第12話
オリヴィアが敵三機を撃破したのと同時刻。
ジンが強襲を仕掛けてきた敵機に反応できたのは僥倖だった。
廃倉庫を見張るジン達が、倉庫とは正反対に位置する穀倉地帯側で微かな人工筋肉の駆動音を確認できた時、当たり前の事に気付く。
敵機が必ずしも全機倉庫内にいるとは限らない。
おそらく出張っていた者であろう。襲われている拠点を遠巻きに観察していたか。奴は気取られたと判断した瞬間、ジン達に突っ込んできた。
加速的に接近した敵機は手始めとばかりに、すれ違い様に反応の遅れた味方機を全力で打ち付ける。胸部装甲を割り砕かれた味方機が吹き飛んで頭から地面に落ちた。生死不明だ。
続けてジンを視認するなり、対応できない右手側から武器を振りかぶって襲い掛かった。
強敵だとジンは感じた。
動きが速く、迷いがない。動かない右腕も見抜かれている。咄嗟にジンは腰を低く沈めると、その重心の移動を利用して体術で機体を半回転させる。
新宮流介者刀法、周。
周の勢いで刀を振るう。武器と武器が激突し火花が散る。ジンは辛うじて敵機の武器と鍔迫り合いに持ち込んだ。
『……良い腕だ。まさか防がれるとは』
『そいつはどうも。はじめまして、それとも久しぶりと言った方がいいか?』
ジンは軽口を叩きつつ、競り合う敵機を観察する。
先程の敵と同じくニコラ社の新型機。そして見覚えのある機体制御と鉈の如き剣。彼の地で逃走した隊長機を思い出す。
『……もしや南極の』
『やっぱそうか。それにしてもこいつは……』
ぎりぎりと鍔迫り合いで刀と鉈が音を立てる。正直なところ不利な状況にジンは舌打ちをしたくなる。
敵の鉈は身厚で刃渡りが短めの取り回しの良い得物で、ジンの刀はこの至近距離で直接打ち合うには小回りが効きづらい。加えてジンは片腕だ。機体出力も劣っていると来れば、パワーが物を言う競り合いは避けたい。
まぁ、そんな事は許してくれなさそうな相手だ。戦場で弱味を見せている方が悪いのだ。ジンも常々、敵の隙を突くような策で相手を葬ってきている。ある意味プロフェッショナルの証だ。己にはそれを許容しないというのは有り得なかった。
稀に全てを砕く相方のようなイかれた人間が現れる事もなくはないが、例外と言っていい。
『どうした? 敵を前にに考え事か?』
敵の問いかけなジンは答えない。どうせ殺す相手と問答をするのは無意味だ。
一合、二合、三合と近距離で刃を交える。その度に火花が散り、ジンの左腕部の人工筋肉が悲鳴を上げた。
機体のエラーはとうに限界値を超えている。じりじりと押されつつあるジンは、今度は敵にもはっきり聞こえる程に舌打ちした。
味方機も銃口を合わせているものの、誤射を恐れて援護ができない。激しく動き回り打ち合う強化外装の両者に、照準をつけるのは熟練者にも困難だ。
敵はなかなかジンを仕留められないと苛立ったか、更に距離感を縮める。いよいよ刀の刃渡りが向かない間合いに、ジンは多少の無茶が必要になるのを許容した。
横薙ぎに振り払われる鉈を正確に見切りながら、ジンは感心する。
いい腕だ。修練を積み重ね、実践で磨いた現場の剣である。彼らの正体は未だ不明だが、武の者としては目を見張るものがあった。だからこそ付け入る隙がある。ジンは安全策を頭から除外し、本気で相対を決めた。
ジンの雰囲気が変わったのを見て、敵機がより一層攻勢を強めた。どのような事を企んでも、先に打ち倒してしまえば問題がない——そう言いたげな攻め方だった。
ニコラの新型機の能力が稼働する。入力されていた剣技に基づいて、敵機の動作が最適化される。より確実に強化外装を割り砕くための剣線に、ジンは若干目を細める。見覚えのある型に嘆息すると、気怠げに身体から力を抜いた。
打ち合っていた刀先を下げ、だらりと両腕を力無く落とす。
『諦めたか、愚かな……』
機体の限界だったか。
至近距離で無防備になったジンへ、容赦なく敵機が鉈を打ち込む。
会心の一線。敵機の男の生涯でも有数の一太刀が、システムの矯正補助によって生み出される。それによってもたらされる勝利を男は確信した。
しかし、男の確信は裏切られる。鉈が相手に届いたと感じたその時、右腕が明後日の方向へ軌道を変え、視界がぐるりと回転する。
何が起こったのか理解できず、反応が遅れる。新型システムが強引に姿勢を正そうと人工筋肉を稼動させるが、それが男の関節を強く痛めた。激痛が右肘と左膝を貫き、呻き声が漏れる。そこまで代償を払っても新型システムは機体を制御できずに、背中から地面に叩き付けられた。
衝撃に男の視界が明滅し、システムエラーが埋め尽くす。辛うじて鉈は手放さなかったが、復帰まで三十秒はかかる。危機的状況に逆に冷静になった男は、打開策を探りながら大戦中に聞いた話を思い出していた。
曰く、強化外装を前提とした武術が極東、日本で生まれたというものだった。
なんでもその武術を修めた者は生身でも強化外装と渡り合えるようになるらしい。
強化外装とは強力無比な現代兵器だ。着用者に一騎当千の力を与え、装甲は生半可な攻撃を全て無効化する。まさに最強の装備だ。それを生身で打倒するなど夢物語に等しい。
馬鹿馬鹿しいと、その時は仲間で笑い合った。
しかし今は違う。実際にその身で感じた。
確かに強化外装は強力極まりない。一兵士が英雄を容易く殺し得る理不尽極まりない武装だ。だが、着用者はあくまで人間だ。どれだけ装甲を纏おうとも貫通されれば負傷するし、関節は逆に曲がらないし、頭を打ち付けられれば脳震盪を起こす。失血すれば意識を失う。人間は機械ではないのだ。
そんな事実を、もし強化外装越しにでも実現できるとしたら。
その武術の名は確か——
新宮流介者刀法、転。
ジンは呼気を整えながら、仰向けに倒れる敵機に刀を向ける。
不具合と不慣れさのある機体で繰り出すにはリスクの高い技だった。一歩間違えば受け流しを失敗し、逆に己が打ち砕かれる。けれども成功したリターンは絶大だった。成功する自信もあった。
ジンは新型機の特徴である搭載システムを聞いた時、懐疑的だったのだ。
機械的に動作を矯正するというのは一見メリットに見えても、どうしようもない不都合も存在する。
それは動き自体があくまで最適化された一定のものだという事だ。
機械には人間のような揺らぎも不確実さもない。それは技に対応する側にとっても変わらない。一定のタイミングで、必ず同じように動作する。それがわかっていればやりようは山程あった。
特に今回のようにジンの既知の技であれば尚更だ。
ジンは足元の敵機を見る。
バイザー下の敵の目はまだ死んでいない。倒れて関節を痛めても、何かを狙っているのがわかっている。
修練といい、連携といい、ただのテロリストと見なすには異質なこの男を見逃す訳にはいかない。ジンは男の動作に細心の注意を払っていた。
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