第25話 ダンジョン刑(下)


「おい、上尾……やめろ!」


 来栖が上尾の口をふさぐ。


「はぁ!? こんだけ言われて黙ってられるかよ! ふざけんな! はなせ!」

「そうじゃない……! 静かにしろ……!」

「え……?」


 なんと、上尾たちの後ろには、巨大なモンスター、ワイバーンが近づいてきていた。


「お前、死にたいのか……?」

「う…………」


 ワイバーンは上尾たちの声につられて、寄ってきたようだ。

 手を鎖で繋がれている上尾たちは、ワイバーンと戦闘になればまず生き残ることはできない。

 これ以上うるさくすると、ワイバーンに気づかれてしまう。


『ざまぁwwwwww』

『ワイバーン来ましたwwww』

『はい終わりwwww』

『いいぞもっとうるさくしろ』

『俺たちの作戦通りだな』


 コメント欄も、わざと上尾を煽り、怒らせることで、モンスターをおびき寄せようとしていたのだ。

 上尾も死にたくないから、さすがに黙ったが、しかしワイバーンは許してはくれなかった。

 コメント欄の音声によって、存在を気づかれてしまう。


「ギュルル……!!!!」

「くそ……バレた……!」


 ワイバーンはついに上尾たちを見つける。

 今しも上尾たちを食べようと、ワイバーンが向かってきた!


「逃げるぞ……!」

「いやぁ! 私まだ死にたくない!」


 鎖で繋がれているせいで、逃げようにも身動きがうまくとれない。

 三人は鎖でもつれながらも、なんとか走りだした。

 

「逃げろおおおおお!!!!」

「キュオオオオオオ!!!!」


 後ろからワイバーンが追いかけてくる。

 立ち止まれば、一巻の終わりだ。


『いいぞ! やれワイバーン!』

『死ねえええええ!!!!』

『死刑!死刑!死刑!』


 しばらくなんとか逃げ回る上尾たち。

 だが、ついに鎖があだとなり、双葉がこけてしまう。


「きゃ……!」

「葵!」


 双葉がこけたのと同時、鎖で繋がれている二人も地面に転げる。

 ワイバーンは、まず最初にこけた双葉に噛みついた。

 

「いやあああああああ!!!!」

「葵いいいい!!!!」


 ワイバーンはそのまま、双葉の下半身を噛み千切った。


 ――グチャァ!!!!


「キュルル!」


 双葉の下半身はワイバーンに噛み千切られ、そのまま捕食される。

 

「ガブリガブリ」

「そ、そんな……葵が……」


 目の前で双葉があっけなく命を落とし、絶望の表情をうかべる来栖。

 来栖は力なくその場にへたりこんだ。

 双葉の上半身は、そのまま地面に落ちる。

 双葉のちぎれた上半身とは、まだ鎖がつながったまんまだ。


『はいきたあああああwww』

『はいざまぁwwww』

『もっと殺せ!』

『いいぞ!』


 目の前で双葉が捕食されるのを、見ているしかできない二人。

 二人の脳内に、コメント欄の機械音声がむなしく響く。

 このままでは、二人も同じめにあってしまう。

 絶望しながらも、上尾は立ちあがった。


「上尾……?」

「逃げるぞ……」

「え……?」

「いいから、逃げるぞ。あいつがまだ双葉を噛んでるうちに、はやく!」

「え……」

「死にてえのか!」


 上尾がそう叫ぶと、来栖もなんとか正気を取り戻す。

 来栖も立ちあがり、なんとか走り出す。

 ワイバーンはまだ双葉の下半身をもぐもぐ食べているところだ。

 上尾と来栖は無我夢中で走った。

 しかし、死んだ双葉の上半身がまだ鎖で繋がっているから、それを引きずって走ることになる。

 上半身のみとはいえ、死体は思いのほか重い。

 

 ワイバーンは双葉を飲み込みながら、余裕の表情で上尾たちを見送る。

 双葉の上半身からは血が流れているので、後を追うのは簡単だ。

 

 走った上尾たちはちょうどいい感じの洞窟を見つける。

 ここならワイバーンも入ってこられなさそうだ。

 なんとかそこに逃げ入る。


「はぁ……はぁ……とんでもない目にあったぜ……くそ……葵……」


 ようやく座って、息を整える。

 すると来栖が急に泣き出した。


「くそ……俺もう嫌だよ……。こんなの! なんで葵が死ななきゃいけねえんだよ! 俺だって、死にたくないよ! 全部お前のせいだからな……!」

「はぁ……!? なんで俺のせいなんだよ!」

「そもそもお前があの霧夜とかいう陰キャをいじめなければ、こんなことになってねえだろ!」

「お前だっていじめてただろうが!」

「俺はお前に従ってただけだ!」

「この野郎、責任転嫁すんじゃねえ!」


 二人は殴り合い、取っ組み合いの喧嘩を始めた。


『いいぞwwww』

『仲間割れwwww』

『アホだなぁ……』

『どっちもカスだろ』


 しばらく取っ組み合いをして、どちらも不毛だと思って、やめる。

 ここでお互いの体力を消耗しあうことに意味はない。

 いまは、それどころではないのだ。


「くそ……俺、ほんと後悔してるんだよ……」

「なにがだよ」


 急に、来栖が懺悔しはじめる。


「俺、霧夜のこといじめなければよかったなって……。こんなことになって、初めて思うんだ。俺たちは霧夜に酷いことをしてしまった。こんな目に合うのも当然だ。俺は、できるなら謝りたいよ……。それで許されるのなら……俺、もう許されたいよ……くそ……」

「お前、何言ってんだよ……。今更そんなこと言ったって、どうにもならないだろ……!」


 来栖は、葵を失って、はじめて事の重大さに気が付いた。

 はじめて自分がしてしまったことの罪を理解した。

 はじめて後悔した。

 だけど、神は許してはくれない。


『今更で草wwww』

『どうせ口だけだろ』

『自分が追い詰められないとわからないのか』

『意味のない謝罪だね』

『言ってるだけだろ』

『そんなんで許されねえよ』

『ちゃんとお前も死んで詫びろ』


「うう……そうだよな……俺が悪いんだよな……」

 

 来栖はすっかり参ってしまって、泣いてうなだれはじめた。

 しかし、上尾はまだ反省の色は見せない。

 むしろ、より理不尽な気持ちをつのらせて、いらついていた。


「くそ……情けねえなお前は。俺は絶対に、自分の行動を謝ったりなんかしねえ!」


 すると上尾は、おもむろに大き目の尖った石を手にとった。

 そして、その石で双葉の死体、その腕を抉り始めた。


「お、おい! なにしてんだよお前! 葵の死体になんてことすんだ!」


 来栖が止める。

 死体とはいえ、一度愛した女の身体を傷つけられて黙ってはいられない。


「腕から下を切り落とすんだよ! 死体と鎖がつながったままじゃ逃げられねえだろ!」

「はぁ……!? まだ逃げるつもりなのかよ……!?」

「当たり前だろうが! 俺はこんなところで死ぬつもりはねえよ! なにがダンジョン刑だよクソが! 国の法律ごときが、この俺様の人生終わらせれるとでも思ってんのか!」

「上尾……お前……どうかしてるぜ……」


 上尾は必死に双葉の腕を石で殴り、ついにそれを切り落とした。

 双葉の死体を鎖から切り離すことに成功して、かなり身軽になった。

 これで死体を引きずって歩く必要がなくなる。

 すると、なにを血迷ったか、今度は上尾はその石を来栖に向け始めた。


「おい来栖、お前もこれ以上うなだれて動けねえっつうんなら、今ここで殺して腕を引きちぎる。足を引っ張られるのはごめんだからな。どっちだ、俺に従って一緒に最後まであがくか、それとも今ここで死ぬかだ。選べ……!」


 上尾の目は血走っていて、とても正気とは思えなかった。

 その狂気に、来栖はうなずくことしかできない。


「わ、わかったよ……俺も最後まで逃げる。だから、そんな物騒なもんは降ろしてくれ……」

「……わかった」


 そんな二人の様子を見て、さすがのコメント欄も凍り付いていた。


『なにを見せられているんだいったい……』

『こいつやべー』

『いかれてるな……』

『いっちゃってるな……』

『はよ死ねやボケ』

『そういうのいいから』

『いらない足掻き』

『無駄な努力』

『どうせ死ぬんだからさぁ……』

『もうはよしんでくれよ……』

『まるでゴキブリ並みの生命力やな』

『どうせ逃げてももう一回死刑になるだけやろ……』


 コメント欄の否定的な反応に、上尾は怒って石を壁に投げつけた。


「うるせえ! お前らは黙ってみとけ。俺はなぁ、こんなところで、絶対に死ぬわけにはいかねえんだよ!」

 

 

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