第7話

▪️▪️▪️

 第一コロニー周辺外部。

 コロニーとは限られた居住施設だ。大気汚染や外敵に備えるためにシェルター化された巨大建築物であり、内部では生産や政治、経済活動も含めて行われている。人間が住める数には限りがあるのだ。そこからあぶれてしまう者が存在するのは必然であり、そんな彼らが住まうのが周辺外部だ。

 あくまでコロニーの外であるため、大気汚染の影響を受けて肺病などを患いやすい。治安も悪く健全とは言い難い。しかしコロニーからのお零れがある場合もある。生きるためには手段を選べず、人々は集い営む。周辺外部のスラム化した居住域はどのコロニーにも一定数存在する、この時代の必要悪であった。


 そんな第一コロニースラム街の一角、とある店舗のテーブルにジンとオリヴィアは着いている。

「ったく、本当にこんな場所に来るのかねぇ」

 ジンのぼやきが周囲の喧騒に飲まれ消えていく。

 カウンターにオリヴィアと並び座る彼の手元にはアルコール飲料の入ったグラスがひとつ。利き手の右手ではなく左手でグラスを煽りながら、油断なく周囲を観察する。

 どの人々もアルコールを片手に、騒いだり食事を摘んだりしている。日頃の鬱蒼とした雰囲気を吹き飛ばすような明るさに満ちている。店舗自体はお世辞にも清潔感は低く、メニューも豊富とは言いづらいものの、飲酒と食事がスラムにおいて数少ない娯楽である事は間違いない。

 酒場という奴だ。大戦前はよくある店舗形態だったが、環境と資源不足で現在では激減していた。

 隣のオリヴィアはオーダーした肉料理を口にしている。決して早食いしているようには見えないが、とんでもない大きさの炙り肉がみるみる減っていくのをジンはぼんやりと眺めている。

 例のメールに記載されていたのはたった三つだ。依頼のために会いたいという事。集合場所と時間、そして依頼者名。未だにジンは差出人を疑っている。

 ニコラ社は大戦前後で活動を始め、急速に実績を積み重ねた新鋭の巨大企業だ。他多くの大企業が大戦の遥か以前から名を轟かせた企業が元になっているのに対して、ニコラ社はたった一代の経営者が築き上げた。

 イーサン・ウィリアムズ−−経済界の怪物と呼ばれる男。

 自らも開発に関わる技術者でありながらにして天才的経営者。

 ただの町工場から始まったニコラ社は、様々な業界に手を伸ばしつつ世界的な規模にまで発展した。その中には当然、強化外装製造も含まれている。

 GAFANの南極採掘基地でも、その成果のひとつと思われる機体をジン達は目にしている。


「考えていても答えは出ないんじゃありませんの、ジン?」

 肉を食らいながらオリヴィアが言う。拳大に切られた肉が口元に運ばれると手品のように消える。ジンがグラスの中身を一口飲み込むのと変わらない時間だ。ニコニコしながら次々に肉を消していく。口に合ったのだろうか。

 ジンは少し氷が溶けて薄まってしまった酒を一息に流し込んだ。

「確かにそうだが、だからと言って気にならないはずがないだろ」

「それはそうですけれどねぇ。でも意味のない事をするのは面倒ですわぁ。結局のところ、本当に来るのか騙し討ちなのかではなくて? どちらにせよ、じきに判明いたしますわぁ」

「お前のおおらかさが羨ましいよ、オリィ。ごもっともだ。だが相手に良い様に利用されないためには、ある程度の情報を把握しておく事は必要だろうさ。つい最近に痛い目を見たばかりだからな」

「ジョン・ドゥのクソ野郎の事ですわねぇ。次に顔を見たらぶち殺しますわ」

「頼むから第一コロニーそのものと敵対するような事態は避けてくれよ」

「善処いたしますわぁ」

 オリヴィアの炙り肉の皿が空になる。上品に合成ワインを口にしながらオリヴィアは首を傾げる。

「まぁ、いずれにせよ本当にここに彼が現れるのか次第ですわねぇ。現れるならメールに記載してあった依頼について聞く。そうでなければ薙ぎ払う。ふたつにひとつですわ」

「店を壊さんでくれよ。口座がすっからからんになる」

「あらあら。まぁ何が起きてもわたくしが守りますわぁ。安心してくださいまし」

「頼りにしている。財布の事も気にしてくれ」

「善処いたしますわぁ」

 ジンは端末を確認する。集合時間は間近だった。不意にオリヴィアが目を細める。ジンは立て掛けた布包にさりげなく手をかけた。周囲の声が聞こえない程の喧しさの中で、音が認識できなくなるレベルに集中力を高める。

 そして警戒する二人の肩越しに、ひとりの男が声を掛けた。

「お待たせしたか、お二人さん」

 見るからにビジネスマンといった風貌の男だった。撫で付けられた髪に理性的な瞳、仕立てられたビジネススーツ。スラム街には似つかわしくないくらいに清潔感に溢れた男だった。

「初めまして、だな。俺はイーサン・ウィリアムズ。連絡した通り、今日はお二人さんに依頼があってやって来た者だ」

 ジンは振り返ってイーサンと向き合う。

 オリヴィアは目を細めたまま、空になった皿を酒場のマスターに掲げて告げた。

「おかわり」

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