第2話

 オメガイリジウムの発見から、戦争の模様は激変した。

 従来の金属よりも圧倒的な硬度を誇り、耐熱、耐蝕、耐爆、耐衝撃性も兼ねた特殊合金、オメガイリジウム。

 合金方法が発見されてから瞬く間に兵器転用される事になり、ひとつの兵器が開発された。

 強化外装−−オメガイリジウム製の装甲と人工筋肉、補助システムを備えた、個人が扱う上で最強の兵器。機関砲程度の銃弾は容易く弾き、人を越えた力を発揮するパワードスーツ。

 強化外装の開発整備が進むにつれ、銃火器は戦場の花形を譲る事となった。強化外装を破壊できるのは砲撃の直撃など事故的な破壊力を持つ要素か、同じ強化外装による原始的な近接戦のみと言われている。

 あまりの戦略的価値故に、オメガイリジウムと強化外装は拮抗状態だった国際状況を突き崩し、第三次世界大戦を引き起こす大きな要因のひとつとなった。


 ジンは一番近い敵機に銃口を向ける。鉄塊の如き戦槌で味方機を粉砕した、ルスケアルージュ製の強化外装を纏った敵機は、バイザーの下でジンを嘲笑う。

 足元には今し方砕かれた基地防衛隊の強化外装。手練だったようだが、現在は潰れ、ひしゃげ、基地の冷たい床に赤い染みを撒き散らしている。

 ジンは冷静なまま、気怠げな表情のまま、無言で引鉄を引いた。

 炸裂音が発し、敵機の右肩を正確に捉える。擦過音−−弾かれる銃弾。その行方がわからないまま、敵機は人工筋肉の機械音を猛然と吐き出して突撃してきた。

 生身では成し得ない速度で迫る敵機を交差するようにジンが飛び、回避する。寸前まで立っていた場所に戦鎚が叩きつけられ、耳障りな音と共に基地の床が陥没、亀裂が入る。振り向き様にもう一射するも、やはり背面装甲に弾かれた。続けて一発、二発、三発、四発と撃ち続けるも結果は変わらず、敵機は傷ひとつなく悠然とジンに向き直った。

 敵機の着用者は明らかに油断し、楽しんでいた。戦場に旧式の武装でしかも生身で出てきた愚か者を、戦の昂りに任せて嬲ろうとしていた。ジンは苦笑しながら空薬莢を捨て、クイックローダーで再装填する。隙だらけな状態だが、手を出してこないなら楽でいい。

 リロードが終わると、待っていたとばかりに戦鎚が振り下ろされる。爆音−−しかし絶望の表情で潰れるはずのジンは既にそこになく、背後へと跳躍していた。

 飛びながら放たれる四連射のクイックドロウ。早送りしたかのような速度で放たれた銃弾は、敵機の右脇の全く同じ箇所に連続で命中する。

 異音と共に衝撃にたたらを踏む敵機。補助システムから発せられる警告表示に、バイザーの下の顔が歪む。その歪んだ顔をジンヘ向ける前に、左膝の関節部分に銃弾が突き刺さった。

 激痛で膝を着く敵機の着用者が驚愕する。ほんの僅かな装甲の隙間の関節部に、一点の狂いもなく銃撃をされたという事が信じられない。何故か補助システムがエラーを起こし、機体そのものが動作困難な状態になっている事が信じられない。

 彼は知らなかった。ルスケアルージュ製の当機は機械式人工筋肉に重きを置いており、絶大なパワーと引き換えに補助システムが脆弱で、特定の衝撃によっては一時的に動作不良になる可能性がある事を。

 ジンはそのまま動かない敵機に近づくと背後に回る。首筋の露わになった関節部に銃口を突っ込むと、身じろぎする敵機に構わず引鉄を引いた。

 発砲。敵機のバイザーが内側から赤く染まった。

 湿った音を立てて動かなくなる敵機を横目に、未だ続く戦闘の死角に退避する。

 リロードしながら舌打ちをひとつ。

「やれなくはないが、あまりにリスクが高すぎる。一機はやったし、後は援護だけでも構わねえか?」

 溜息を吐く。戦場を見ると、徐々に味方機が敵機を撃破しつつある。指揮官機も落ち着いて防衛をこなしている。各員の練度にそこまで差はなかったようだが、数の優位で場を制していた。

 ジンの近くにいた味方機が三機の連携で敵機を追い詰める。忠実に組まれたフォーメーションとフォローが、パワーに勝る敵機を危なげなく仕留めていく。機体性能や着用者の練度に差がないのであれば、物を言うのはやはり数だ。同じような光景がそこかしこで起こり、敵の強化外装はニコラ社製と思われる機体三機を残してほぼ全滅しかかっていた。

 ジンは先程思考の奥に沈めた疑問を再度浮上させる。コイツらの目的は何だ?

 所属すら不明の統一されていない装備。数に勝る相手への無謀な襲撃と突貫。撤退もせず、命を投げ捨てているとしか思えない戦闘。

 資源や施設の強奪目的かと思えば基地の防壁等は豪快に爆破しているし、かと言って怨恨かと言われても戦闘で憎悪をぶつけてきている様子はない。

 何名か捕虜が取れれば、尋問次第で目的は判明するであろうが。

 襲撃前から宿っていた違和感がジンから離れない。と、思考に沈みかけたジンの耳に、指揮官機が周囲の部下に大声が届いた。

「連中を止めろ!」

 見れば、残った敵三機がそれぞれ首筋に注射プラグを突きつけていた。−−ブースター剤だ。


 身体能力が極端にドーピングされた敵機が散開する。急激に能力が変化した敵機に、近くにいた味方機達は対応できない。三機でチームの連携を試みる間もなく、鉈の如き得物で脳天から叩き割られる。当然着用者は即死だろう。強襲にたじろいだ残りのチーム二機に敵機がそのまま襲いかかる。流れるように鉈を胴体に叩き込まれた一機が吹き飛んで基地の防壁に激突し動かなくなる。返す刀で残った一機を肩口から胸に向かって一撃を繰り出し、装甲が歪んだ味方機の着用者がバイザー越しに吐血して倒れ伏す。

 たった一機が瞬く間に味方を三機撃墜。残りの敵二機も同じ様な地獄の光景を遠慮なく作り上げている。想定外の事態だ。

 浮き足立った指揮官機と味方機達を見て、ジンは舌打ちした。戦場は戦意を失った者から容易く崩れる。少しでも援護になればと、ジンに近い敵機に拳銃を三連射するも、斜に構えた鉈に弾かれた。薬剤で強化された脅威的な反応速度だ。

 隙を晒さないよう拳銃を構えたまま慎重に相対する。敵機は鉈を盾替わりに前に向けている。効かないはずの銃弾を決して侮っていない手練だ。

 敵機の背後では、指揮官機が胸部装甲を鉈でぶち抜かれて血反吐を吐いているのが見えるが、眼前の敵が援護を許してくれない。生身のジンでは三機を同時に相手はできない。なんとしても味方機をフォローしたいがさせてもらえない。

 ジンはふと懐かしい気分になる。大戦中の事を思い出していた。

 ゆっくりと息を吸い、吐き出す。吹き込む冷気に下がった気温が真っ白になる。再度息を吸うタイミングに合わせて、敵機が真正面から突っ込んできた。加速スラスター全開−−人間にはあり得ない速度と質量がジンに迫る。

 閃光。

 突如として眩い光がジンと敵機の間に割り込む。光に巻き込まれた敵機は何が起こったのかもわからぬまま、装甲を粉々に砕かれて水平に吹き飛んだ。

「……遅えんだよ」

 ジンは止めていた呼吸を再開する。

 光の跡には、白く分厚い強化外装が立っていた。

 西洋の騎士を思わせるような厚い装甲は、何処もかしこも真っ白に染められている。所々赤が散っているのは、戦闘の名残か。左腕は右腕と比べるとより大きな非対称の装甲を纏っており、非常に珍しい型式だ。その左腕には、身の丈よりも巨大な戦斧が握られている。

『申し訳ありませんわ。細々と時間を取られてしまいましたのよ』

 たった今、敵を粉砕したとは思えない程に柔らかな声が紡がれる。

 オリヴィア・スミス。

 このGAFAN南極採掘基地におけるジンの鬼札である。


『ひとまず、第三ゲートから此処に至るまでの敵は始末してきましたわ』

「こちらはあの所属不明三機がブースター剤を使用したところだ。見ての通り味方機はかなり討ち取られた。指揮官もやられている」

『とりあえず残りの二機を片付けないとなりませんわね』

 握っていた大戦斧を肩に担ぎ直す。強化外装と言えども並の力では持ち上げる事も困難な武器を軽々と扱いながら、オリヴィアは向き直った。仲間を消し飛ばされた敵二機が迷う気配を見せるが、オリヴィアは気にも留めない。

 再び閃光が走る。

『光アレ』

 ブースター剤を用いても反応すら出来なかった敵一機に、大戦斧が振り下ろされた。鼓膜が破れそうな破壊音が吹き荒ぶ。

 純粋なる暴力と化した質量が、敵機を着用者ごと叩き潰した。強化外装は疎か、着用者を含めて原型すら留めていない。

 まるで爆弾の爆心地かのような有様だ。

 沈黙が訪れた。凄惨な事態に生き残っていた味方機すら瞠目する。声も出せない恐怖が戦場となった基地ゲートを支配する。

『ふ、ふふ、……ふふふふふふふ』

 クスクスと白い騎士がバイザー越しに声を漏らす。バイザー下から覗く口元が蕩けそうな微笑みに弧を描いている。歴戦の兵士も怖気立つ気配を発しながら、最後の敵機に戦斧を向けた。

『動きからいって貴方が隊長さんかしら。もう少し楽しませてもらいますわよ』

 笑う。嗤う。嘲笑う。

 心底楽しそうに、可笑しそうに笑うオリヴィアに、ジンが呆れた顔で嘆息する。

 悪い癖だ。いつまで経っても治らない。


 敵の隊長機は、ゆっくりと鉈を上段に構える。人工筋肉の静かな駆動音が聞こえてくる。強化外装の性能任せではない、着用者本人の技量が垣間見える。

 最初に動いたのは敵隊長機だ。速く、しかし滑らかな動きでオリヴィアに突進する。追い払うように左腕一本で戦斧が振り払われるが、敵機はそこに居なかった。戦斧の僅かに間合いの外で急停止している。

 フェイント。

 空を切った戦斧が宙に流れる。敵機と白騎士の視線が交差する。超重武器の欠点だ。どうしても振りにタメが必要で、隙が大きい。

 再加速し、懐に飛び込む。だが、妙な胸騒ぎにほんの少しだけ機体操作が鈍り、結果としてそれが敵機の命を救った。暴風の再来−−過ぎ去った暴風が逆向きに軌道を変えて敵機に襲いかかる。受け止める事など出来はしない。足を止めていた故に事態を感じ取れた敵機は、死に物狂いで地面を這ってやり過ごした。

『あら、外しましたわ』

 感心するようなオリヴィアの声が漏れるが敵隊長機には届かない。後ろに大きく跳躍し、冷や汗を拭う。

 大戦斧は腕力で強引に引き戻されていた。

 常識外の膂力だ。いくら強化外装といえ、着用者はあくまで人間だ。大重量の物体を無理矢理振り回せば、筋肉が断裂してもおかしくはない。

 だが、目の前の白騎士は、呆れるほど巨大な戦斧を棒切れか小枝のように振り回していた。

 一瞬で判断し、撤退を決意する。飛び退った距離から振り返る。鉈をオリヴィアに投げつけて牽制し、オリヴィアがそれを打ち払う。そしてオリヴィアが追撃の姿勢を取る前に、スラスターと人工筋肉を全開にして逃走に入った。

 破壊された第一ゲートに向かう敵機の背を見る白騎士。遅れを取ったオリヴィアは歯を剥き出しにして笑う。逃すつもりはない。戦斧を大きく振り被り、狙いを定める。

 補助システムの軌道予測、逃走経路予測の演算補助を確認しつつも、全身を発条にして大戦斧を投擲した。

 破壊的な竜巻となった戦斧が、逃げる敵機の背後を追う。そして第一ゲートを抜けた所で雪と氷を爆砕しながら戦斧が着弾した。

「……当たったか?」

『いえ、逃げられましたわ。なかなかやり手でしたわね。……追いますの?』

「依頼はあくまで基地防衛だ。友軍機がやられている今、俺達まで離れる訳にはいかないだろう。無理に動いても面倒事に巻き込まれるだけだ」

『……命拾いしましたわねえ』

「敵ながら天晴れな逃げ足だったな」

 後詰めを警戒しながら、基地の損害状況を確認する。

 第一から第三ゲート大破。強化外装大破多数。指揮官含め防衛部隊の戦死者多数。辛うじて採掘施設は防衛したものの、損害は甚大と言えた。

 結局の所、敵襲撃の目的も不明なままだ。

 薄暗い空気が基地を満たす。ジンもオリヴィアも、依頼の残り少ない期間を減少した戦力で防衛するしかないと思うと、口を閉ざすしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る