第33話 ちょむちゃん


 僕の舌はどうしてしまったのだろう。

 サラダもハンバーグも、全然美味しいと思えない。

 僕が盛大に嘔吐すると、ナースさんが慌てて駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫ですか!? 霧夜さん……!?」

「だ、大丈夫です…………」


 ナースさんは僕の肩を抱いて、背中をさすってくれる。

 ナースさんの胸が僕の腕に当たるほど、身体が密着する。

 そのときだった。

 ナースさんのほうから、ふわりといい香りが漂ってくる。

 いや、たんに若い女性のいい匂いというのとは違う、まるでステーキのような、美味しそうな肉の臭いだ。

 僕は気が付くと、ナースさんのほうをガン見していた。

 しかも、よだれが垂れそうになっている……。

 おいしそうだ。


「き、霧夜さん……? ほんとに大丈夫ですか……?」

「……へ? え、ええ……大丈夫です」


 言われて、正気に戻る。

 僕はどうかしているんじゃないのか。

 人間を見て、おいしそうだなんて思うなんて。

 人間を喰うなんて、そんなの、ほんとの化け物じゃないか。

 たしかに僕はモンスターの肉を喰ったけど、そんな化物になったつもりはない。

 あわてて、僕は冷静を取り繕う。


「すみません……喉を通らないみたいです……。下げてもらえますか?」

「わかりました。無理はしないでくださいね。帰るまえに、もう一度点滴をうちましょう」

「はい、わかりました」


 そのあと、僕は点滴を打ってもらって、そして退院できることになった。

 検査をしても、僕の肉体にこれといった異常はみつからなかった。

 病院を出て、僕は急いで家まで戻ることにした。

 病院のロビーにいくと、いろいろと視線を感じる。

 もしかして、けっこう見られてる……?

 そうか、あの配信があった後だもんな……。

 僕が遭難していたとき、配信はすごい勢いで拡散されていた。

 僕はすっかり有名人になってしまったってことか。

 

 病院の門を出ると、いきなりたくさんのマスコミに囲まれる。

 パシャパシャとフラッシュが向けられる。

 カメラとマイクがいくつも僕に向けられる。


「わ……!? なんですか……!?」

「霧夜沙宵さんですよね!? ダンジョン遭難から生還された、今のお気持ちをきかせてください!」


 マスコミに囲まれて、なにがなんだかわからない。

 これじゃあ、一歩も前に進めない。

 僕ははやく家に帰って、ちょむちゃんに会いたいのに……。

 

「ちょっと……通してください……!」

「あ、霧夜さん……!」


 僕はなんとかマスコミを振りきって、電車にかけこむ。

 今はマスコミになにか話すような気分じゃない。

 僕はもともと、注目されるのは苦手なんだ。

 電車にのって、僕はフードを深くかぶる。

 また正体がばれたら厄介だ。

 なんとかバレずに、家までたどり着く。


 ようやく、ちょむちゃんに会えるんだ……!


「ちょむちゃん! ただいま……!」


 僕は玄関の扉を勢いよく開けて、自分の家に駆けこむ。

 ちょむちゃんはどこだ……!?

 僕はちょむちゃんを必死に探した。

 ちょむちゃんは、自分のベッドで、すっかり弱って丸くなっていた。


「ちょむちゃん……!」

「なぁお…………」


 エサを置いてあったところを見ると、すでにエサはなくなっていた。

 水を入れてあった皿もカラカラに乾いている。

 そうか……ちょむちゃん……ごめんね……。

 僕がずっと留守にしてたせいで、ちょむちゃん……餌も水もなしで、耐えていたんだね……。

 ほんと、ごめんね。

 ちょむちゃんはぐったりして、丸くなって寝転んでいる。

 息はしているけど、弱ってしまって、細くなっている。

 

 今すぐ動物病院に連れていかないと……!

 いやまてよ、その前に……!

 僕にはヒュドラから奪ったスキル【メガヒール】があるじゃないか。

 もしかしたらメガヒールなら、今のちょむちゃんを治せるかもしれない。

 僕は衰弱したちょむちゃんに、メガヒールをかけた。


「えい……!」


 すると、ちょむちゃんはみるみる元気になっていった。

 それどころか、ちょむちゃんはどんどん大きくなる。


「って、えええええええええええ!?」


 ちょむちゃんは普通の猫の大きさを超えて、大型犬くらいの大きさに変化した。


「ど、どういうことなんだ……!?」

「なぁお……!!!!」


 ちょむちゃんの額には、なにやら鋭い角までついている。

 もしかして……。

 僕は今のちょむちゃんの見た目に、見覚えがある。

 ダンジョンで出会ったことのある、シルバータイガーとよく似た見た目だ。

 もしかして、ちょむちゃんって普通の猫じゃなくて、シルバータイガーの子供だったのか……!?

 それがメガヒールで魔力と栄養を得たことで、シルバータイガーの成体に進化したってこと……!?


「ちょむちゃん、もしかして君はモンスターだったの……!?」

「なぁお……!!!!」

「そうだったんだ……。ちょむちゃん、ずっと一人にしてごめんね。でも、ほんとうに、ちょむちゃんがよくなってよかった!」

「なぁお!」


 ちょむちゃんは僕の顔をペロペロ舐める。

 ああ、ほんとによかった。

 ダンジョンから無事に帰ってきて、ちょむちゃんを無事に助けることができた。

 もう僕は、なにも言うことないな。

 これからも、ちょむちゃんを大事に育てていこう。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る