第3話

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 第一コロニー上層、巨大企業GAFAN本社。コロニーの中でも有数の権力者達が住まう都市層の一角に建設されたこの巨大高層ビルは、築かれてからこれまで一度も外敵の侵入を許していない。極めて強力なセキュリティーサービスに合わせて、各階層が機密レベルによって遮断され、権限を持たない者ではまともに移動する事も困難な程だ。

 そんなGAFAN本社ビルの一室、セキュリティーレベル4の応接室。来客用のソファは身体が沈んでしまいそうになる程に柔らかく、テーブルはこのご時世では貴重な純木製品。準備されたティーセット。壁には華やかな絵画が掛けられ、見る者の目を楽しませてくれる。設置されているいずれの品ひとつ取っても、今回の報酬が吹き飛んでしまう高級品だ。

 何故応接室がここまで高級志向なのか。GAFAN社としての矜持もあるものの、応接室にしては異常に高いセキュリティーレベルがこの部屋の用途を雄弁に物語っている。

 要は他に欠片も漏らせないような話をするための部屋だ。

 そんな一室で、ジンとオリヴィアはある人物と対面していた。

 茶色の髪をアップに束ね、吊り上がった目には視力補正用の眼鏡。きっちりと纏ったスーツ。雰囲気自体が他者に圧力を与える印象の女だ。

「つまり、貴方達は大金で雇われておきながら、採掘基地を守る事も出来なければ敵の正体もわからない、そう言うのね。全く無能もいいところじゃない」

 眼鏡を左手で直しながら、吐き捨てるように告げる。

 エマ・ブラウン。世界に轟くGAFAN社の経営者エドワード・ブラウンの娘にして秘書官。また弱冠二十六歳にして第一コロニー政府の執行委員の肩書も兼任する女傑だ。報告書類の束を抱えながら神経質そうな目付きでジン達を睨み付ける彼女に、ジンは言う。

「ブラウン殿。お言葉ですが、我々はあくまで欠員補充要員であって、防衛の要の部分は貴社と第一コロニー軍の部隊によるものでしょう」

「そんな事は言われずともわかっています。だとしても敵を逃して情報すら取れなかった失態に変わりはありません。まだ動けたはずの貴方達が敵機を見送った事は報告に上がっているのですよ」

 耳障りなキンキンとした声で捲し立てる。ジンは辟易した表情が現れる事がないように細心の注意を払う必要があった。

「あの時、建設基地の防衛部隊は半壊状態でした。指揮官も戦死し、生き残った多数が負傷していた。我々……私の相方であるオリヴィアが逃げる敵を追撃したとして、敵強化外装の再襲撃があればとても対応できたと思いませんが」

 面倒事を避けるため、可能な限り言葉を選ぶ。

「結果として防壁を破壊され敵を逃しはしたものの、採掘設備に関しては何も影響がなかったはずです。御社の南極採掘基地の運営には何も影響はないでしょう。依頼内容は完遂していると我々は判断します」

「そんな事はわかっていると言ったはずですッ!」

 金切り声が応接室に木霊する。表情を歪めて叫ぶエマ・ブラウンに、極力平静にジンは問う。

「では我々にどうせよと仰るのですか。契約の範囲内で対応可能な事であればご教授を願いたい」

「契約主であるこちらに損害が出ているのですよッ」

「戦闘が起これば当然でしょう。防壁に関しては申し訳なく感じている所もありますが、そもそもの起こりは奇襲です。指揮権のない上に二人しかいない傭兵に出来る事は限りがあります。その中で依頼である採掘基地を守りきれるよう最善を尽くしたと自負しております」

「防衛部隊が何人死んだと思っているのですッ!?」

 感情的な話題はジンは苦手だ。隣のオリヴィアも見るも、絵画を眺めながらニコニコと微笑んでいるだけで自ら口を開く気配はない。大きな溜息が出そうになるのを必死で堪える。

「契約内容に防衛部隊の護衛は含まれておりません」

「この地べた擦りがッ!」

 報告書類を投げつけられる。所詮戦闘に関わらない女性の振る舞い程度で負傷する事はないため黙って受け入れる。散らばった書類の中には、ジン達がジョン・ドゥから請け負った依頼の物も存在していた。それをよく見えるように木製テーブルに置き直しながら、ジンは続ける。

「只今の侮辱は聞かなかった事にいたしましょう。護衛依頼の内容についてご意見があるのであれば、まず問い正すべきはジョン・ドゥではないでしょうか。本来御社の護衛依頼は第一コロニー政府へのものだったはずです。かなりの数が戦死しましたが、防衛は第一コロニー軍が主体で請け負っていたものです。それを差し置いて傭兵である我々が責任を負わされる事ではない。あの胡散臭い男がどういった内容で御社へ報告を上げたのかは存じませんが、我々傭兵は契約に基づいて任務を遂行する。そこに異があるのであれば、契約内容を変更いただかなければ傭兵は動きませんよ」

「……ジョン・ドゥは貴方達の後で話をします。今は貴方達の事です」

 鋭い視線でジンを射抜き続けるエマ・ブラウン。ゆっくりとカップを口に当て喉を潤す。その間、一度もジンの顔から視線を切らさない。カップをテーブルに戻すと、低い声で言った。

「ジン・カザキリ。貴方は手を抜いていたのではないのですか」

「……どういった意味でしょうか」

「貴方、強化外装の故障を理由に戦闘に積極的に参加しなかったのでしょう。奇襲に怖気付いて、防衛部隊を盾にして逃げ回っていた疑惑があります」

「私のキルスコアに一機カウントされているのは、御社の部隊からも報告が上がっているはずです。多くはないが戦果は戦果です。強化外装があればまた話は違ったでしょうが、予備機の貸し出しを渋ったのは御社だと記録に残っています」

「だとしても、大戦で元第五の英雄と名声が轟く貴方であれば、もっと戦果を上げられたのではなくて?」

「……私に死ねと?」

 言いながらジンは気づいた。つまり、防衛部隊は死んだのに傭兵如きが生き残っているのが気に入らないのだ、この女は。

「数々の無礼な発言は許しましょう。しかし私の望む結果を出していないのも事実です。貴方は依頼の報酬を減額いたします」

「……これは異な事を。そちらの契約書を見ても、我々が護衛依頼を不足なく完了したのは間違いないでしょう。その上で報酬を減らすとはどういった了見でしょうか。私には理解できません」

 問いかけるジンに、エマ・ブラウンはにたりと笑う。底意地の悪そうな笑みだ。

「我が社は世界最高の巨大総合企業です。経済だけでなく政府にまでその力は及んでいます。私自身、第一コロニー執行委員でもあります。貴方のような木っ端傭兵など、片手間で処理できるのですよ」

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