。また生還した三人の強化外装も中破しており、使用には長期間メンテナンスが必要です。実質的にこの連隊は今後機能せず、解散して他部隊へ再編成するしかないでしょう。また、テロリストを探らせていた二個小隊もやはり全滅。これはテロリストに敗北したものと見られています」

「……頭が痛いな。第二の採掘基地に仕掛けるタイミングが他のテロリスト襲撃と重なってしまったのは不幸な事故としか言い様がない。だが、何の戦果も出せていないとは我が軍はそれ程までに軟弱な集いだったか?」

「はい、閣下。いいえ、無論度重なる作戦の失敗に関しては謝罪の言葉もありません。が、作戦に従事した者は我が第七コロニーの精鋭であり、私自身が教育した者も含まれます。それがあの失態を演じたのは、現地での問題発生によるものと分析が出ております」

「具体的に言え」

「はっ。まず連隊が仕掛ける時期についてですが、判断基準は第一との交易——強化外装の引き渡し時にもたらされた情報からです。こちらとしては万一でも第二以外の勢力へ誤って損害を与えぬようなタイミングを配慮しておりましたが、このスケジュール自体が誘導されていた疑惑があります」

「こちらの戦闘準備を気取られたか」

「はい。第二採掘基地については、我々の準備から襲撃までの短期間で大幅に戦力を増強し、我が部隊を退けるに至っています。只の気分で揃える戦力ではないと報告書から把握しております」

「第二に情報を流されたという事だな」

「ジョン・ドゥはあの様な言動ですが、油断ならぬ人物です。裏で糸を引いていて、我らに泥を被せた可能性は高いかと」

 大佐は目を閉じる。太い眉を顰めて話を続けた。

「また、状況確認として後詰で送り込んだ二個小隊ですが、こちらはテロリストを発見時に戦闘になり殺害されています。これに関しては調査中にほぼ偶発的に起きた戦闘であり、強化外装を持たぬ状況で殱滅されています」

「流石に仮想敵国のコロニー内で、強化外装を堂々と使用は出来んか」

「はい。装備を秘密裏に送り込む手配は整えておりましたが、急転する現場の状況に間に合わなかった点については猛省するばかりです」

 大佐が静かに頭を下げる。それを見たトルストイは、深く深く息を吐いた。

「——本来、南極における作戦行動は、大戦中に大地を汚染し奪われた我ら第七コロニー……いや、祖国ロシアの資源を取り戻すためのものだったな。そのためにわざわざ国籍不明の装備を揃え、極寒の地で兵士を動員し襲撃するに至った。だが、蓋を開けてみれば資源の奪取どころか忠実な兵士と装備を失い、各企業とコロニーから非難を受けるハメとなった。物証すら何も得られず、テロリストの意図も不明、挙句第一政府には舐められる始末だ。それを只の不運と偶然で片付けてしまってよいと思うか」

「我ら軍部の不徳の致すところです」

「良いと言った。だが、このままで済ませられないのはわかるな」

 トルストイが問い掛けるのに、大佐も執務補佐官も深く頷く。


 大佐に替わって再度執務補佐官が前に出る。新たな資料をモニタに投影しトルストイに掲示した。

「何だこれは……人物履歴? 傭兵かこれは……?」

「はい。二個小隊が全滅する前に上げてきた調査報告を基に、更に気になる人物をピックアップし、詳細を探った物です」

 モニタには、とある男と女の経歴が映し出されている。

 一人は東洋人の気怠げな目付きの男、一人は西洋人の美貌の女だ。

 執務補佐官は続ける。

「彼らは先の南極襲撃事件ではGAFAN社の資源採掘基地で護衛依頼を。その後はニコラ社と繋がり、件のテロリストと数度戦闘を行なっております」

「何だ、こいつらの経歴は……。元第五所属の自衛軍二等陸尉に、第八の元聖騎士だと……? 何でこんな連中が傭兵なんぞやっている」

「さて、経緯に至っては不明ですが、腕が立つのは事実でしょう。彼らはこの事件の中心に常に存在しており、ジョン・ドゥとも複数回接触しております。通常であれば巻き込まれた者と判断するでしょうが、そのような事態で生き残れる事が常識から外れています。ニコラからも多額の報酬を得ており、口封じが含まれていると見られます」

「この連中であれば、テロが第一の策謀であった物証を持っていると?」

「可能性は低いでしょうが、糸口は掴むきっかけになり得るでしょう。彼らの今回の件での成果は異常です。裏で第一と繋がっていないかを探るだけでも、状況は進展すると考えます」

 執務補佐官が軽く頭を下げる。

 トルストイはほんの僅かに思考するも即決した。第七コロニーとして祖国の尊厳を取り戻すためならば、傭兵二人程度に配慮する手間など必要ない。

「手段は問わん。この連中から情報を引き出し、第一と第二に報復するきっかけを得よ。このまま奴らに世界を謳歌させるな」

 トルストイが命令を発する。鷲の目に剣呑さが増し輝いた。


 モニタに映し出される二人の情報を、トルストイは睨む。望んだ狩りを失敗した鷲が、怒りと共に新たな獲物を選定する。

 風切仁。二十五歳。男。元第五コロニー自衛軍二等陸尉。新宮流介者刀法皆伝。大戦時、各戦線での成果膨大。

 オリヴィア・スミス。二十七歳。女。元第八コロニー聖騎士団所属。詳細戦果不明。通称、吹き荒ぶ悪魔。

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