第3話 罠(上)
あれから死んだように眠っていた。
そして土曜日。
久々の休日だ。
僕は電車に乗って、ヨドバシカメラまでいくことにした。
スマホをトイレに流されて紛失したからね。
新しいスマホが必要だ。
それから、ついでにちょむちゃんのおやつも買ってっと。
僕は新しいスマホを買って家に帰る。
「さて、なにをしようか」
久々の休日だ。
そういえば、昨日のことを思い出す。
僕、かなりストレスが溜まっているんだっけ。
自分の身体のことなのに、感覚があいまいだ。
僕は自分のこの身体から逃げ出したいのかもしれない。
離人症とかってのに、なりかけているのかな。
とにかく、僕は今自分がとんでもなく酷い状況にあるのに、どこか他人ごとだった。
本格的におかしくなる前に、ストレスをなんとかしないとな。
「せっかくの休みだし、今日は思い切り好きなことをしよっか」
「なぁお♪」
ちょむちゃんも僕に賛成だって。
僕の唯一ともいっていい趣味、それはダンジョンに潜ることだった。
まあ、下手の横好きってやつだ。
僕がダンジョンに潜っても、ろくに強いモンスターと戦えるわけじゃないんだけどね。
でも、ダンジョンに潜るのはなんだか、物語の勇者になったみたいで楽しかった。
弱い雑魚モンスターを倒しているだけでも、日ごろのストレス解消にはなった。
いつも僕は、やられる側だから……。
それに、弱いからと言ってダンジョンに潜らない理由にはならない。
たしかに僕はレベルも1で、全然上がらない。
だけど、それでも続けていれば、いつかはもう少し強くなれるんじゃないかと、淡い期待を抱いていた。
◇
「ようし、潜るぞぉ!」
ということで、僕は電車を乗り継いでダンジョンへやってきた。
「えーっと、ダンカメをセットしてっと……」
ダンジョンへ入り、配信用のダンカメをセットする。
ダンカメっていうのは、ダンジョン探索者ようの配信カメラのことだ。
僕はお小遣いとかも少ないから、生活費を貯めて買った中古のものだ。
ダンカメはすごい性能で、ダンジョン探索者の後ろをついてきて、勝手に録画してくれる。
ドローンのような見た目の機械だ。
僕はいつも、自分がダンジョンに潜るようすを、配信している。
誰が見にくるわけでもないんだけど、でも、配信するのは好きだった。
自己満足でしかないんだけど、あとから録画アーカイブを見直すのも好きだし。
まあ、有名配信者に憧れているのもあるけどね。
少しの視聴者でも、配信者気分を味わえる。
僕はいつものように配信のスイッチをオンにした。
「はいどうもー!
元気に挨拶してみる。
しばらくすると、視聴者がやってきた……。
「って……2人か……」
ま、いつもそんなものだった。
僕は数少ない視聴者のために、実況解説しながら、ダンジョンに潜っていく。
第五階層までやってきたころだ。
いつもは配信にコメントなんかろくにつかないのに、コメントがついた。
いつのまにか、視聴者も10人になっていた。
珍しい。
『こんにちは!』
「あ、どうもこんにちは。いらっしゃい!」
コメントがきて、僕は思わずうれしくなってしまう。
『いつもこの辺で配信してるんですか? 初心者ですか?』
「そうですね。ここのダンジョンは初めてです。僕はいつも5階層が限界ですね。一応、初心者というわけではないんですけど……」
コメントに返事をする形で、会話が弾む。
こんなことは本当に珍しい。
いつもコメントがきても、すぐにどっかいっちゃうからな。
『6階層にいってみてください! お願いします!』
「ええ……どうしようかなぁ……」
視聴者から、そんなリクエストが飛んできた。
6階層かぁ……今まで行ったことがないな。
さすがに、僕のレベルじゃあ、全然かないっこないからなぁ。
危険をわざわざ冒すのもななぁ。
でも、コメントで視聴者さんがここまでいってくれてるんだしなぁ。
普段コメントなんかつかないから、コメントを無下にするのもしのびない。
『お願いします! どうしても見てほしいものがあるんです!』
「うーんじゃあ、ちょっとだけね」
『やったぁ!』
せっかく視聴者さんがそう言ってくれてるのだし、と。
僕は6階層に行ってみることにした。
まあ、戦闘を避ければ大丈夫だろう。
死ぬことはないはずだ。
それにしても、見てほしいものってなんだろうか。
6階層には、なにか違うものがあるのかな……?
宝箱とか……?
ダンジョンは階層ごとに、景色も仕組みも全然違っている。
だから、もしかしたらここの6層には、なにか絶景ポイントとかがあるのかもしれない。
『あ、こっちです。そこを右に』
「ここを? うん、わかった」
僕は浮かれて、コメントに従って、言われるままに進んでいく。
戦闘を避けるように、腰を低くして、ステルスで進んでいく。
6階層もまだまだ雑魚敵の、スライムやゴブリンばかりだから、ステルスでなんとか進むことができる。
しばらくコメントに従って進んでいくと、そこには魔法陣のようなものがあった。
『これです、これ!』
「たしかに、綺麗だね。これが、僕に見せたかったものですか?」
『そうです!』
なんだかコメントとやり取りをして、気分がよくなった。
まるでファンの人がいる有名配信者みたいな気分だった。
コミュニケーションをとるって、いいね。
僕はあまりコミュニケーションは苦手だけど、コメントとのやりとりってこんなに楽しいものなんだな。
みんながこぞって配信者になりたがるのが、よくわかる気がする。
僕は初めて、本当に配信をする楽しみを覚えたのかもしれない。
「で、これってなんなんですか……?」
『これはレベルアップの魔法陣です! 主さんレベルが低いようなので、教えてあげたくて!』
「ええ……!? レベルアップの魔法陣……!? そんなものが……!?」
そういえば、きいたことがある。
上層にはないけれど、ダンジョンの奥のほうには、そういったご褒美的な魔法陣もあるのだと。
このコメント欄の視聴者さんは、僕にわざわざそれを教えてくれたのか。
なんていい人なんだ……!
「あ、ありがとうございます!」
『さっそく乗ってみてください!』
「わ、わかりました……!」
レベルアップ……それは、僕にとっては喉から手が出るほど欲しい、魅力的な言葉だった。
万年レベル1で、今まで馬鹿にされてきた僕が……ついにレベルアップできるのか。
僕がレベルアップしたら、どんなだろうなぁ。
もしかしたら、今まで苦戦してようやく倒せるくらいだった、ゴブリンとかも、一瞬で倒せるようになるのかな。
「ようし……!」
僕はおそるおそる、魔法陣の上に乗った。
すると――。
――。
一瞬で、目の前の景色が移り変わる。
さっきまで普通の洞窟にいたのに、地獄のような場所にいる。
マグマがぐつぐつと煮えたぎり、霧のようなものが漂っている。
足元には、骸骨がたくさん……。
「え……? ここは……どこ……? レベルアップは……?」
なぜか魔法陣の上に乗った僕は、レベルアップするどころか、どこか違う場所に飛ばされてしまったようだった。
なにがなんだかわからない。
僕は混乱していた。
わけもわからないまま、スマホの画面に目を落として、コメントを見る。
「ど、どういうことなんですか……!?」
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