第28話 再会(下)


 命からがらダンジョン内の洞窟まで逃げおおせた上尾と来栖だったが、いつまでも逃げ続けるわけにはいかなかった。

 二人はなんとか脱出しようと、考える。


「この俺様がこんなところで死ぬわけねえだろ……死ぬわけにはいかねぇ……」

「けど、どうすんだよ。手は鎖で繋がれているし、双葉も死んでしまった。俺、もうこんなの嫌だよ……死んでしまいたいくらいだ……なあ、今なら素直に謝れば、ゆるしてもらえるんじゃないのか……!? そうだよ、あそこにあるダンカメに向かって、一緒に謝ろう!」

「馬鹿野郎……! そんなことして意味あるとおもうか……!? それより、俺は自力で生還してやる。あの霧夜でさえダンジョンで遭難して死ななかったんだ。この上尾様が霧夜以下なわけがねえ……。まずはこの忌々しい鎖をなんとかしないとな。この鎖のせいで、スキルも魔力も使えねぇ……。そうだ……!」


 すると、上尾はさっき双葉の腕を切り落とした石を再び手に取った。

 そして、その石で自分の腕を思い切り殴りはじめた。


「お、おい……! なにやってんだよ!」


 さすがに限界状態で気でも触れたのかと、来栖が慌てて止める。


「やめろ、俺は正気だ。鎖を外すために、この手を切り落としてしまえばいいんだ。そうすれば、スキルはなんとか使える。スキルさえ使えれば、おれだって霧夜みたいに、生き残る道はある」

「うそだろ……お前……。いくらなんでもそこまでするのか……」

「お前は臆病だからな。俺がお前の腕も切り落としてやるよ」

「や、やめてくれ……!」


 上尾はひたすら自分の手を石で殴り続けた。

 ダンジョン探索者のパワーは、スキルや魔力を封じられた状態でも、一般人のそれをはるかに超える。

 上尾の力をもってすれば、石で腕を切り落とすことは不可能ではなかった。

 もちろん、かなりの痛みに耐える必要があるし、容易なことではない。

 だが今の上尾はドーパミンなど脳内物質が過剰に出ていて、痛みよりも生き残ることへの執着が勝った。

 上尾はみごと腕を切り落とし、鎖から逃れることに成功したのだ。


「よし……これで自由に動ける」

「お前……マジかよ……いかれてるって……。俺はもうついていけねぇよ」

「なら、お前はここで野垂れ死ぬんだな」


『おいこいつマジかよwwwwww』

『どんだけ生きたいんだよ』

『おとなしく死んでおけよ』

『いいぞもっと苦しめwww』

『生命力ゴキブリ並み』

『頭いってるな……』

『上尾かなり狂気的やな……』

『はよ死ね』


 腕を切り落とした上尾は、それを止血すると、洞窟から外へ出ようとした。

 

「おい、やめろよ……! 外に出たらまたワイバーンに襲われてしまう!」

 

 来栖が引き留める。


「いや、俺は行く。ここにいても事態は解決しない……!」


 しかし、上尾が洞窟から出たその瞬間だった。

 目の前に、ワイバーンが現れて……。


「キュオオオオオオ!!!!」

「ひぃ……!?」


 ワイバーンは上尾たちが出てくるのを待ち伏せしていたのだ。

 上尾は、スキルが使えるようになったので、スキルを発動させる。


「うおおおおお死ねええええええ! ライトニング!!!!」


 ワイバーンの頭上に雷が落ちる。

 しかし……ワイバーンは無傷。

 上尾の攻撃はワイバーンにはまるで効いていなかった。


「くそ……!なんでだよ! なんでこの上尾様の攻撃が通らないんだよ!」


 それもそのはずである。

 ここは深層5611階。

 上尾はもともとそこそこの探索者だった。

 しかし上尾がクリアできていたのはせいぜいダンジョンの100階程度のものだ。

 56111階にいるワイバーンになど、レベルやステータス的にかなうはずがない。


「くそおおおおお!!!!」

「キュオオオオオオ!!!!」


 ワイバーンの反撃。

 上尾はワイバーンに身体をつかまれる。

 そして、ワイバーンは空中を飛び回り、上尾の身体を乱暴に引きずり回した。


「うわあああああああああああ!!!!」

「上尾……!!!! くそ……だから言ったのに……」


『ぎゃはははははは!!!!』

『上尾ざまぁwwwwww』

『こいつ漏らしてやがるwwwww』

『上尾雑魚wwww』

『やっぱ霧夜とは違うな……』

『だっさwwww』

『情けねえwwww』

『上尾の顔ワロタwwww』

『もともと不細工なのにwww』


 上尾はまるでジェットコースターのように、ワイバーンに振り回される。

 その間、空中で何度もダンジョンの壁に身体をぶつけたりして、傷だらけだ。

 脳は揺れるし、口からいろんなものを吐き出した。

 ワイバーンはそのまま、上尾をダンジョンの壁に放り投げた。

 ――ドーン!

 上尾はダンジョンの壁にぶつけられて、壁に埋まった形になった。

 骨が数か所折れていて、もはや身動きが取れない。

 上尾の目の前にはワイバーンが迫る。

 上尾は恐怖のあまり失禁していた。


「うわあああああ!!!! いやだあああああ俺はまだこんなところで終わりたくねえよおおおお!!!! かあちゃああああん!!!!」


『ぎゃはははははは!!!!』

『だっせええwwwww』

『かあちゃああああんだってよwwwww』

『はい上尾死亡ー』

『上尾乙ー』

『次来栖な』

『来栖→来世に期待』

『はやく死ぬとこみせろ!』

『いいぞ! やれワイバーン!』

『ついに死ぬ!!!!』


 壁に打ち付けられた上尾にとどめを刺そうと、ワイバーンが滑空してくる。

 目の前にワイバーンの鋭い爪が迫る。

 上尾は覚悟を決めた。

 そのときだった――。


 一瞬、まばゆい光がダンジョンを包んだ、かと思えば、次の瞬間にはワイバーンもダンジョンも消えていた。

 上尾と来栖は、黄昏ダンジョンの入り口である黄昏公園に立っていた。

 夜の黄昏公園は暗く、なにも見えない。


「どういう……ことなんだ……?」

「さぁ……? ダンジョンが、消えた……?」


 ボロボロになった上尾と、鎖で繋がれたままの来栖は、公園に立ち尽くす。

 なにがなんだかわからない。

 周りには、同じくダンジョンから追い出されたらしい他の探索者がきょろきょろあたりを見まわしている。

 

「どうやら霧夜がダンジョンをクリアしたせいで、ダンジョン自体が消滅したらしいな」


 公園にいた探索者の一人がそんなことを漏らす。

 上尾たちの配信のコメント欄も同じようなことを言っている。


「霧夜が……? まあいい……これはチャンスだぞ……!」

「え……?」


 すると上尾は来栖の肩によりかかり、じぶんを連れていくように命令した。

 骨折していて上尾は満足に自分であるけない。


「おい来栖、裏口から逃げるぞ。いまのうちだ」

「どういうことだよ……?」

「なんだかしらねえが、とにかくダンジョンが消えた。ってことは、俺たちのダンジョン刑も一時中断だ。法律的なことはよくわからんが、俺たちの罪が消えるわけじゃない。このままだと俺たちはまた警察につかまって、再び別のダンジョンでダンジョン刑にされるだけだ。だったら、今のうちに逃げるぞ。ダンジョンが消えた混乱でみんなわけわかってねえ、この混乱に乗じて逃げるんだ」

「でも……ダンカメもあるし……逃げられないんじゃ……相手は警察だぞ?」

「いいから、はやくしろ」

「わかったよ……」


 来栖はしかたなく上尾を背負って、公園の裏口を目指した。

 公園の裏道を歩いていると、急に呼び止められた二人。

 二人が振り向くと、そこには自分たちが陥れ、ダンジョンで置き去りにした――霧夜沙宵の姿があった。


「上尾…………」

「は…………!? 霧夜…………!? なんで……!?」

 


 

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