第29話 飢餓(上)


「上尾…………」

「は…………!? 霧夜…………!? なんで……!?」


 夜の公園で、僕は上尾と久しぶりの対面をする。

 やっぱり上尾はどさくさに紛れて逃げようとしていたみたいだ。

 だけどすぐに警察がやってくるだろう。

 上尾たちの動向は配信されているんだから。


「上尾……待て。逃げるのはもうやめろ! 君たちはもうダンジョン刑になったんだ。すぐに警察が来る」

「うるせえ! そこをどけ! 霧夜のくせに俺に命令するんじゃねえ!」


 上尾は来栖に背負われたまま、僕に怒鳴る。

 正直、上尾のことは恨んでいないと言えば嘘になる。

 上尾にはさんざんひどい目にあわされた。

 それにしても不思議だ。

 前はあれほど上尾が怖かったのに、今はなんとも思わない。

 それは僕がダンジョンの中で強くなったからだろうか。


 正直、今すぐにここで僕が上尾を殺してもいいくらいの恨みはある。

 上尾と来栖はダンジョン刑に処されているから、すでに人権を失っている。

 もし僕が怒りに任せて二人を攻撃しても、僕は罪には問われない。


 この国では、ダンジョン刑に処された人間は人権を失うということになっている。

 だけど、だからといって僕は二人をどうこうしようというつもりはない。

 だって、復讐はなにも生まない。

 二人はきちんと法律で裁かれるべきだ。

 それに僕はもう上尾たちのことなんかどうでもいい。

 こんな奴らのことは忘れて、僕は自分の人生を生きたいんだ。


 だけどコメント欄は、そんな僕の気も知らないで僕たちの衝突を煽る。

 

『上尾ははやく死ね!』

『おう霧夜やっちまえ!』

『上尾を殺せ!』

『そいつもう人権ないから大丈夫だ!』

『なぶり殺せ』

『やっちまえ』

『警察来る前に殺してしまえ』


 警察が来るまで、上尾たちを拘束しておくとするか。

 僕は上尾に近づく。


「おい! なんのまねだ! 俺たちに近づくんじゃねえ! 霧夜のくせに! 俺たちに逆らうのか……?」


 上尾はまだなんか言っている。

 もう僕に脅しは通用しないというのに。


「悪いけど、拘束させてもらうよ」

「おいこら……! 放せ……! これでも喰らえ! ライトニング――!!!!」


 すると上尾はいきなり、僕に向けてスキルを放ってきた。

 僕の頭上に雷が落ちる。

 しかしまったく痛くはない。

 上尾の微々たる攻撃では、僕にダメージを与えることなんかできない。

 不思議だな、あの上尾がすごく弱く見えるんだから。


「な……!? なんできかねえんだよ! クソ! 霧夜のくせに!」


『馬鹿wwwwwwwww』

『霧夜にそんなカス攻撃きくわけねえだろwwww』

『上尾雑魚wwww』

『いいぞそのまま殺せ』

『よわwwww』

『こいつダンジョンの外でスキル使いやがった』

『さらに罪状追加だな』


 ダンジョンの外でスキルを使うのは違法とされている。

 まあ、実質人権を剥奪されている彼らにとってはいまさらそんな罪を重ねたところでどうでもいいことかもしれないけど。


 僕は上尾たちに近づいて、彼らをその場に拘束した。

 その瞬間だった――。


「うう……」

「なんだ……?」


 急に僕のお腹が空いてきた。

 また、あの感覚だ。

 破壊衝動と空腹感に襲われる、あの感じ。

 頭痛とめまいと吐き気に襲われる。

 なにもかもを壊してしまいたい。

 なにもかもを食べてしまいたい。


 ふと顔を上げると、そこには美味しそうな肉の塊が2つあった。


 僕は意識を失った。




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♡やコメントお待ちしております。

よいお年をお迎えください。

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