第2話 ドン底(下)

 ようやく家に帰ってきて、一息つく。

 長い一日だった。

 上尾さえいなければ、もっと楽な学校生活なんだけどな。

 まあ、耐えればこうして無事に終わるわけだし、僕はまだ大丈夫だ。


「さあ、ちょむちゃん。餌だよ」


 学校から帰ってきて、まずすることは、ちょむちゃんにエサをあげることだ。

 ちょむちゃんは、僕が飼っている猫の名前だ。

 

 あれは半年前の出来事だ――。


 学校の帰り道、僕は猫をいじめている上尾に出くわした。

 上尾は、猫を仲間たちで囲い、ライターで火あぶりにしようとしていた。

 見かねた僕は、そこに割って入り、猫をなんとか助けた。

 猫を助けた僕は、必死に逃げた。

 おかげで猫は無事に無傷で救うことができた。


 そのときの猫が、ちょむちゃんだ。

 まあ、そのおかげで、僕は上尾に目を付けられて、虐められるはめになったんだけど。

 でも、僕はそのときの行いを、後悔してはいない。

 だって、こうしてちょむちゃんが元気でいるんだからね。


「なぁお♪」


 ちょむちゃんは、僕の声に反応して、駆け寄ってくる。

 ほんとにかわいい。

 僕の唯一の癒しだった。


「よしよーし」


 僕はちょむちゃんを撫でる。

 もふもふしてて、本当に癒される。

 ちょむちゃんのおかげで、なんとか毎日学校に行けているようなものだよ。


 僕は高校生ながら、一人暮らしをしている。

 両親は5年前、事故で他界している。

 叔父から生活費や学費をもらって、生活しているのだ。

 

 だから、そう簡単に学校をやめたり休んだりするわけにもいかない。

 高校くらいは、ちゃんと出ないとね。

 そうじゃないと、社会でやっていけない。

 

 叔父は厳しい人だった。

 それでいて、僕には無関心だ。

 お金は一応出してくれているけど、虐めのこととかを相談できる感じではない。

 まあ、感謝はしているんだけどね。


 とにかく、僕の状況はそんな感じだった。


「そうだ。宿題しないと……」


 ちょむちゃんと少し遊んだあと、僕は勉強机に向かう。

 そこから夜まで勉強だ。


「うう……くそ……くそ……」


 しかし勉強に、どうしても集中できない。

 集中しようとすると、上尾に虐められたときの光景が、フラッシュバックする。

 僕はストレスで、腕をかきむしる。

 しだいに皮がめくれて、血が出てくる。


「あーーーーもう……!」


 普段は平気な顔しているけど、どうやら僕はかなりストレスに犯されているらしい。

 最近、身体のかゆみが尋常じゃない。

 なにかをしようとすると、ストレスでかきむしりたくなってしまって、頭がおかしくなりそうになる。

 それもこれも、上尾のせいだ。


 ただでさえ、僕は叔父からいろいろと圧力を受けているのだ。

 皆勤賞で、成績もオール5で卒業しないと、大学の学費を出してもらえなくなる。

 叔父は僕に医者になって恩返ししろと言ってくる。

 もちろん、僕もそうするつもりだ。

 だけど……。


「くぅ……もう、嫌だよ……。なんで僕ばっかこんなに……」


 日々のストレスが、とにかくもう、そろそろ限界だった。


 毎日家事も忙しいし、学校に行けば虐め、そして家に帰っても、成績を維持するために勉強をしないといけない。

 僕の学校はそれなりの進学校で、ついていくのにもやっとだ。

 叔父からは結果を求められるし、手を抜くわけにはいかない。

 

 友達はいないし、僕にはなんのとりえもない。

 とにかく、日々の閉そく感がすごかった。


「うわああああああああああ!!!!」


 僕は衝動的に、台所へ走る。

 そして、包丁を手にする。

 勢いのまま、それを手首にもっていく――。


 ――が、そこで足元に、ちょむちゃんがすり寄ってきて、思いとどまる。


「なぁお……?」

「だめだ……。僕が死んだら、ちょむちゃんはどうなるんだ……」


 くそ、自殺まで考えてしまうとは。

 僕はどうやら、そろそろいい加減に限界なようだ。


「もう寝よう……」


 きっと疲れているだけなんだ。

 寝たら、いろいろと回復して、また前向きに頑張れるかも。


 僕は倒れるようにして布団に潜り込んだ。

 上から、ちょむちゃんが乗っかってきて、いっしょに布団に潜り込んでくる。

 ちょむちゃんの体温があったかくて、安心する。

 安心すると、すぐに眠気がやってきた。

 

 明日は土曜日。

 幸いなことに、学校は休みだ。

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