第5話 遭難(上)

 上尾うえおたちのコメントに騙されて、僕はどうやらダンジョンの深層に来てしまったらしい。

 ダンジョンの深層、Sランクの探索者のみが、しかも命がけでようやく潜れるレベルの危険地帯。

 通路の横には溶岩が流れていて、視界は霧が遮っている。

 ゴツゴツとした岩壁は、黒曜石でできていて、上層と違い、威圧感がすさまじい。


「これから、どうすればいいんだ……」


 とりあえず、自力で上層まで戻るなんてことはできないよな……。

 ダンジョンの階層を移動するには、階層のボスを倒さないといけない。

 だけど、深層のボスなんか倒せるわけがない……。


「救助が来るまで待つ……?」


 いやいや待て、救助してもらえる保障なんてどこにもない。

 そもそも、ここは深層の何階だ?

 階によっては、まだ未到達地域の可能性だってある。

 僕みたいな遭難した高校生一人を助けるためだけに、いったい誰がこんなところまで救助にきてくれるというのか。


 ダンジョンの中で起こる出来事は、基本的には自己責任だ。

 だから、この場合でも救助に来てもらえる可能性は極めて低い。

 僕は完全に、遭難してしまったわけだ。


「はぁ……」


 そうやってうなだれていると……。

 突然、僕の目の前に、大きな黒い影が差した。

 上を見上げてみると、そこには大きな顎が、海岸の崖のように突き出ていた。


「顎……?」

「ガルゥウウウウ……」

「………………!?」


 顎の主は、グレートリザードマンだった。

 大きさからしても、おそらくこの階層のボスだろう。


「うわああああああああああああ……!?!!??!」


 驚いて、僕は飛び上がる。

 そして、慌てて走り出した。

 とにかく逃げないと……!

 こんな深層のモンスター、戦ったら一瞬でやられてしまう。


「ガゥウウウウ……!!!!」


 逃げる僕を、グレートリザードマンは必死に追いかけてくる。

 やばいやばいやばいやばい。


「ガルゥ……!」


 ――ズドーン!!!!


 リザードマンの攻撃が、岩の塊に当たり、岩塊が粉々に砕け散る。

 ひえええ……あんなのが当たったらひとたまりもないぞ……。

 僕は必死に逃げる。


「あ……! あそこだ……!」


 ちょうど、走っている先に、洞窟が見えた。

 僕はそこまで必死に駆け込む。


「ガルゥ……!!!!」


 ――ズシャーン!!!!


 リザードマンの攻撃……!!!!


「うおおおおおおおおお!!!!」


 僕は岩壁に開いた狭い洞窟に、滑り込む。

 なんとかリザードマンの攻撃をかわし、洞窟内に逃げ込むことができた。


「ふぅ…………」


 あやうく死ぬところだった。

 洞窟の入り口は狭く、人ひとりがようやく入れる程度の大きさだった。

 リザードマンの攻撃でも、この頑強な岩壁を壊すことはできないようで、リザードマンは洞窟の外で地団太を踏んでいる。

 はは、なんとか逃げれたみたいだ。

 ざまぁみろ。


「でも……こっから出られないなぁ……」


 どうやら洞窟の中は、奥にも続いているようだ。

 僕はその暗闇の先へ、一歩足を踏み出した。


「こっちに進むしかない……か」


 

 ◆



『本日午後2時過ぎ、東京に住む高校生の霧夜きりや沙宵さよいさんが、ダンジョン内で遭難しました。霧夜さんは、転移魔法陣にあやまって乗ってしまい、深層に取り残されてしまったもようです。

 

 霧夜さんがいるのは、深層7429階。正真正銘の未開拓地域です。救出は不可能と思われます。なお、霧夜さんは遭難当時、配信をされていたもようで、現在もその配信は行われております。

 

 我々には彼の様子を見て、無事を祈ることしかできません……。以上、夕方のニュースでした』

 


 ◆



 なんと、沙宵さよいの配信は、そのままになっていた。

 リザードマンに襲われている現在も、沙宵のようすは全国に中継されている。

 沙宵が配信をしていたのは、ダンチューブという配信サイトだ。

 

 しかし、高校生が遭難しているということで、急遽各チャンネルが沙宵の配信を地上波で放送しはじめた。

 前人未踏の深層が中継されているということで、これはかなり貴重な資料にもなるからだ。

 救出できないのなら、せめて見守ろうというのは、まあ建て前で、各放送局は、ようは数字が欲しかったのである。

 

 高校生が未到達の深層に取り残されたというニュースをきいて、配信サイトにも続々と視聴者が集まってきていた。

 地上波では、ダンジョンでの戦闘中に、グロテスクなことになるかもしれないので、一部モザイクがかかってしまう。

 配信サイトでは、すでにコメントでいっぱいになるほど人がきていた。


『絶対絶命で草』

『不謹慎だぞ』

『でたよ不謹慎厨。いいだろべつに、ダンジョンで毎年何人も死んでんだから』

『高校生かーかわいそう。頑張れー』

『リザードマンの攻撃よく避けたな。運がいい』

『ニュースからきた』

 

『こいつ馬鹿だろ……wなんで深層なんかにいるんだ……?』

『なんか転移魔法陣に乗ったらしい』

『……馬鹿なのか……?』

『初心者なんだろ』

『なんで初心者が6層にいったんだよw』

 

『あー、たまに踏むやついるよな、アレ。何年かに一度』

『それにしても深層ってw』

『運わりーw』

『転移魔法陣はランダムだからなー』

『深層にも転移魔法陣ないの?』

『むり。転移魔法陣は下にしかいかない』

『詰んだな……』


 

 

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