第3話 罠(上)

 あれから死んだように眠っていた。

 そして土曜日。

 久々の休日だ。

 

 僕は電車に乗って、ヨドバシカメラまでいくことにした。

 スマホをトイレに流されて紛失したからね。

 新しいスマホが必要だ。


 それから、ついでにちょむちゃんのおやつも買ってっと。

 僕は新しいスマホを買って家に帰る。


「さて、なにをしようか」


 久々の休日だ。

 そういえば、昨日のことを思い出す。

 僕、かなりストレスが溜まっているんだっけ。

 自分の身体のことなのに、感覚があいまいだ。

 僕は自分のこの身体から逃げ出したいのかもしれない。


 離人症とかってのに、なりかけているのかな。

 とにかく、僕は今自分がとんでもなく酷い状況にあるのに、どこか他人ごとだった。

 本格的におかしくなる前に、ストレスをなんとかしないとな。


「せっかくの休みだし、今日は思い切り好きなことをしよっか」

「なぁお♪」


 ちょむちゃんも僕に賛成だって。

 僕の唯一ともいっていい趣味、それはダンジョンに潜ることだった。


 まあ、下手の横好きってやつだ。

 僕がダンジョンに潜っても、ろくに強いモンスターと戦えるわけじゃないんだけどね。

 でも、ダンジョンに潜るのはなんだか、物語の勇者になったみたいで楽しかった。

 弱い雑魚モンスターを倒しているだけでも、日ごろのストレス解消にはなった。


 いつも僕は、やられる側だから……。

 それに、弱いからと言ってダンジョンに潜らない理由にはならない。

 たしかに僕はレベルも1で、全然上がらない。

 だけど、それでも続けていれば、いつかはもう少し強くなれるんじゃないかと、淡い期待を抱いていた。



 

 

「ようし、潜るぞぉ!」


 ということで、僕は電車を乗り継いでダンジョンへやってきた。


「えーっと、ダンカメをセットしてっと……」


 ダンジョンへ入り、配信用のダンカメをセットする。

 ダンカメっていうのは、ダンジョン探索者ようの配信カメラのことだ。

 僕はお小遣いとかも少ないから、生活費を貯めて買った中古のものだ。

 

 ダンカメはすごい性能で、ダンジョン探索者の後ろをついてきて、勝手に録画してくれる。

 ドローンのような見た目の機械だ。

 僕はいつも、自分がダンジョンに潜るようすを、配信している。


 誰が見にくるわけでもないんだけど、でも、配信するのは好きだった。

 自己満足でしかないんだけど、あとから録画アーカイブを見直すのも好きだし。

 まあ、有名配信者に憧れているのもあるけどね。

 少しの視聴者でも、配信者気分を味わえる。


 僕はいつものように配信のスイッチをオンにした。


「はいどうもー! 霧夜きりや沙宵さよいです。今日もダンジョン配信やっていきます!」


 元気に挨拶してみる。

 しばらくすると、視聴者がやってきた……。


「って……2人か……」


 ま、いつもそんなものだった。

 僕は数少ない視聴者のために、実況解説しながら、ダンジョンに潜っていく。


 第五階層までやってきたころだ。

 いつもは配信にコメントなんかろくにつかないのに、コメントがついた。

 いつのまにか、視聴者も10人になっていた。

 珍しい。


『こんにちは!』


「あ、どうもこんにちは。いらっしゃい!」


 コメントがきて、僕は思わずうれしくなってしまう。


『いつもこの辺で配信してるんですか? 初心者ですか?』


「そうですね。ここのダンジョンは初めてです。僕はいつも5階層が限界ですね。一応、初心者というわけではないんですけど……」


 コメントに返事をする形で、会話が弾む。

 こんなことは本当に珍しい。

 いつもコメントがきても、すぐにどっかいっちゃうからな。


『6階層にいってみてください! お願いします!』


「ええ……どうしようかなぁ……」


 視聴者から、そんなリクエストが飛んできた。

 6階層かぁ……今まで行ったことがないな。

 さすがに、僕のレベルじゃあ、全然かないっこないからなぁ。

 

 危険をわざわざ冒すのもななぁ。

 でも、コメントで視聴者さんがここまでいってくれてるんだしなぁ。

 普段コメントなんかつかないから、コメントを無下にするのもしのびない。


『お願いします! どうしても見てほしいものがあるんです!』


「うーんじゃあ、ちょっとだけね」


『やったぁ!』


 せっかく視聴者さんがそう言ってくれてるのだし、と。

 僕は6階層に行ってみることにした。

 まあ、戦闘を避ければ大丈夫だろう。

 死ぬことはないはずだ。


 それにしても、見てほしいものってなんだろうか。

 6階層には、なにか違うものがあるのかな……?

 宝箱とか……?


 ダンジョンは階層ごとに、景色も仕組みも全然違っている。

 だから、もしかしたらここの6層には、なにか絶景ポイントとかがあるのかもしれない。


『あ、こっちです。そこを右に』


「ここを? うん、わかった」


 僕は浮かれて、コメントに従って、言われるままに進んでいく。

 戦闘を避けるように、腰を低くして、ステルスで進んでいく。

 6階層もまだまだ雑魚敵の、スライムやゴブリンばかりだから、ステルスでなんとか進むことができる。


 しばらくコメントに従って進んでいくと、そこには魔法陣のようなものがあった。


『これです、これ!』


「たしかに、綺麗だね。これが、僕に見せたかったものですか?」


『そうです!』


 なんだかコメントとやり取りをして、気分がよくなった。

 まるでファンの人がいる有名配信者みたいな気分だった。

 コミュニケーションをとるって、いいね。

 僕はあまりコミュニケーションは苦手だけど、コメントとのやりとりってこんなに楽しいものなんだな。


 みんながこぞって配信者になりたがるのが、よくわかる気がする。

 僕は初めて、本当に配信をする楽しみを覚えたのかもしれない。


「で、これってなんなんですか……?」


『これはレベルアップの魔法陣です! 主さんレベルが低いようなので、教えてあげたくて!』


「ええ……!? レベルアップの魔法陣……!? そんなものが……!?」


 そういえば、きいたことがある。

 上層にはないけれど、ダンジョンの奥のほうには、そういったご褒美的な魔法陣もあるのだと。

 このコメント欄の視聴者さんは、僕にわざわざそれを教えてくれたのか。


 なんていい人なんだ……!


「あ、ありがとうございます!」


『さっそく乗ってみてください!』


「わ、わかりました……!」


 レベルアップ……それは、僕にとっては喉から手が出るほど欲しい、魅力的な言葉だった。

 万年レベル1で、今まで馬鹿にされてきた僕が……ついにレベルアップできるのか。

 僕がレベルアップしたら、どんなだろうなぁ。

 もしかしたら、今まで苦戦してようやく倒せるくらいだった、ゴブリンとかも、一瞬で倒せるようになるのかな。


「ようし……!」


 僕はおそるおそる、魔法陣の上に乗った。


 すると――。



 ――。



 一瞬で、目の前の景色が移り変わる。

 さっきまで普通の洞窟にいたのに、地獄のような場所にいる。

 マグマがぐつぐつと煮えたぎり、霧のようなものが漂っている。

 足元には、骸骨がたくさん……。


「え……? ここは……どこ……? レベルアップは……?」


 なぜか魔法陣の上に乗った僕は、レベルアップするどころか、どこか違う場所に飛ばされてしまったようだった。

 なにがなんだかわからない。

 僕は混乱していた。

 わけもわからないまま、スマホの画面に目を落として、コメントを見る。


「ど、どういうことなんですか……!?」

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