第4話
ジンは得意げに宣うエマ・ブラウンを見て、それなりにあった礼儀を尽くすのを止めた。その価値がないと判断した。
隣に座るオリヴィアも、相変わらず壁を眺めながら義手の指を静かに握り締めるのみで言葉は発しない。
つくづく厄介事に巻き込まれたものだと大きな吐息を吐き出した。
「……あんた、アホだろ」
突然の暴言にエマ・ブラウンのボルテージが上がる。血管が切れそうな程に顔を赤くして怒鳴り返す。
「愚弄するのですか、私を!」
「そうとしか言えねえだろ、流石に。俺達は契約に基づいて依頼を果たした。であれば、報酬を払うのが義務って奴だ」
「私は契約が果たされたと認めていない!」
「そりゃあんたの曲解、無理筋ってもんだ。事実としてジョン・ドゥが仲介した契約書はここにあり、それによれば俺達には何の瑕疵もない。報告書も上がっている。物的証拠という奴だな。当然、俺達側の書類と照らし合わせれば改竄等は疑いもない。戦闘に関しては生き残りの連中の証言もある。この状況で権力を振り翳せばなんとかなると思っているのは気が知れねえよ」
「…………ッ!」
鬼のような−−鬼そのものの怒りの表情でエマ・ブラウンは激怒する。そんな彼女を傍目に、呆れた目付きでジンは首を振る。怒りを覚えているのは彼女だけではないのだ。
「大体、この依頼はさっき言った通り一応は第一コロニーのエージェントという肩書で結ばれたものだ。その依頼を反故にするという事は、コロニーの顔に泥を塗る行為だぞ? そんな事態になれば第一コロニー側も黙っちゃいない。いくらデカかろうが一企業がコロニーと対立するのか?」
「私は当コロニーの執行委員ですッ! この程度の案件であれば自身の裁量権があるのです!」
「なら尚更問題だ。たかだか一執行委員の権限で契約を反故にしようとしてるんだからな。しかも企業と堂々と癒着していると来たもんだ」
「金の亡者が……!」
「あんたに言われたくねえよ」
ジンが嘲笑する。
睨み合う両者。怒りを滲ませる女と呆れた顔で嗤う男−−しばらく無言の時間が続いたが、ふと思い出したかのようにジンが告げる。
「そういや、採掘基地を襲撃したのはルスケアルージュとニコラの製造と思われる強化外装だったが、あんたは報告書は読んだのか」
「……急に何ですか。確認していますが、それがどうしましたか」
「ニコラと言えばあんたらのライバル企業だろ。それにルスケアは第七に拠点を置いてる企業だ。外装の企業だけで判断はできないが、あんたらGAFANは異なる別の勢力から狙われている可能性があるな」
「その件については鋭意調査中です。しかし今話している件とは無関係です」
「いや何、多方から狙われている可能性を考慮するなら、ここで傭兵を敵に回すような真似を軽々しくとってもあんたは許されるのか?」
ジンは問う。
「コロニーに関わる契約すら守らずイチャモンつけてくるような企業に、傭兵が不信感を持つのは当然だろう? あんたんとこの企業が今後傭兵を一切活用しないとでも言うのか、この時代で」
「…………」
「金のために奪い、守り、そして殺すのが傭兵だ。金を払わない奴に用はないんだよ、俺達もな」
吐き捨てるように告げる。ジンは無性に煙草が吸いたくなったが、高級化した嗜好品は一介の傭兵には手が出ない代物だった。
ぎりぎりと歯を食いしばるエマ・ブラウン。手持ち無沙汰になったジンは、用意されていたカップに口をつける。冷め切っていたが美味だった。
これ以上は無意味か。最近は溜息ばかり吐いているジンだが、今回は流石に堪えていた。極寒の地での生身の戦闘と、現在の意味のないやり取り。その上で大した理由もないのに殺気に晒され続けている。オリヴィアも優雅にティータイムを気取っているが、この状況には気づいている。
だから、エマ・ブラウンが壁に掛けられた絵画に小さく目線を移したのを見ても、オリヴィアが反応するのを特段止めなかった。
凄まじい勢いで、オリヴィアの義手が木製テーブルに叩きつけられる。高級品が見る影もなく粉々に砕け散り、カップは床に吹き飛んだ。
突然の凶行にエマ・ブラウンが固まりたじろぐ。直接的な暴力に晒される事に慣れていない反応だ。ジンは立ち上がると、撒き散らされたテーブルの破片を足元に落とした。オリヴィアもそれに次いで立ち上がる。今し方の破壊を生み出した張本人とは思えない程に平然としていた。
「いい腕だ。大企業ともなれば、薄暗い人員もレベルが高い」
音ひとつ立たない、絵画の掛かった壁を見てジンは感心した。どんな職業であっても一流の職業者の業には敬意を払うべきだ。
しかしこのままエマ・ブラウンに付き合って地獄へ参礼するつもりは毛頭ない。彼女が態度を変えないのであれば、こちらも然るべき対応に入るだけだ。
破壊されたテーブルに竦んだエマ・ブラウンが、ソファから落ちそうになりそうな体勢で、目を伏せたまま辛うじて聞こえるように呟く。初めて体感する圧倒的な暴力の気配に声が震えていた。
「……指定口座に契約書の金額を振り込むわ」
「そいつは重畳。オリィ、そこまでにしておけ」
ニコニコと壁を凝視するオリヴィアに声を掛ける。契約が果たされるのであれば何も問題はない。わざわざ無意味な力を振るう程、ジン達は暴力主義者ではない。
エマ・ブラウンが端末操作するのを確認し、ジンも自身の端末で口座に振り込まれた金額を確認した。
一礼し、応接室の扉に向かう。横にオリヴィアが続く。その背中に、未だ体勢を崩したままのエマ・ブラウンが恨めしそうな声を投げる。
「……後悔するわよ」
「そいつはどうも。またのご依頼をお待ちしていますよ」
金を払うのであれば客だ。ジン達を害そうとしなければ。
自動扉が閉まる。内側から何かがぶつけられるような音がしたが、ジンもオリヴィアも気にしなかった。
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