第13話
不意にジンを見守っていた味方機の一機が小銃を構える。また残存戦力が現れたか——銃口の先には、やはり穀倉地帯に潜んでいた新型機が、音を立てて現れた。
『少佐ーッ!?』
見れば、その機体の腕には、先程胸部装甲を砕かれた味方機の小銃が握られていた。付近には武器を奪われた味方機が倒れている。……おそらくとどめを刺されたか。
味方の犠牲に、生き残った者達に動揺が走る。新手の敵機が小銃を乱射し始め、動揺を倍増させた。
味方機も怯え混じりに応戦し、銃弾が飛び交う。本来であれば強化外装同士の銃撃戦に左程意味はない。しかし腰の引けた味方側はたった一機の銃撃に押され始めた。
自分達の成功体験が裏目に出たか。強化外装にとっても銃弾は無力でないと自身達で証明してしまっていた。それが彼らに恐怖をもたらしていた。
情けない悲鳴を上げて味方機が怯み出す。その装甲が銃撃はしっかり防いでいるが、不安に駆られた彼らは陣形を乱し崩れかかっていた。
ジンにも銃弾が届き、舌打ちをしながら刀で打ち払う。壊れかかった強化外装はともかく、愛刀、菊一文字宗隆はこの程度の銃弾では傷一つつかない。ジン自身も危険な銃弾はしっかりと弾いているため負傷はない。けれども、倒れ伏した隊長格の男にはそれで充分だった。
明確に発生したジンの隙に、敵機が機体を跳ね上げてジンを弾き飛ばす。明らかに人を超えた挙動に、ジンは敵機システムの作動を悟った。即座に追おうとするも敵の僚機が援護に入り、小銃を乱射する。
『少佐、お早く!』
『……恩に着る』
システムに強制的に稼動させられた強化外装の人工筋肉がばきばきと断線しながらも、強引に背部スラスターの併用で敵機が加速する。見るからにダメージを負っているのに、不自然なまでに乱れない正確な動きで敵機が遠ざかっていく。これが新型機とシステムの性能だと言わんばかりの加速力だ。
隊長格の敵機は廃倉庫とは真反対に消えていく。すなわち逃走だ。
敵の僚機はやはりベテランなのか、機体不良で満足に動けないジンを見るなり、自らも逃走に入った。天晴れと称賛すべき転身だった。
ジンは追うのを諦め、味方機にも追撃をさせない。あの二機に当てても無駄死にするだけだ——それ程に技量差があった。おそらく最初から二機編成で、後詰めとして控えていたか。
ジンはしばらく二機が消えた先を睨んでいた。
三機を撃破し、一対一の戦闘には勝利したが、二機は逃走。こちらの損害は戦死一。後はオリヴィアがどれだけ仕留めたかであろう。無価値ではないが満足のいくものではなかった。
険しい顔で戦場を見回す。ようやく混乱から立ち直った味方四機が、顔を落として集結する。
『……申し訳ありません。失態をお見せしました』
『いや、いい。むしろ助かった』
『しかし……』
悔しそうなリーダー役に、ジンは頭を横に振った。
『あれは戦場のプロだ。それも俺のような傭兵に近しい、戦を渡り歩いたプロだろう。そんな連中にアンタらはよくやってくれた。損害なしとはいかなかったようだが……』
『覚悟の上です。むしろ我々だけであれ
ば確実に全滅していたでしょう』
リーダー役は己の力不足を痛感していた。歯を食いしばり両手を固く握っている。ジンはそれに気付いていたが、下手に慰めはしなかった。
オリヴィアは破壊された最奥の部屋の壁を見て深く頷いていた。己の大戦斧で破壊された跡を見て、廃倉庫全体で感じていた違和感の正体に気づいたのだ。
破壊された壁の向こうには、狭く細い通路が存在していた。
これまで進んできた道程に繋がっていない、存在しなかったはずの通路だ。建物の規模にしては狭い部屋が多かったように感じていたが、これが理由なのだろう。
おそらくこの倉庫は至る箇所に隠し通路が増設されている。籠城や極秘施設の運用を前提にしたものだ。それはつまり、機体の盗難者達がただの利益目的や愉快犯ではなく、実に計画的に犯行に及んだという事に他ならない。
南極の件も含めて単なるテロリストではない。
オリヴィアは端末を取り出すとジンにコールする。通信可能か微妙だったが、三コール程鳴らすとジンが出た。
『どうした?』
『そちらは如何かしらぁ?』
『三機やって二機逃した。損害は一。そっちはどうだ』
『あら逃したんですの? 珍しいですわねぇ。こちらは三機、全部ぶち殺してありますわよぉ。ひとまず状況は終了ですかしらぁ?』
『機体が損傷しているから無理はしなかった。で、何の用だ』
『実は隠し通路を見つけましたのよ。戦闘がこれ以上ないのであれば、このまま安全確認も含めてわたくしが調べてもよろしいかしら?』
『罠だけじゃなかったってわけか』
『そうですわねぇ、それにこの隠し通路と部屋、少し妙なんですのよ』
『妙、とは?』
促すジンにオリヴィアは壁の向こうに入りながら、言葉を選んで話を続けた。
この倉庫は老朽化で放棄したとイーサンは言っていた。それにしては建物自体は決して古くなく、全体的に補修がされており使用できる状態が保たれていた。
そして倉庫に隠し通路が増設されたのはここ数年の話ではなさそうだった。壁の継ぎ目や設備の具合から見て、おそらく大戦中、コロニー建造時からの物——まだ倉庫をニコラ社が使っていた時期からあったもののようだ。
イーサンはこの事を知っていたのだろうか?
オリヴィアはジンに話しつつ隠し通路を奥に進む。外観からは見えない地下にまで達すると、本当の意味での一番深い部屋に辿り着く。そこにあったのは、所謂研究施設だった。何の研究施設か——それは、強化外装のものだった。
オリヴィアは外装のバイザーを上げて設備を点検する。
巨大な施設だった。
地上の倉庫の面積は遥かに超えている。
強化外装の開発設備に、電力供給用の大型発電機、そして開発した機体のハンガーと試運転場。全てがこの施設内で完結する作りだ。流石に今は機能を停止しているが、オリヴィアはデジャヴに悩まされる。
何処かで見覚えのある設備だった。
その答えは、ジンが知っていた。相棒のジンとはそれぞれの機体情報を端末を通して確認できるように連携している。ジンの端末がアクセスしてきたのを機体のシステムメッセージが告げた。
『機体の視界映像を確認した。……旧米軍が使用していた設備のように見えるな』
『ああ! それでしたわ! そうそう、アメリカ軍と戦闘して、施設を奪ってぶっ壊した時もこれらの機器が置いてありましたわぁ!』
『ろくな思い出じゃあないな』
ジンの呆れた口調が端末から聞こえてくる。オリヴィアは嬉しくなった。どんな声でもジンのものであれば、オリヴィアにとっては崇高な音楽に勝る。
『あの時も民間施設に偽装された軍事研究所でしたわねぇ。アメリカってこういうのが好きなんですの?』
『知らん、俺に聞くな。だいたい秘密施設はお前のいた第八の方がお得意だっただろうが』
『ま、それはそうでしたわねぇ。わたくしはそのように隠れて後ろ暗い事に手を染めるくらいなら前線にいましたから、あまりよく知らないんですのよ』
『このバーサーカーが。今と変わらねえじゃねえか』
『そんなに褒めなくてもよろしいんですのよ。愛してますわ』
『話聞けよ』
オリヴィアはニコニコと満面の笑みを浮かべる。対してジンはますます不機嫌になっていった。
『オリィの言う通り、こんな施設でやる事と言ったら薄暗いものに決まってる。何を開発してたんだか知りたくもねえが、いよいよきな臭くなってきやがったな』
『南極からこちらまで、あのジョン・ドゥに関わってからろくな事態になりませんわねぇ』
『次に会ったら殺す』
『あら、わたくしも殺しますから半分残しておいてくださいませ』
『早い者勝ちだ』
『仲良く半分こにはできませんの?』
軽口を叩き合いながら、オリヴィアは端末にデータを収集する。一通り取り終わった後、ジンには聞こえないように端末と機体通信を通さずに小声で呟く。
「無様ですわねぇ。隠れる羞恥心があるのなら、やらなければ良いものを」
普段とは打って変わった、酷薄な微笑みを浮かべる。
底冷えするような冷たさは、誰も居なくなった研究所に吸い込まれて消えていった。
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