第39話 ショック


 僕は再生ボタンを押し、上尾たちと僕になにがあったのかを確認する。

 しばらく動画を見ていると、ようやく僕が意識を失う直前にさしかかる。

 するといきなり、動画内の僕はようすが変わる。

 ちょうど、僕が意識を失ったあたりだ。

 ここから先は、完全に記憶がない。


 動画内の僕は目の色が赤く変わると、牙を剥きだしにして、まるで獣のように吠えた。

 口からは涎がしたたり落ち、その目は食欲に支配されている。

 どこからどうみても、正気じゃない。

 いうなれば、暴走状態にあった。

 まるでモンスターか鬼のように、目の前の上尾たちを威嚇する。


『な、なんなんだよいったい……! 霧夜……!? どうしちまったんだ……!?』

『がるるる……! うおおおおおおお!!!!』

『うわ……!? こいつ、どうかしてる……!』

『がるるる!!!!』

『うわあああ……!?』


 逃げようとする上尾たちに、いきなり僕が襲い掛かった。

 嘘だ……、こんなことになっていたなんて。

 動画内のは来栖の肩に牙をたてると、そのまま一思いに喰いちぎった。


「ひ…………」


 僕はあまりの出来事に、言葉を失った。

 動画内のその獣が、自分自身だということを忘れるくらいに。

 いや、忘れたかっただけなのかもしれない。

 その獣が僕自身であるということは、なかなかに受け入れがたかった。

 衝撃的な映像が続き、僕は驚きとショックに包まれる。

 獣の暴走は続く。

 そのあとは、筆舌に尽くしがたいショッキングな光景が流れた。

 なんと、獣と化した僕は、上尾と来栖を食べてしまったのだ。

 人間が人間を食うなんて、通常、あってはいけない出来事だ。

 その恐ろしい光景に、僕は思わず目を背ける。


 純粋に一言、まず思ったのは、気持ち悪いという感情。

 冷静に考えて、人が人を食べるような映像、見ていて気持ちのいいものではない。

 動画についていたコメントの履歴を見るに、みんなはこの状況を楽しんでいたみたいだけど、正直どうかしている。

 非現実的な映像にみんな興奮しているようだが、僕には理解できない。

 そしてなによりも、その惨劇を行った主が、自分自身であるということ。

 いまだに信じられないが、その証拠がたしかに映っているのだ。

 僕は記憶にないとはいえ、二人もの人間を殺めてしまった。


 いや、殺しただけならどんなによかっただろうか。

 あろうことか、僕は人間を丸のみにしてしまったのだ。

 そんなこと、まともな人間のやることじゃない。

 ていうか、もはや人間ではない。

 実際、その映像はモンスターにしか見えなかった。

 僕は、なんなんだ……。

 いったい僕はどうしてしまったんだ。


 人間を食べてしまったという消えない事実、そのことを実感すると、とても気持ち悪くなってきた。

 いますぐに食べた物を吐き出したい気持ちになる。

 僕はトイレに駆け込んで、盛大に嘔吐した。

 

「おえええええええええええええええ」


 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。


 自分自身が気持ち悪い。

 怖い。

 僕はどうなってしまうんだ。

 僕はこのまま、人間じゃなくなってしまうのだろうか。

 そんな地に足のつかない恐怖心にさいなまれる。


「僕は……どうしたらいいんだ……」


 罪の意識、それもある。

 人間を喰らってしまったという罪悪感。

 そして、自分が自分でなくなるような恐怖。

 いろんな感情でもうぐちゃぐちゃで、なにがなんだかわからない。

 

 だけど、生きているから、お腹は空くもんだ。

 さっき吐いたせいか、またお腹がすいてきた。


「くそ……僕ってやつは…………」


 僕は情けなくって、怒りのままに自分のお腹を殴った。

 だけど、そんなことをしてもなんの解決にもならない。

 

 いつか、僕は人食いの化け物になってしまうんだろうか。

 そうなったら、誰が僕を殺してくれるんだ……?

 いまのステータスの僕を倒せる人間なんか、いないだろう。


 だったら、本当に化物になってしまうまえに、僕はどこかで自殺でもしないといけない。

 そのときは、そうするしかないよなぁ……。

 けど、今のところはまだ力を制御できているし、どうしようかな……。

 

「はぁ…………なんだかもう疲れたな……。嫌になっちゃった……」


 僕は台所にあった包丁で、自分自身の手首を思い切り斬り裂いた。


 ――グチャ…………!!!!!


 だがしかし、そのあと一瞬で、傷口は何事もなかったかのようにふさがった。


「そっか……僕、死ねないのか……」


 僕には【不死身】【自己再生】のスキルがある。

 だから、どうやっても自分自身でこの命を終わらせることはできないのだ。

 僕が今罪悪感に飲まれ、自死を選ぼうとしても、それは不可能なのだ。

 僕は、化物になるまで、生きるしかないらしい。


「これ、僕が完全に自我を失ったら、どうするんだ……!?」


 だったら、もう二度と自我を失わないようにするしかない。

 この飢餓の能力を、制御するんだ。

 思い返せば、僕の暴走は、お腹が空きすぎたときに起こった。

 なら、常に食欲を満たしておけば、大丈夫なんじゃないかな?

 幸い、ダンジョン生成のおかげで、定期的な食糧庫は手に入ったわけだし。

 あと僕にできることといえば、常になにか食べて、もう二度と暴走状態にならないように気を付けることくらいしかない。

 それが僕にできる、せめてもの罪滅ぼしだ。


「じゃあ、もう寝るか…………」


 なんか、精神的にすごい疲れた。

 寝てる間は食べ物のこと考えないですむから、とりあえず寝よう。

 寝て起きたら、またダンジョンにモンスターが湧いているはずだ。

 それからのことは、起きて考えよう。


 僕は自分自身のやってしまったことの罪に耐え兼ねて、ふて寝するようにベッドに入った。

 とにかく、人間を食べてしまったというこの不快感からはやく逃れたかった。

 寝て全部忘れていればいいなと思ったけれど、起きてもまだ言い知れぬ不快感はそのままだった。


 僕は、人を食べたのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る